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冴子ちゃんが明かしてくれた赤裸々な情報は、年頃娘が戦争に抱く本当の気持ちだった。それは、「最愛の伴侶と一緒でないなら戦争なんて行きたくない」という、男子とは根本的に異なる想いだったのである。
「人類滅亡を阻止すべく戦争へ赴くという気持ちは、女子より男子の方が圧倒的に持ちやすいと思う。女子が同種の想いを抱くには、子を産み母親になるまで待たねばならない。母親の自分がいないと何一つできなかった赤ちゃんが、寝返りを打ちハイハイを経て立つ練習をするようになり、そして自分の足で立ち上がるのを見て私はやっと、戦士養成学校時代の男子の気持ちを理解した。この子と、この子が生きていく社会を守るためなら、私は喜んで命を散らせるってね」
と同時に、孤児院と戦士養成学校を合わせるとほぼ100%の女子が伴侶に出会う理由も、冴子ちゃんは自ずと理解したという。母になってこの気持ちを抱いてからでは、遅すぎて戦士になれない。いかに老化しない体だろうと成長期を丸々費やして鍛え上げなければ、それ以降はどんなに頑張っても戦士にはまずなれない。よって母になってから「なぜ私はもっと努力しなかったのか」と後悔せぬよう、訓練に打ち込める動機を女子は戦士養成学校時代に用意してもらっていた。それこそが、伴侶への愛だったのである。
「私が戦士になれなかったら、愛する彼は一人で戦地へ赴き、それが私達の永遠の別れになるかもしれない。そんなのは絶対に嫌だ。たとえ生還できなくとも私も戦地へ行き、最後の瞬間まで彼と一緒にいたい。運命の人に出会い恋をしている十代の少女は、心からそう願うものなの。そして子を持つ母になったら、この子のためにも戦士になれて良かったって胸をなでおろす。それが、この星の女なのね。だから翔のお母さんの気持ちが私には解る。翔、アンタのご両親は、立派な方々よ」
俺の両親は連携に定評があり、ハイゴブリンに初めて大怪我を負わせたのが父、そしてハイゴブリンに致命傷を負わせたのが母だった。ハイゴブリンを倒したとき、母は体を引きずって父の傍らへ行き、既にこと切れていた父に寄り添い息を引きとったという。
「輝力を鍛えてなる戦士に、男女差はない。愛する彼と競い合い、励まし合って戦士を目指すことが出来るの。恋をすると女はただでさえ綺麗になるのに、そこに激増する輝力が加わるから、煌々と輝く宝石のような美しさを湛えるようになってね。私は戦闘順位1位だったけど、戦士養成学校時代はずっと、敗北感に打ちひしがれていたわ」
俺はそれから暫く、冴子ちゃんの美しさを称えることに尽力した。異性として意識していないだけで綺麗なのは間違いなかったし、また友人として大好きでもあったから、無尽蔵に溢れてくる称賛の言葉を冴子ちゃんに捧げ続けたのだ。いつもなら「このバカ!」と俺をぶっ叩く冴子ちゃんも今回は称賛を素直に受けてくれて、戦士養成学校時代の敗北感を幾分拭ったようだ。一安心し、俺は安堵の笑みを浮かべる。そんな俺に、
ズイッ
冴子ちゃんは顔を寄せた。いかに異性として意識していずとも、美少女にこうも急接近されたら通常なら赤面必至だったはず。にもかかわらず冷静さを保てたのは、6年以上の付き合いで最も真剣な顔を冴子ちゃんがしていたからだ。それを裏付けるように「翔、私の次の言葉を問答無用で信じなさい。ほら返事!」と語気鋭く命じられたとくれば、俺は冴子ちゃんの従僕になるしかない。「問答無用で信じます!」 そう即答した俺へ冴子ちゃんは確かに、盲目的信頼の言質を取っておかねばならぬ事をぶちまけた。
