表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
132/682

4

 そうそう鈴姉さんが言っていた「戦士養成学校の最寄りの都市に伝手がある」の伝手は、やはり小鳥さんだった。小鳥さんと鈴姉さんは何と同じ戦士養成学校の出で、当時から親友だったそうだ。確かに思い返すと、講義前後の私的な場では「鈴音」「小鳥」と二人は呼び合っていた。そんな二人なので互いの近況に今でも詳しく、小鳥さんの隣家が空き家になっているのを鈴姉さんは知っていた。縁故者がいないと引っ越しできないなんて規則は、もちろんこの星にない。ただ子供が生まれると近所のお姉さま達が大挙してやって来る関係で、縁故者のいる方がなにかと都合が良いそうなのである。同じ戦士養成学校の出なため夫同士も親友らしく、鈴姉さんは明日の引っ越しをとても楽しみにしていた。

 その小鳥さんがメールで教えてくれたところによると、講義の新メンバーになった若林さんは、元刀鍛冶らしい。刀剣への情熱を転生しても持ち続けていた若林さんは、白薙及び水薙関連の仕事に就くための勉強をしているという。その一文を目にしたさい「若林さんとは長い付き合いになりそうだな」との思いが脳をよぎったのは、なぜなのかな?

 メールのやり取りは春雄さんともしており、それによると春雄さんは、超山脈北側の大穀倉地帯で働いているという。穀物以外にもありとあらゆる農産物が超山脈北側では栽培されていてその地域性を活かし、当地はアトランティス星随一の美食地域になっているそうだ。農業と飲食業の両方に従事している春雄さんが言うには、その美食地域を支えているのは戦士らしい。「戦士は飛行車を無料貸与されるから、個人や家族や友人知人と頻繁にやって来てくれるんだ。翔君も、ぜひ食べに来てね」とのことだったのである。運動をしている成長期の男子にとってアトランティス星随一の美食地域はそれだけでも魅力的なのに、そこにプライベートUFOの無料貸与が加わったものだからさあ大変。必ず戦士になってみせるという情熱が、火災旋風の如く巻き上がったものだった。

 思い出しただけの火災旋風が余計なアレコレを燃やしてくれたのか何だか落ち着けたので、話をお別れ会に戻すとしよう。

 この星の防音技術はとても優れており、騒音を打ち消す音の壁を任意の場所に展開できるという。相殺音壁そうさいおんへきと呼ばれるそれを周囲に展開してもらっているのだろう、食堂南側に設けられた犬猫食事スペースで豪華料理を食べていた犬や猫たちは、満ち足りた表情で食後のまどろみを楽しんでいた。虎鉄にとってここの猫や犬たちは、生まれて初めてできた同種族の友人のはず。その友人達と、人間の都合で別れねばならないことを俺は意識投射中に詫びた。虎鉄は「友人達と離れ離れになるのは確かに悲しいにゃ」と正直な気持ちを口にしたのち、肉球で俺の膝をペシンと叩いた。


「戦士になりたいなら、戦士を目指すにゃ。翔は寂しがりやだから、おいらは引っ越しに付いて行ってあげるにゃ。心配するにゃ」


 母さんによるとこの星の犬や猫たちは、地球の犬猫の数倍賢いという。それは俺も実感していて、3年前の夏に連れて行かれた猫集会で俺は非常に楽しい時間をすごした。個々と交わす会話も集団の一員として交わす会話も猫達は容易くこなし、人と変わらぬ意思疎通をそこで出来たんだね。俺が意識投射して参加したのは近隣の孤児院の猫達が集結する大集会で、そのとき初めて知ったのだけどなんと虎鉄は、合計40匹超えの地域猫達の盟主を務めていた。身体能力はもちろん精神の高潔さにおいても、虎鉄はナンバー1猫だったそうなのである。嬉しくて「さすが虎鉄!」と撫でまくっていたら、ナンバー2を務める雌の美猫に「あなたも相当ですよ」と呆れられてしまった。

 彼女曰く狩人である猫には、生物の強さを知覚する本能があるという。それによると俺は個として強いだけでなく、群れ全体を強化するおさとしての強さも有しているそうだ。「買い被りだよ~」と俺は笑っていたが、近隣の孤児院の現状を知るにつれ笑っていられなくなっていった。近隣四つの孤児院で戦士を真剣に目指しているのはトップの数人しかおらず、それ以外の90人以上は、健康とスタイルのために運動をしているだけになっているらしい。その子たちの瞳に輝きは既になく、どちらかと言うと仲が良くどちらかと言うと楽しい暮らししか、送っていないのだそうだ。戦士には定員があるためどこかで諦めねばならぬのが、現実と言える。だが、仲間達と一丸となって強くなる協力体制を確立していれば、新しい孤児院に来て半年も経たぬ間に瞳の輝きが失われるようなことは避けられたのではないか? 6年間の想い出も最後のお別れ会も、まったく違っていたのではないか? どんちゃん騒ぎと号泣大会を繰り返す食堂の風景を改めて見渡しつつ、俺はそんなことを考えていた。その心にふと、母さんの言葉がよぎる。


