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しかし考えようによっては、次は準筆頭という情報こそが得難い情報なのではないだろうか? なぜなら補欠合格を含む260万人を6500の学校に振り分けられるのは宇宙に母さんしかいないから、次は準筆頭という情報を知っているのも母さんだけかもしれないからだ。美雪たちも情報だけなら知っていると思うけど、開示権限はないはず。つまり母さんならではの反則技で、それを特別に教えてくれたのかもしれない。そんなふうに、俺は考えたんだね。するとその途端、
『反則技なんて使いません。まったくこの子は、親をなんだと思っているのかしら』
母さんの怒り声が届いた。『ヒエエ、ごめんなさい~』『ふふふ、冗談よ』系のやり取りをテレパシーでしている内に次のグループの野郎共に捕まり、間髪入れずどんちゃん騒ぎが始まったため、戦闘順位的にあり得ない準筆頭になったことを忘れてしまった。午後9時20分になってようやく思い出すも、毎晩恒例の集中と瞑想を放棄してまで考察することではない。かくして明日でいいやと思った俺は、集中と瞑想を始めたのだった。
――――――
明けて4月2日。
朝ご飯を食べ終わるまでは、いつもと変わらぬ時間が過ぎていった。だが、それ以降は違う。午前7時、俺達100人は食堂に再度集まり、鈴姉さんに挨拶した。
「鈴姉さん、6年間ありがとうございました!」
「「「「ありがとうございました!」」」」
全員で声を揃え、一斉に腰を折る。鈴姉さんは無言で頷き、微笑んだだけだった。
そのあと外に出て、玄関前で記念撮影した。一枚目は鈴姉さんを中心に整然と並んで撮り、二枚目は鈴姉さんを中心に思い思いに集まって撮った。どちらも賑やかに成され、特に二枚目は笑い声が盛んに飛び交っていたけど、それはいわゆるカラ元気というもの。写真撮影後、鈴姉さんの隣にいた女の子が泣き出すや、みんな一瞬で同じ状態になってしまったのである。101人の泣き声が撮影場所を満たす。けど心ゆくまで泣くのは、昨夜済ませた。もちろん個人差はあるからギリギリまで鈴姉さんと一緒にいたい子もいるだろうけど、誰かが最初の一歩を踏み出さねばならない。ならば俺が、それをするのだ。
「みんな、またいつか!」
高々と掲げた右手を俺は振った。戦士養成学校は訓練漬けになるからか、1年生は毎月1日が強制休日になっている。休日は最寄りの都市に無料バスが出るので、意外と簡単に皆と再会できるはず。その気持ちを胸に元気よく手を振ったところ、
「「「「またいつか!!」」」」
みんな一斉に手を振り返してくれた。特に仲の良かった野郎共とアイコンタクトで別れを告げ、鈴姉さんに黙礼して踵を返す。そして駐車している100台の飛行車へ足を向けたところ、タタタタッとの軽快な足音に続き、
「翔くん」
隣に舞ちゃんがやって来た。虎鉄が舞ちゃんの足にじゃれつき「にゃ~」と一鳴きし、飛行車の方へ駆けて行く。それがいかにも「先に行ってるにゃ」の仕草だったことと、じゃれついたさい舞ちゃんが虎鉄を撫でたため、俺達は自然と足を止めることになった。いやはやなんとも、賢い猫である。
「翔くん、6年間ありがとう。翔くんには、感謝してもしきれない。どんな形になるか具体的にはまだ分からないけど、必ずお返しするね」
お返しなんていらないって翔くんは言うでしょうけど今は口をつぐんでいて、私これでも一杯一杯なんだ。と早口でまくし立てて俺の口を塞ぎ、舞ちゃんは先を続けた。
「第十次戦争で闇族は、普段より1年遅く侵攻してきた。その時の闇族はそれまでで最も強く、それ以降も最強の座は覆されていない。でも私達が赴く第二十次戦争では、覆されるかもしれない。第二十次戦争も闇族の侵攻が1年遅れると予想されていて、2年遅れるという説すらあるわ。私は何となく、2年遅れるんじゃないかって感じているんだ」
でもこれについては散々話し合ったから今は無しね、と舞ちゃんは引き続き俺の口を塞いだ。もしこの子と夫婦になったら俺は間違いなく、尻に敷かれるんだろうな。
「2年遅れたら私達の戦う闇族は、第十次戦争より強いと覚悟せねばならない。そのとき人類の切り札になるのは、翔くんで間違いないはず。その翔くんの戦闘を助ける役に、私はなる。今後の91年間を、私はそれに捧げる。あ、心配しないで。女としての幸せも、ちゃんと目標にするから」
それってどんな目標って訊いたらダメだよ、女の子には秘密があるんだからね! 口をとがらせてそう念押しした舞ちゃんに、思わず吹き出してしまった。
「翔くんへの恋心を成就させるより、人類の切り札になる翔くんを助ける役になる方が、確率は断然高い。そう確信し、必ず成し遂げてみせるって自分に誓った日の夜、母神様とママ先生が夢に現れてね。ママ先生は『これが今の私よ』って、次の星に生まれた可愛い女の子の姿を私に見せてくれたの。ママ先生、とっても可愛かったよ。次の星については母神様が教えてくれたから、翔くんの説明はいらないからね」
ちっこいママ先生を俺も見たかった~! と冗談抜きで涙ぐみそうになった俺の肩を、舞ちゃんは軽快にポンポン叩いた。
「という訳で、私は翔くんの戦闘を助ける戦士になる。翔くん、学校は違っても、また私を助けてくれる?」
「もちろん助けるよ! どんな事だってするよ!!」
そう即答した俺の左右の頬を、舞ちゃんはプニッとつまんだ。
「翔くん、どんな事もするだなんて、気軽に約束しちゃダメでしょ!」
「ヒエエ、ごめんなさい~~!」
条件反射的に謝罪した俺の脳裏に、無数に枝分かれする因果の網目模様が映った。それが本物なのか、それとも幻影なのかは判らない。けど俺はその瞬間、はっきり見たのだ。髪の毛ほどの極細の線が幾重にも枝分かれした連なりの先に、舞ちゃんの尻に敷かれて幸せそうにしている、自分の姿を。
幸いその映像は、俺の心の中だけに留まったらしい。俺の頬をつねっていた指を離し、舞ちゃんは姿勢を正した。
「でも、どんな事もするって言ってもらえて嬉しかった。とりあえず、定期的にメールしてくれると嬉しい。月に一度で十分だから、いいかな?」
もちろん良いよと俺は首を縦にブンブン振った。そんな俺に、舞ちゃんはクスクス笑う。そして丁寧に腰を折り「翔くん、6年間ありがとうございました」と再度告げ、次いでクルリと踵を返し、自分の飛行車へ駆けて行った。
手で目元を幾度も拭いながら駆けてゆく舞ちゃんの後ろ姿が飛行車の中に消えたのを確認し、俺は歩き出した。誰の配慮か定かでないが、舞ちゃんの飛行車と俺の飛行車は隣り合っていない。その誰かへ胸の中で謝意を述べ、俺は自分の飛行車に乗った。
約十分後、全員搭乗との2D文字が手元に投影された。「発進します」とのアナウンスに続き、飛行車が垂直上昇を始める。100台の飛行車は上昇しつつゆっくり散開し、そして高度500メートルに達したのを機に、それぞれの場所へ散っていったのだった。




