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「了解!」
そう応えて戦闘態勢を取った俺の20メートル前方に、強化9.4倍ゴブリンの3Dが映し出された。その立ち姿を一瞥するなり、自分の勘が正しかったことを確信した。前回の強化から13日しか経ってなくとも、俺はこのゴブリンに午後の訓練の丸々4時間、勝ち続けられるのだと。
それを証明するかのように、初見となる強化9.4倍ゴブリンに俺は勝利した。あっさり勝てはしなかったが、苦戦した訳でもない。深呼吸一回分の休憩を設けるだけに留め、次なるゴブリンに俺は立ち向かっていった。
その後、連勝記録は順調に伸びていった。こうなれた最大理由は、具体的に言うとゴブリン強化を2週間前後でこなすという同年齢におけるトップの成長速度を獲得した最大理由は、ティペレトの目視と考えて間違いない。ならば、二番目の理由は何なのか? 美雪とも話し合ったがそれはおそらく、輝力工芸スキルの上達と思われる。防風壁の軽減率が50%になったことと最適の流線型を瞬時に形成可能になったことの相乗効果により、時速60キロで走っても時速10キロ程度の空気抵抗しか感じなくなった。それは走行速度を速めるだけでなく、白薙の操作速度と精密性をも高めてくれた。たった50グラムしかない白薙は、風の影響を強く受ける。素早く振ろうにも風に押し戻され、精密に操ろうにも風に揺らいでしまうのだ。その風自体が激減したため、操作速度と精密性が急上昇したのである。
ちなみに輝力を使わない100メートル走は、10秒4になっている。インハイ決勝で表彰台を狙えるタイムだ。この身体能力に輝力と工芸スキルを被せると、タイムは6秒になる。そして現時点における輝力圧縮の最大値は36圧だから、現在の100メートル走のタイムは計算上、1秒ってこと。最高速度が400キロを優に超えるため、計ってはいないけどね。
などと頭の隅で考えているうち、休憩の1分が過ぎた。今の時刻は、午前11時。これから昼食までの1時間を連勝で終えれば、午後の4時間も連勝できる気がする。その予感を確信に変えるべく、俺は9.4倍ゴブリンに立ち向かっていった。
通常より消化吸収に優れた昼食を食べ終わり、横になって集中と瞑想を始める。瞑想がどちらかと言うと苦手な俺は約4年前、瞑想の定義を「定着率を上げる作業」にした。たとえば直前の集中で可変流線形を自在に操る自分を集中力全開で思い描いたら、続く瞑想では一転し、すべてを忘れてボンヤリする。そしてボンヤリしつつさっき思い描いた自分を自分に重ねて、境界を曖昧にしていくのだ。このボンヤリが上手くいくほど、もしくは心を無に近づければ近づけるほど境界は曖昧になり、遂にはそれをも忘れ、思い描いた自分になって寝てしまうのが最高と言える。睡眠時間の長短と定着率は比例する気がするけど、試したことはない。「瞑想後の睡眠を短くすると定着率も低くなることが実証された」なんて、時間がもったいなさ過ぎだからさ。
という訳で俺は今、かなり眠くなってきている。なんて思考も手放し、午後の4時間をまるまる連勝する自分になって、寝るとするか・・・・
午後1時50分に目覚め、寝袋から出た。関節回しとアキレス腱伸ばしを経て、逆立ちをする。前世もそうだったが逆立ちをして腕だけで歩くと、体が瞬時に目覚めてくれるから面白い。今回もたった四歩で完全覚醒し、軽業へ移る。よし、調子は最高だ。俺は美雪に顔を向けた。
「姉ちゃん、準備完了。最後の挑戦を始めよう!」
頷いた美雪の表情で確信した。俺は今、歴代最強の俺になっている。
壁の上から俺を見守っている、鈴姉さん。
壁の向こうで最終試験に臨もうとしている、みんな。
これが歴代最強の、俺の戦いぶりだ!
