表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/681

12

「姉ちゃんに抱きしめられた僕の心にある一番の想いは嬉しいで、二番目は恥ずかしいなんだ。でも年齢を重ねるにつれ両者の差が少なくなるのは避けられず、そして逆転する日がいつか必ず訪れると思う。その日と僕の反抗期が重なっていたらと考えるだけで、怖くて体が震える。姉ちゃんの心に傷を負わせる光景を思い描くだけで、怖くて怖くて仕方なくなるんだよ。だからここ数日、実は悩んでてさ。かくなる理由により抱きしめる回数を減らしていき、反抗期に備えませんかって、姉ちゃんにそろそろ話すべきなんだろうな。節目となる誕生日も丁度来るし、姉ちゃんへの恩返しも兼ねて、僕がそれを切り出すべきなんだろうな。でも姉ちゃん、きっと悲しむだろうなって、ここ数日悩んでたんだよ」


 美雪は「ダメ姉ちゃんでごめんなさい~」っと、俺に抱き着いて泣いた。ダメ姉ちゃんじゃないけど結局こうして抱き着くってことはダメな面もある姉ちゃんなのかもな、と冗談交じりに思ったのは、さて置き。


「姉ちゃんの上司について、できれば僕も知りたい。あと姉ちゃんは、最も感情豊かな量子AIなんだね。それも聴けると嬉しいな」


 美雪の背中をポンポンしつつ、俺はそう尋ねた。これは話題変更も兼ねた気軽な問いかけだったが、想定外の返答をされてかなり驚いてしまった。

 まずは、上司について。元地球人の俺は上司という語彙に、役職が多数あるピラミッド型の組織を無意識に想像していた。けどそれは誤りで、役職は二つしかないという。美雪を含む約百万の量子AIの上に、この星の全てを管理するたった一台の超量子AIがいるだけなのだそうだ。また上司といっても美雪によると、「話のわかる優しいお母さんのような感じ。実際みんな、母さんって呼びかけてるしね」との事だった。

 次は、最も感情豊かな量子AIについて。この星には量子AIが百万台あるのに対し、新生児の数は一千万。そして子供のほぼ全員が、3歳から7歳まで戦闘訓練を受ける。これらの情報から、一台の量子AIが複数の子供の面倒を見るのだろうと予想していたが、厳密には違った。感情の豊かな量子AIほど面倒を見る子供の数は少なくなり、美雪を筆頭とするトップ10は、一人の子供を受け持つのみらしいのである。それを知り思わず「姉ちゃんはたった一人の姉ちゃんなんだね!」と大喜びしてしまったことは、後悔している。大喜びする俺を抱きしめたくても抱きしめられず、美雪を泣かせてしまったからだ。泣く美雪を抱き寄せ背中をポンポンし、「姉ちゃんごめんなさい」を繰り返した俺こそが、姉に甘いダメ弟なんだろうな・・・・

 これについては、後でじっくり考えるとしよう。

 といった具合に、俺と美雪は午後5時から5時半まで話し合いをしていた。整理体操を除くと、ゴブリンと戦える時間は20分しか残っていない。「翔、どうする?」と問う美雪に、ちょっと動いてみるよと答えた俺は体を簡単にほぐし、軽業を始めた。正直、ぶったまげた。30分前より、体を正確に動かせたのだ。それは脳にまで及び、理由を考えたとたん正解を得られた。体に流入する輝力が30分前より緻密かつ滑らかになっていて、そのお陰で体も緻密かつ滑らかに、つまり正確に動かすことが出来たのである。ピン、と閃いた。輝力のこの急な変化は、座学で学んだ「輝力は心を通過する過程で心の性質を帯びる」に関係あるんじゃないかな? 熟考したところ、俺は正解を引いていたらしい。頭の中で整理した事を、美雪に伝えた。


「心が未熟だと、輝力は心を通過できない。心は成長するにつれ緻密かつ滑らかになっていき、それが輝力の許容範囲に入って初めて人は、輝力を使えるようになる。心の成長に伴い輝力はますます緻密かつ滑らかになり、また親和性に優れた肉体ほど、高品質化した輝力への対応が容易になる。これらのことから推測するに、こんな感じのことが僕に起きたのだと思う。姉ちゃんと話し合った30分で僕の心は成長し、輝力の緻密さと滑らかさが向上し、幸いそれは肉体の親和性の対応可能範囲に収まったため、身体操作の緻密さと滑らかさも一気に向上した。姉ちゃん、どうかな?」

「男の子って、急に成長するのね。翔の推測、すべて正解だわ。翔の成長以上に私を喜ばせるものはないけど、ちょっぴり寂しくもあるの。翔が成長すればするほど抱きしめられなくなるのだから、なおさらよね」


 美雪は胸に手を添え、ひとしずくの涙を零した。その涙に動転しかけるも何かが引っかかり、美雪をまじまじと見つめた。そして気づく。なあんだ美雪、それって噓泣きなんだね!