「戦闘順位の上昇下降が最も激しいのは、最初の孤児院の4年間でね。3歳のスキル審査に基づく戦闘順位と、7歳の戦士試験に基づく戦闘順位には、差が一番出やすいのよ。3歳の時点では次の試験の合格圏内に入っていたのに不合格になる子と、逆に合格圏外だったのに合格する子の人数が、7歳では最も多いのね。合否の入れ替わりは年々少なくなっていき、13歳の戦士試験では人数がグッと減り、20歳の試験では更に減る。それもあり、次の試験の合格圏から離れている子が情熱を保ち続けるのは、本当はとても難しいの。翔には、感謝してもしきれないわ」


 それを聴いたのは9歳の初夏という、次の戦士試験までまだ4年近くある時期だったため、情熱を保ち続けるのが難しいという箇所にピンと来るものはなかった。それ以降もそれは変わらなかったが、1年ちょい後の猫集会で雌の美猫の話を聴き、やっと腑に落ちた。近隣の孤児院の現状を知り初めて俺は、母さんの言葉を理解できたのである。それから数日間、お隣の孤児院の子たちに接触するか否かを悩んでいたが、鈴姉さんに止められた。理由は隣の孤児院と関わると、「隣の孤児院の波長に影響されてしまう子が、ここにも高確率で現れてしまうから」だった。


「この孤児院には、6歳から7歳のたった1年間で戦闘順位を600万上げた筆頭がいる。その筆頭は呼吸法や太陽叢強化法や輝力工芸スキルの習得方法を惜しみなく教えてくれて、それを熱心にしてみたら自分の戦闘順位も大幅に上がった。孤児院内順位は最下位近辺でも次の戦士試験までまだ2年7ヵ月以上あるのだから、諦めず頑張り続けよう。そんなふうに自分を鼓舞して頑張っているここの子たちが、隣の孤児院を覆う諦めの波長に影響されぬよう、私はこの孤児院に結界を張っている。諦めに類するマイナスの波長のみを弾く結界だからプラスの波長を有し、かつこの孤児院と縁のある子なら、向こうからこちらに接触してくるはずだ。隣の孤児院へ手を差し伸べようとする翔の志は崇高だと、私も思う。だがどうか『神は自らを助ける者を助ける』を、忘れないでくれ」


 鈴姉さんにそう諭されたのが、10歳時の盛夏。あれから2年7ヵ月経ったけど、こちらに接触してきたお隣の子はいなかった。お隣の猫が言うには、向こうの子たちも仲が悪いわけではないそうだから、夕食会をきっと楽しんでいるのだろう。そう考え、俺はこの件にけりを付けることにした。のだけど、


「そう言えば俺が明日入学する、戦闘順位130万台の戦士養成学校の雰囲気は、どんな感じなのかな?」


 涙と鼻水でベトベトにされた上着を替えつつ、俺はそう呟いた。今日の戦士試験の成績に基づく俺の戦闘順位は、1,300,012位。ゼロが三つ続くため日本語なら「飛んで飛んで飛んで」と冗談のように繰り返さねばならないこの順位を見た鈴姉さんは、次も筆頭確定だなと笑っていた。合格者は10万人毎に250校の戦士養成学校へ振り分けられるのが原則なので「飛んで飛んで飛んで十二位」という順位は鈴姉さんの言うとおり、筆頭の可能性が高いのだろう。それは諦めるから良いとしても、雰囲気は気になる。20歳の試験に合格するのは125万人なため、130万台というのはギリギリの不合格圏だったからだ。


「学校内競争が最も激しいのは、合否境界線を跨ぐ120万台と予想される。ならばそれに続く、130万台はどうなのか。母さんによると20歳の試験で合否の入れ替わる人数は最も少ないそうだから、諦めムードが漂っているのかな? それとも周囲を蹴落としてでも順位を上げようとする、殺伐とした雰囲気になっているのかな?」


 上着を着替えたら、次は手と顔を洗わねばならない。という訳で食堂隅の水場へ行き手と顔を洗っている最中そう呟いた俺に、母さんがテレパシーを送ってくれた。けどそれは、


『翔は準筆頭よ』


 という、疑問の解明にまったく役立たない情報だったのである。ぐぬぬ・・・・

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