俺は白薙を手に、ゴブリンへ駆けていった。
結果を述べると、思い描いた自分を具現化できた。つまり、4時間ずっと連勝し続けたということ。といっても午前の序盤に打ち立てた、強化9.4倍ゴブリンの三連勝で戦士試験合格は確定していたから、喜びはあまり無いんだけどね。
その代わり、嬉しくてどうにかなりそうな事があった。この孤児院における13歳の戦士試験の合格者が、50人に上ったのだ。戦闘順位390万台の子供を集めた孤児院の平均合格数が2人なことを考えれば、50人はあり得ない人数と言える。実際これはこの1900年間で歴代最高の快進撃だと、鈴姉さんは夕食の席で涙ながらに語っていた。
そうそれは夕食の席、言い換えるとお別れ会の席の言葉だった。7歳の試験と異なり13歳の試験では、4月2日の朝に次の場所へ移動することになっているんだね。「皆にはナイショだぞ」と鈴姉さんが以前教えてくれたところによると、7歳では幼過ぎるためすぐ移動しないと「「「「嫌だ!」」」」の大合唱になり、大変な事態になるという。食事に睡眠薬を混ぜて眠らせ、寝ている内に100人の子供を飛行車に乗せた事例もあるそうだ。「あはは、7歳なら仕方ないですよね」「まったくだ。と言いたいところだが、試験の翌朝もその余裕が果たしてあるかな?」と、鈴姉さんは意味深な笑みを浮かべていた。その時はピンとこなかったが今の食堂を見るに、確かに明日の朝は大変かもしれないと俺は感じ始めていた。
現在この食堂は、どんちゃん騒ぎと号泣大会がマダラ模様になっている。騒ぎまくるグループのすぐ隣に、泣きじゃくるグループがあるといった感じだね。しかもグループはメンバーの入れ替わりが激しく、そして入れ替わるたびにどんちゃん騒ぎと号泣大会を必ず一回ずつしているから、終わりがとんと見えない。いやマジで、これって夜9時にちゃんと終わるのかな?
などと余裕をかませているのは、心のほんの一か所だけ。それ以外の全てをつぎ込み、どんちゃん騒ぎと号泣大会に俺も加わっていた。ホント言うと皆のように全身全霊でそれに加わりたかったが、頭の隅を冷静に保つ必要が俺にはあった。号泣大会が始まるや野郎共が判を押したように「「「テメェのお陰だ~」」」と涙と鼻水まみれになって抱き着いてくるので、グループを替える度に手と顔を洗い上着を替えなければならなかったのである。最後の方はそれを見越して俺の上着で鼻をかむバカも出てきて、散々な目に遭った。まあ楽しかったから、全然いいんだけどさ!
その号泣大会中に知ったのだけど、13歳の試験には補欠合格の枠もあり、そこに6人が入ったという。補欠合格の10万人が入学する戦士養成学校も結婚率は変わらないからか、この6人には男女関係なく抱き着かれてしまった。舞ちゃんと鈴姉さんのお陰で花の香りに慣れていたからよかったものの、それがなかったらヤバかったかもしれない。と言ってもそれは「顔をしかめてるけど、わたし汗臭かった?」系の、真逆極まりない勘違いだったはずだけどさ。
そうそう舞ちゃんと言えば、俺と同じ戦士養成学校は無理だったらしい。太陽は松果体と気づいてからゴブリンの強化倍率を急遽0.1倍上げたが、それでも9.1倍で俺と0.3の差があったため、同じ10万人には入れなかったそうなのである。ただ舞ちゃんは、同じグループで号泣大会をしていても、俺と向き合った時だけは泣かなかった。俺との思い出を、ニコニコ顔で話すだけだったのだ。その笑顔にキュンと来て、次いでそれが痛みに変わり、そしてグループ変更時に胸を締め上げられたのは、舞ちゃんを異性として意識した証拠。これが1年早く訪れるか、もしくは同じ戦士養成学校に入学していたら、今後の人生は変わっていたかもしれない。胸を締め上げられつつ、俺はそう感じていた。
異性と言えばこのお別れ会中、俺にとって鈴姉さんは異性ではないという最終結論に至った。先月1日、意識投射中の別れ際に抱きしめられたときも朧げに感じたが、俺にとって鈴姉さんは、おそらく実姉なのだろう。あのときの朧げが最終結論に変わった理由は、このお別れ会の何気ない会話中俺は鈴姉さんを、「姉さん」と無意識に呼んでいたからだ。亮介が冴子ちゃんを実の姉のように生涯慕い続けたのと、たぶん同じなんじゃないかと俺は考えている。
とはいえ「姉さん」と呼びかけていたことを思い出すだけで羞恥に悶えそうになるから、一時的に別の話題を考える事にしよう。
今月から参加することになっているひ孫弟子の講義は、毎月10日に開かれるという。つまり、今夜は無いってこと。夕食を食べ過ぎると意識投射に支障が出るので1日はいつも量を控えめにしていたけど、今夜は控えなくていいのである。よ~し食べまくるぞ!




