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 そうこうするうち講義が始まった。今日は初出席の若林さんに合わせたのだろう、準創像界を鈴姉さんは取り上げた。俺にとっては二度目でも数年前に一度聴いたキリだったので非常に楽しく、最後まで興味津々の時間をすごさせてもらった。

 けどそれは、二度目の俺だからこその話。地球人だった前世の常識を完膚なきまでにブチ壊す鈴姉さんの講義を、若林さんは身を乗り出し瞳を輝かせて聴いていた。


「若林が今こうして体験しているように、この宇宙は複数の次元が同一空間に重なって存在している。それぞれの次元は特色を有し、この準創像界の特色の一つは、地球人に多大な混乱をもたらしていると言える。準創像界では想像したものが瞬時に創造されるため、『自分が独自に創造した死後の世界を、全人類に共通する死後の世界と勘違いしてしまう』のだな」


 地球ではほぼ完璧に知られていないが、地球人にとっての事実上の霊界は、準創像界だったんだね。


「本体を有するすべての地球人は亡くなると一瞬だけ、ニルバーナと呼ばれる本来の状態に戻る。だがそれは一瞬で過ぎ去り、生前の心で準創像界へ送られる。死後訪れる準創像界は、地球卒業の進捗度に応じて七つの区域に分けられていて、人々は自分の進捗度の区域に入る。そして人によってはそこで、永遠とも呼べる苦しみを体験するのだ」


 七区域はそれぞれ七色に分かれているから、合計49ってことだね。


「地上にいる時も、好きな事をしている最中は時間が早く過ぎ、嫌な事をしている最中は時間が遅く進む。肉体を持たず意識だけの状態になると、それがより顕著になる。そして七区域における好き嫌いの基準は、本体にとっての好き嫌いだ。本体にとって好ましい状況では時間は非常に早く進むが、本体にとって嫌な状況では時間は凄まじく遅くなる。そして詳細は次に述べるが、自分の置かれている状況の自覚度は、地球卒業の進捗度に比例する。つまり進捗度が低いと自覚度も低いため、自分を苦しめている現在の状況を創造しているのは自分ということに気づけず、何百倍も何万倍も引き延ばされた時間をそこで過ごさねばならなくなるのだな」


 若林さんがゴクリと息を呑んだ。講義を受けるのは二度目の俺も息を呑まずにはいられなかったくらいだから、一度目は正直ヤバイんだよなあ。


「地球卒業の進捗度と、本体との共鳴率は比例する。つまり進捗度の低い者は本体の嫌悪する人生を送りがちになり、そして本体にとっての嫌悪をその者は準創像界で体験する。最も多いのは、『自分が他者へした悪を他者からされる』という体験だな。繰り返すが準創像界で他者からされる悪は、その者自身が創造した悪に過ぎない。だが地球卒業の進捗が低いと自覚も低いため、自分自身が創造していることに気づけない。よって悪を施されて苦しみ、かつそこに『苦しい時間は伸びる』が適用されるため、永劫の如き苦しみの時間が続くことになる。それを説話せつわとして紹介したのが、仏教の地獄なのだろう」


 鈴姉さんによると法律による刑罰は、死後の地獄を回避もしくは軽減するための、救済措置の一つらしい。たとえば、AさんがBさんに大怪我を負わせたとする。Aさんは逃亡したが良心の呵責に耐えられなくなり、警察に出頭し裁判を受けた。刑務所に入ったAさんは反省の日々を真摯に送り、出所しBさんに謝罪した。後遺症の残ったBさんはAさんを許さなかったがそれでも心から詫び、償いの気持ちと行いをAさんは生涯忘れなかった。このような場合、Bさんに大怪我を負わせて逃亡したことを、Aさんの本体は嫌悪する。嫌悪するから良心の呵責を覚えるのだがそれとは反対に、本体が好むこともAさんはしている。「警察に出頭し裁判を受けたこと」と「刑務所で反省の日々を送ったこと」と「Bさんに許されずとも心から詫びて償いの気持ちと行いを生涯忘れなかったこと」の三つがそれだ。この三つは本体の好むことのため、死後の準創像界でAさんが苦しみとして創造するのは、Bさんに大怪我を負わせて逃亡したことのみとなる。ただ逃亡は、良心の呵責に耐えきれず出頭したことで少量ながら中和されている可能性が高い。また大けがを負わせたことへも、「反省と償いの日々を送っている」ことが微量とはいえ中和剤になってくれる。このように法律は、正しく用いれば死後の世界へ良い影響を及ぼす機能を、すなわち救済措置としての機能を有すると言えるのだ。