「戦士養成学校で翔は、モテまくるわ」
「・・・・・へ?」
「ほら、さっきの約束!」
「は、はい。信じます!」
信じます、信じますから、どうかそんなに顔を近づけないでください~~と泣いて頼んだのが功を奏し、冴子ちゃんは身を離してくれた。それでも狼狽え続ける俺に「溜飲がさがったわ」と冴子ちゃんは満足げだけど、俺はホント大変だった。身を離す前の、鼻が触れ合う寸前の距離まで迫った冴子ちゃんから、まこと女の子らしい甘やかな香りがしたのだ。その途端それこそ問答無用で、冴子ちゃんが極めて魅力的な異性であることを突きつけられた俺は、心底動揺してしまったのである。幸い、溜飲がさがったとの言葉どおりご満悦の冴子ちゃんは俺の動揺の理由に気づいていないらしく、ご満悦のまま俺のモテ期(?)について語った。
「来月以降、アンタは必ずモテまくる。その際の注意点を三つ言うから、何があっても厳守するのよ。一つ、恋愛対象にならない女の子たちを煩わしいと感じることがあっても、それを表に出さないであげて。十代の男子には解らないだけで、あの子たちはあの子たちなりに人生をかけて戦っているの。どうかそれを、忘れないでね」
動揺は多分に残っていても、これは真摯なやり取りが不可欠な話題。俺は背筋を伸ばし表情を引き締め、首を縦に振った。相槌を打ち、冴子ちゃんは先を続ける。
「二つ、恋心を受け入れられない理由に、美雪の名前をどうか出さないであげて。名前を出すと、美雪の心労が増してしまう。アンタも薄々わかっているでしょ、心労とAIの寿命の、関係を」
動揺など微塵もなくなった俺は全身で頷いた。対を成すように、冴子ちゃんも全身で頷く。だがその全てを憂いに変えて、冴子ちゃんは俺の手を握った。
「翔、今から話すのが最も重要なこと。三つ、戦士養成学校で人生の伴侶に出会ったら、美雪の弟を生涯貫きなさい。翔が最愛の弟でいる限り美雪は休眠しないと、母さんも断言していたわ」
想定外すぎることを言われて数秒間ポカンとしたのち、俺はあらん限りの速度で首を横に振った。だがこの横への首振りは、否定の仕草ではない。それは、恐怖の仕草。俺は直感的に理解してしまったのだ。戦士養成学校で人生の伴侶に出会う確率が、ゼロではないことを。
冴子ちゃんはその後、良い意味で俺をほったらかしてくれた。ほったらかしてくれたので俺は心ゆくまで恐怖し、恐怖することに満足したら次は伴侶に出会った場合のシミュレーションを始めた。そしてそのシミュレーションのお陰で、美雪の弟を生涯貫ける確信を得ることが出来たのである。それは間近に迫る戦士試験のシミュレーションを数倍する真剣さで行われ、そんな俺を冴子ちゃんはからかっていた。が、
「翔、美雪の友人として、アンタの真剣さに感謝するわ」
冴子ちゃんは最後に本心を明かし、自習室を去って行ったのだった。
ヤバい、今こうして改めて振り返ったら、思っていた何十倍も冴子ちゃんに助けてもらっていた。一体どうすれば、胸に溢れる感謝の気持ちを十全に伝えられるのだろう。前世の日本だったら銀座のデパートに足を運び、高級ケーキの詰め合わせをプレゼントできたのに、この星じゃ無理だもんなあ・・・・
などと頭を抱えているうち、機械工学の勉強を1秒もせぬまま、夕食後の日課になっていた夜の自習時間は終わってしまったのだった。
というのが、3月25日の話。
それから丁度一週間経った、戦士試験当日となる4月1日。
時刻は午前8時、場所は俺の訓練場。
「翔の勘を最優先しなさいって母さんに言われてるから、私も腹をくくる。強化9.4倍ゴブリンを、投影するよ!」
「了解!」