「姉ちゃん、嘘泣きじゃ背中ポンポンはしてあげないよ」

「なっ、なんで分ったのよ! しかも嘘泣きと背中ポンポンの両方を!?」

「そんなの、僕が姉ちゃんの弟だからに決まってるじゃん」

「そ、それもそうね。うん、翔は姉ちゃんの弟だもんね!」

「うんそうそう、僕らは仲良し姉弟だもんね。というわけで姉ちゃん、僕はゴブリンと戦いたい。フォローをお願いしてもいい?」

「もちろんよ、姉ちゃんに任せなさい!!」


 嘘泣きと背中ポンポンを看破されときは情けないほどアワアワしていたが、今はこれまでで一番張り切った姉になっている。この姉にはチョロインの素質もあったんだな、と心の中で大笑いした俺の胸に、心地よい温かさが広がってゆく。その温かさを味わえる幸せを噛み締めながら、白薙を中段に構えた。10メートル前方に、ゴブリンが出現する。ゴブリンの放つ殺意を知覚しても、俺の心は微塵も波たたない。それはゴブリンが突進してきても変わらず、俺はただただ静かに、彼我の間合いを計っていた。


 結果を述べると、俺はゴブリンに圧勝した。戦闘は途中まで先ほどと同等に推移し、最初の変化は俺の無音ダッシュ時に現れた。後方から接近してくる俺に、ゴブリンがまったく気づかなかったのだ。これなら宙を滑空する高さを更に上げて尾骶骨を狙える、と判断した俺はそれを実行。判断は正しく、ゴブリンの尾骶骨を骨盤から切り離すことに見事成功した。『勝利』の巨大3D文字が空中に投影される。俺と美雪は手を取り合って喜んだものだ。

 その後も時間の許す限り戦い、連勝記録を最多の五に増やすことが出来た。けれどもそれは、速度を半分に落としたゴブリンとの記録でしかない。よって、


「翔、明日は75%のゴブリンと戦ってみる?」

「うん、75%に挑戦するよ、姉ちゃん!」


 との会話を俺と美雪は最後にして、今日の訓練を終えたのだった。


 ――――――


 そうこうするうち夕ご飯の時間になり、目の前に待望のステーキが置かれた。お皿形状の鉄板の上でジュウジュウ音を立てているステーキはしかし、ある要素が前回までとは異なっていた。異なるその要素は、大きさ。三周年記念と誕生会を兼ねた今回のステーキは、なんと50%増しの大きさを誇っていたのである。横に広がり直方体から遠ざかったぶん、縦だか横だか云々の要素も、若干変わっていたんだけどさ。

 それは冗談として、今日のステーキも目玉が飛び出るほど美味しかった。普通の暮らしをしている6歳児は、ステーキよりハンバーグを好むのかもしれないが、俺は8時間の訓練を毎日欠かさず行っている身。良質の蛋白質を、体が大量に求めている身なのだ。したがって玉ねぎやパン粉で量を増やした肉料理より、純粋なお肉を体が本能的に求めるのだと俺は考えている。

 火加減の難度の違いも、美味しさの差として現れているように感じる。肉に含まれる蛋白質は、加熱すると消化が容易になる。だがその反面、加熱によって失われる栄養素も多々あり、ビタミンや酵素はその代表だろう。ハンバーグは雑菌が混入しやすいため中心まで火をしっかり通さねばならず、失われる栄養素も必然的に多くなる。また挽肉ゆえに細胞膜を壊された肉を大量に含み、それらが肉汁を放出するさい、栄養素も一緒に放出してしまう。これらは過熱を抑えれば少なくできるが、ハンバーグは雑菌対策のため中心までじっくり火を通さねばならないのだ。かくなる理由により料理界ではハンバーグを、火加減の難しい料理にしているのである。

 無論、ステーキの火加減も難しい。しかし鮮度の良い高級牛肉が刺身でも食されているように、高級牛肉ステーキに殺菌を目的とする加熱の必要性はさほど無い。また腕の良い料理人は、「血の滴るレア肉に見えても十分加熱された肉」という、矛盾するかのような調理を可能にする。加熱によって蛋白質の消化を促進しつつも栄養素の損失が少ない肉を、造り出してしまうのだ。そして美雪が食べさせてくれるのはまさにその、血の滴るレア肉に見えても十分加熱された肉なのである。こうしてハンバーグよりステーキを好む珍しい6歳児ができあがったのだと、俺は考えている。

 という具合に、味覚的にも栄養的にも非常に優れたステーキを俺は楽しんでいた。しかしその最中、一見無関係な虎鉄の姿がふと脳裏をよぎった。なぜ虎鉄なのかと首を捻るも、ステーキに夢中すぎて理由を思いつけない。もともとバカとくれば尚更だろう。それでも、これは決して疎かにしてはならないという心の声を聞いた気がして、バカなりに理由を考えていたら、虎鉄に贈られた誕生日プレゼントをようやく思い出せた。20%ゴブリンに勝てたのは、ゴブリンの足首に跳び込む方法を虎鉄が教えてくれたからだったのである。自分のバカさ加減に頭を抱えそうになるも、そんなことよりお礼が先。俺は必死で考え、そして思い付いた。「このステーキの中心にある、加熱によって消化を促進しつつも栄養素の損失の少ない絶品お肉が、お礼になるじゃないか!」 心の中でそう叫んだ俺はすぐさまそれを実行した。塩と香辛料を振られた表面を取り除き、中心部分だけを切りわけていったのだ。虎鉄が食べ過ぎにならない量の見極めには難儀したが、俺の行動からすべてを察した美雪がアドバイスしてくれたお陰でそれも乗り越えられた。ふと気づき、美雪に問うてみる。


「ひょっとしてこれも見越して、お肉を五割増したとか?」

「ふふふ、どうでしょうね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