 しかしそれは裏を返せば『法律に携わる者が法律を悪用すると、未来に途方もない苦しみが待っている』という事になる。かつて極悪領主だった俺は、それを身をもって知っている。よって日本の国会議員や高級官僚の辿る未来へ、戦慄を禁じ得ない。あの人達は微塵も理解していないが、誤った税金運用のせいで財政悪化を招いたのに法律を振りかざして重税を課し数千万人の国民を苦しめたら、果たしてどうなるのか? しかも自分達が脱税しても、一般人より遥かに軽い刑罰になるよう法律を悪用していることも加わったら、悪果はいかほどになるのか? 俺は地方の小領主に過ぎなかったが、日本の人口は1億2千万を超えているのである。戦慄を禁じ得ないどころの話では無いというのが、俺の正直な感想だ。

 けどまあそれはあの人達の自業自得なので、話を元に戻そう。

 鈴姉さんの講義は、宗教の難しさに移って行った。


「熱心な信者は、信仰している宗教の説く死後の世界を、数十年に渡り心の中で思い描いているものだ。したがってそれを死後の準創像界で創造し、思い描いていたとおりの暮らしをそこで送ることが多い。それが「自分の信じる宗教は正しかったんだ」との想いを強め、転生後もそれが潜在意識として働き、次の人生をより熱心な信者として過ごさせる事がままある。仮にその人が、臨死体験や瞑想中の意識投射で準創像界へ行き、自分の信じる死後の世界を創造し、それを体験して戻って来たらどうなるだろうか? よほどの幸運に恵まれない限り、自分はただ幻を見たに過ぎないと気づくことは無いだろう。そして残念ながらそれに気づくまでは、つまり『ただの幻だから手放さねば』と気づいて手放すまでは、地球卒業は叶わないのだよ」


 正確な期間はまだ教えてもらっていないが鈴姉さんによると、人の転生期間は四十九日より遥かに短いという。直前の前世を強固に封印するのが一般的なため、長い年月が経過しているように感じるだけなのだそうだ。

 前世で重度の中二病だった俺は、「四十九日を迎えた亡くなった家族が夢枕に立って別れを告げに来た」に類する体験談を複数聞いた。それは多くの場合、心温まる良い話だったが、母さんと同じ大聖者だった仏陀はそれをどう思うだろうか? 執着を手放せと説いたはずなのに、死後の世界をも縛る極めて強固な執着を仏教が生んでしまっていることを、愁えるのではないかと俺は考えている。


「臨死体験を熱心に集めて研究し、死後の世界を解明しようとする人達は多い。だが、想像即創造という準創像界の特性を知らずにその人達はそれをしているというのが、現実だ。死後の世界や前世を見てきた、もしくは思い出したという主張には、明潜在意識によって創造された『その人が無意識に望んでいる死後の世界や前世』も多数含まれているとくれば、解明はもはや絶望的と言えるだろう。そうそう若林は、潜在意識には明潜在意識と暗潜在意識の二種類があるのを、知っているかな?」

「いえ、知りません」

「では、次回はそれを取り上げよう。本日の講義は以上だが、質問はあるか?」


 若林さんの体が小さくピクッと痙攣した。次いでモジモジしだした若林さんへ、「遠慮無用ですよ」と声をかけてみる。俺と目を合わせ感謝の眼差しで頷いた若林さんは、サッと挙手した。


「先生、質問があります」

「なんだい」

「本体が嫌悪する人生ではなく、本体が好む人生を送ったら、準創像界で過ごす時間は短くなるのでしょうか?」

「うむ、短くなる。あっという間に終わってしまう人も中にはいて、前世を覚えているのは大抵そういう人だ。準創像界で過ごす時間の長短は、輪廻転生という概念への認否にも影響を及ぼす。準創像界で過ごす時間が短いほど輪廻転生の概念を受け入れやすく、時間が長いほど輪廻転生の概念を拒否する傾向があるようだな」


 他に質問はあるかとの問いに、若林さんはありませんと応えた。それをもち、俺にとって最後となる鈴姉さんの講義は、幕を下ろしたのだった。

『あの人達は微塵も理解していないが、誤った税金運用のせいで財政悪化を招いたのに法律を振りかざして重税を課し数千万人の国民を苦しめたら、果たしてどうなるのか? しかも自分達が脱税しても、一般人より遥かに軽い刑罰になるよう法律を悪用していることも加わったら、悪果はいかほどになるのか?』


戦慄を禁じ得ないどころの話ではない・・・(ノД`)・゜・。

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