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次は、中距離走。地球のオリンピックでは、800メートル走と1500メートル走を中距離走と定義していた。だがアトランティス星では範囲がもっと広く、1千メートル走と1万メートル走をそう呼んでいるという。ハイゴブリンとは異なり、1千メートルや1万メートルを何秒以内に走ったらオークやハイオークに勝てるという目安はない。ただハイオークと戦う大隊長伍の戦士は全員、1万メートルを100秒で駆けるらしい。100メートルを1秒で走り、そのまま1万メートルを駆け抜けてしまう計算だね。元短距離走者の俺は、興奮を抑える事がどうしてもできなかった。
20歳の戦士試験の一次試験が超山脈縦断なため、100キロ走と1000キロ走をこの星では長距離走としている。1000キロの平地を走破できない限り、幅500キロの超山脈の縦断は、きっと夢物語なんだろうな。
同学年の中で特に優秀な者達は、具体的には戦闘順位100位以内の者達は、脚力と戦闘力の関係を3歳のスキル検査の翌日に教えられるらしい。そして7歳の試験までは100メートル走を、13歳の試験までは1千メートル走を鍛えるそうだ。勇は3歳のスキル審査で戦闘順位20位以内だったから、それに該当するはず。後でとっちめて、タイムを聞きださないとな!
ちなみに先月末のメールによると、勇は13歳の試験で16.4倍のゴブリンと戦う予定を立てていた。実際はどうだったかを俺はまだ知らないが俺が9.4倍だったから、現時点で少なくとも7倍の差が付いていることになる。う~む、勇はマジパナイな!
などと頭の中で考えていたら、霧島教官が衝撃発言をした。
「現時点における当校の100メートル走の最速タイムは、準筆頭の空翔が保持している、1秒だ。翔は持久力も飛び抜けており、量子AIの試算によると、3日以内の超山脈の縦断も既に高確率で達成可能らしい。翔、昨日の試験におけるお前の孤児院の合格者数を、ここで発表して良いか?」
「はい、どんな情報でも発表してかまいません」
衝撃発言が強烈すぎたせいで混乱し、「どんな情報でも」などというヤバイ言葉を返答にくっ付けてしまった。でも霧島教官は母さんの組織の一員だから、心配無用だな。
「うむ、感謝する。翔は、合格者の平均人数が2人の孤児院にいた。にもかかわらず、昨日の合格者数は50人。補欠合格も加えると、56人という人数を記録した。過去1900年を振り返っても、これを超える快進撃はないそうだ。そしてその快進撃の中心にいたのは、翔だったことをこの星のマザーコンピューターが保証している。翔、この学校でも、孤児院と同じことをする意思はあるか?」
「はい、あります」
「感謝する。筆頭の剣持勇の許可を得ているので、勇の話もしておこう。昨日の試験における勇の戦闘順位は、二桁だった。その二桁男がこの学校にいる理由は本人の弁によると、『人類軍トップ55入りを目指すなら、翔のそばにいるのが一番だから』だそうだ。マザーコンピューターが独り言のように呟いていたことを、皆に伝えておく。『勇と翔がいる霧島教官の学校は130万台ではなく、120万台の学校なのかもしれませんね』 以上で、この会合を終える」
霧島教官の言葉に呆然としている生徒達の中で、
「起立!」
勇だけは例外だったようだ。気合いのこもったその声に、条件反射的に生徒200人が立ち上がる。そして続く、
「敬礼!」
の声と共に、200人全員で一糸乱れず敬礼した。孤児院内の順位や戦闘順位に関係なく、戦士養成学校内での振る舞いは、礼儀作法の一環として孤児院で教えられる。前世の記憶のあった俺は通常の礼儀作法では苦労しなかったけど、軍隊における作法は未経験だったこともあり苦労をかなり強いられた。冴子ちゃんが昼食後に個人授業をしてくれなかったら、落第すれすれだったんだろうな。
会合後は予想どおり、質問の嵐となった。霧島教官が会合終了時にあんなことを言ったのだから、まあ当然だね。しかし「筆頭は剣持一族なのか?」「傍系だがな」という訳ワカラン受け答えを機に勇が声を張り上げ、
「個別の質問に答えていたら埒が明かない、呼吸法の授業をこれから始めるぞ~」
と仕切ってくれた。捻った首を元に戻せない俺を置き去りにして勇は引き続き、「1000まで呼吸法の授業、本日2020から太陽叢強化の授業、明日2020に輝力工芸スキルの授業を翔が行う」と、今後の予定も筆頭としてサクサク発表してくれたのである。いやはやまったく、持つべきものは友だな!
呼吸法を教えるのはこれで二度目だったし、また助手を名乗り出た勇が「俺も6年前からしているぞ」との言葉を添えてくれたお陰で、授業は非常にすんなり受け入れられた。超山脈縦断試験に多大な恩恵をもたらす、回復力向上と輝力量増加に呼吸法が絶大な効果を及ぼすことも、良い方へ転んだのだろう。198人の出席者全員が「「「「極めるぜ!」」」」と声を揃えてくれた。
午前10時から正午までは、訓練場に赴き汗を流した。俺に割り振られたのはこれまでと何も変わらない、準筆頭が普通に使う訓練場だった。しかしそれが当てはまるのは寮の一階に住んでいる、50人のみ。二階から四階までの150人は、今までとは異なる割り振られ方をしていたんだね。
生徒数400の戦士養成学校は、一辺1キロの大訓練場を四面持っている。その東側の二面が男子用、西側の二面が女子用だ。男子用の大訓練場は男子寮の南北に一面ずつあり、その一面ずつを南北に分けた計四つを、寮の一階から四階に割り振るのが孤児院とは異なっていた。一階は寮から最も近い、南大訓練場の北半分。二階は二番目に近い、北大訓練場の南半分。三階は三番目に近い、南大訓練場の南半分。そして四階は最も遠い、北大訓練場の北半分といった感じだね。学校内順位が高いほど近い訓練場を割り振られるのは、孤児院と同じ。テレポーテーション能力を全員が持っていない限り、これは仕方ない事だと俺は考えている。
ちなみに生徒は一階から四階まで住んでいても、大浴場があるのは一階のみ。住む階は違っても裸の付き合いは同じ階、という趣旨なのだそうだ。それでも地球なら四階の奴らが不平を垂れそうだけど、戦士養成学校の生徒は垂れないらしい。理由は、超山脈縦断試験にある。階段を上る程度で文句を言っていたら、あの超山脈を縦断するなんて不可能だからね。
一人用の自習室が食堂の上に設けられているのは、孤児院と変わらない。保健室が大浴場の奥にあるのも同じだし、その奥が教官の私室なのも同じだ。ただ異なる箇所もあり、その筆頭は間違いなく、2千メートルの直線道が8本あることだろう。俺はそれを知ったさい、「バンザ~~イ!」と思わず飛び跳ねたものだ。いやホント、バンザ~~イ!!
最後の1千メートルの直線道は、2千メートルの間違いでした。
訂正します<(_ _)>




