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 飛行車に乗るのは二度目だったことと、舞ちゃんに告げられた言葉を吟味する必要があったことの二つの理由により、景色を楽しむ余裕のないまま飛行車は高度を下げ始めた。慌てて左側の窓に身を寄せ、車外を注視する。俺の飛行車が西へ飛んでいたことだけは確認していたので、左の窓から南側の景色を確認できるはず。視力20にものを言わせて地平線付近を探ったところ、小鳥さんの住んでいる都市を比較的近くに見つけることが出来た。大きな安堵の息が無意識に漏れる。自分で思っていた以上に、鈴姉さん達の近くに住むことを俺は願っていたようだ。そんな自分に照れ笑いしつつ、二通のメールを素早くしたためる。「俺の学校の最寄り都市は、小鳥姉さんの都市でした」と。

 飛行車が着陸する前に、返信を二通受け取ることが出来た。「やった~!」に類する喜びの文が、どちらにも綴られている。頬をほころばせると同時に、疑問が心をかすめた。小鳥さんは俺のメールを読むまで知らなかったにせよ、鈴姉さんは俺の学校の位置を知っていたんじゃないかな?

 などと野暮なことを考えているうち、飛行車が広場の東寄りに着陸した。今日から暮らすことになる戦士養成学校は中央の広場を挟み、男女の寮が東西に離れて建てられている。よって男子寮に近い、広場の東寄りに着陸したんだね。

 孤児院のアルバムをポケットにしまい、虎鉄を抱いて飛行車を降りる。降り際に「ありがとうございました」と伝えたところ、前回と同じ女性の「どういたしまして」が返ってきた。虎鉄を地面に降ろし、挨拶をしなかった無礼をお姉さんに詫びる。「ホントあなたって噂どおりの、AIと人付き合いする子よね」 呆れ気味でもとても優しい声で、お姉さんにそう言ってもらえた。

 ママ先生の孤児院から鈴姉さんの孤児院へ移動したときは、飛行車を降りたとたん夕暮れの肌寒さに包まれたものだ。というのは皆の意見で俺の本音は「そうだっけ?」だったが、今回は俺の本音だけが異なることにはならないと思う。燦燦と降り注ぐ春の日差しに体をポカポカ温められながら、風のない広場を虎鉄と並んで俺は歩いて行った。 

 今更だが、広場には飛行車がところ狭しと停められている。孤児院の広場に停車していた100台を基準に推測すると、男子寮側の飛行車だけで200台あると感じるのは、思い過ごしだろうか? 確認すべく明潜在意識に潜り、視界の中央に飛行車を捉えるごとに台数を自動で数えるよう、自分に暗示をかける。そして立ち止まり、


 クル・・・


 2秒かけてゆっくり一回転した。心の目に映る飛行車の台数が、200を示している。どうやら俺は前回とは真逆の、到着した最後の1人になったらしい。けどまあそんなの、全然いいんだけどさ。

 いや違うか、今回の件はこの学校の雰囲気を予想する要素になると、考えねばならぬのだろう。つい先ほどの鈴姉さんとの別れに、長い時間を費やした印象はない。ママ先生との別れの、半分以下しか掛からなかったはずだ。にもかかわらず最後の1人になったのは、俺が長時間だったからではなく、俺以外の皆が短時間だったからではないか? 俺以外の皆は孤児院で、別れをあっさり済ませたのではないか? そう仮定すると、思い当たる節がある。猫達によると鈴姉さんの孤児院は近隣の孤児院と比べて、子供達の仲が破格に良かったという。それは裏を返せば近隣の孤児院は子供達の仲がほどほどだったという事になり、ならば別れをあっさり済ませても、おかしくないという事になるからだ。ピンと来てメディカルバンドを口元に寄せ、美雪に尋ねてみる。


「姉ちゃん、可能なら教えて。準筆頭の俺の到着は最後だったけど、筆頭の到着はどれくらいだったかな?」

「母さんが許可してくれたわ。筆頭が到着したのは、199番目ね」

「ありがとう。俺がお礼を言ってたって、母さんに伝えておいて」


 了解~と応え、美雪は通話を切った。俺は立ち止まったまま男子寮へ視線を向け、母さんの意図を探った。


『筆頭は孤児院の仲間や院長先生との別れを、あっさり済ませなかったと推測される。ならばそいつと俺の相性は良いように感じられ、仮にそうならその相性の良さに、母さんの意図が隠されているという事はないだろうか? 俺は鈴姉さんの孤児院と同様、この学校でも皆と仲良く暮らすことを望んでいる。筆頭も俺と同じならその望みは断然叶えやすくなり、またそれは母さんの願いでもあるのではないか? 戦闘順位のみに着目するなら俺が筆頭なのに、俺より成績の良い奴と組ませて準筆頭にしたことには、そういう意図があったのではないか?』


 考察をここまで進めたとき、ある語彙を思い出した。それは、原則。俺は空へ目をやり、その語彙が使われている規則をそらんじた。


「13歳の戦士試験に合格した者は『原則』として、10万人のグループに分けられる」


 原則は、最も弱い規則だ。よって本来なら異なるグループになるはずの者を同じ学校に入れることもあり、そしてその適用者が俺の相棒となる、筆頭なのではないか? 空を見つめながら、俺はそんなことを考えていた。

 すると不意に、ある男子の顔が心に浮かんだ。あいつと俺は相性が極めて良いので、間違いなく最高の相棒になる。またあいつは呼吸法や太陽叢強化法等を知っていて、かつ戦闘順位がすこぶる高いから、学校の仲間に呼吸法等を教えることに難色を示さないはず。教えたせいであいつが20歳の試験に落ちるなど、ありえないからだ。けど、


「けどあいつの順位、バカみたいに高いんだよな。なんたって、二桁目前だもんな」


 俺はそう独りごちた。二桁目前の総合順位の奴が、20歳の試験の合否境界線を下回る130万台のグループにわざわざ入るなんてこと、あり得るのか? 俺はさすがに、首を傾げざるをえなかった。う~ん、でもなあ・・・・


「でも筆頭があいつの可能性に気づいたのにそれを捨て、そのせいであいつが現れたとき驚いてしまい『や~いや~い驚いた~』とからかわれたら、マジ腹立つよな!」


 その光景を思い描くだけで、怒りがメラメラ湧いてきた。よってあいつが筆頭の可能性を捨てず、それどころかあいつが俺を待ち伏せしている状況を可能な限りシミュレーションしつつ、俺は歩みを再開した。

 幸いシミュレーションは間に合った。俺はホクホク顔で男子寮の玄関へ歩を進める。孤児院を倍する200人を収容し、また7年後の身長が200センチ前後になるからだろう、男子寮の玄関は孤児院の四倍近い面積を誇るようだった。外から見る限り、玄関を入って右手が白薙置き場、左手が下駄箱らしい。孤児院では下駄箱の奥に白薙置き場があったけど、この校舎では異なるみたいだ。俺はそれに気づいたが、気づかなかったらどうなるだろうか? 孤児院の習慣に従い、まずは下駄箱を目指すと思われる。すると玄関に入ってすぐ左を向くことになり、ということは右側が死角になり、その死角で待ち伏せして俺の名を呼んだら、俺の驚く様子を堪能できるのではないか? つまり最高の待ち伏せ場所は、白薙置き場なのではないか? 俺はさりげなく、白薙置き場の気配を探ってみる。玄関に最も近い場所に、人が潜んでいるのをはっきり感じた。反射的に吹き出しそうになるも、ここで噴き出すのはもったいなさ過ぎる。俺を驚かせようと画策している奴を逆に驚かせてこそ、面白いからな! 

 という訳で玄関前の階段を、何も気づいていない振りをして上っていく。階段を右足から上れば玄関を右足でまたげる、との目算は正しかったらしい。跨いだあとの計画を、俺は頭の中で再確認した。右足を着地させると同時に左足を大きく前に踏み出し、それに合わせて体を自然に右へ向け、右側に隠れている奴に平然と挨拶する。よし、計画は完璧だ! 俺は胸中ワクワクしつつ、右足で玄関を跨いだ。その1秒後、


「どわっっ!!」

「やあいさむ、どうしたんだいそんなに驚いて」


 俺を驚かせるべく右側に隠れていた勇に、俺は平然と挨拶したのだった。

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