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 つまり、


「戦士の卒業方法に適性のある者が、銀河中から集められるのだな」


 との事だったのである。話の流れからすると俺もその1人なのだろうが、何事にも例外はあるもの。よって俺は例外に違いない、だって生徒としてここにいるからさ、などと他人事と決めつけていたのが悪かったのだろう。たちの悪い笑みを浮かべた鈴姉さんが、前世の俺の死因を暴露しやがったのだ。「沈没した遊覧船に乗り合わせていた十人の小学生を助けて力尽きた翔は、英雄の素質大と認められ・・・・」と嬉々としてバラす鈴姉さんとは対照的に、俺が羞恥のどん底へ叩き落されたのは言うまでもない。でも今こうして改めて振り返るとあの暴露は、穏やかなポジティブに包まれて講義を受けるのが最良なのに皆をもらい泣きさせることでそれを破壊してしまった、俺への罰だったんだろうな。

 と気づいたのが、就寝30分前の午後8時半のこと。気づいたからには、あの時のことを改めて謝罪するのが筋というもの。という訳で食堂に足を運び鈴姉さんの執務室を窺ったところ、予想どおり執務室にいたのは鈴姉さんだけだった。一か月後の戦士試験に最高の自分で臨むべく、みんな早寝早起きを心がけているんだね。もっとも虎鉄によると早寝早起きに取り組んでいるのは、近隣ではこの孤児院のみらしいけどさ。

 それはさて置き、俺は執務室の入り口に立った。


「鈴姉さん、こんばんは。少しお時間をいただけますか」 

「うむ、そろそろ来るかと思っていた。待っていたぞ」


 そろそろ来るってなんだろう? との疑問を胸に納め、さっき気づいたことを説明し改めて謝罪した。鈴姉さんは「気にするな」と、普段どおりの優しい笑みを浮かべる。泣き虫の面も多々ある俺は通常ならここで、この優しい笑みを見られるのも残り一カ月しかないのか等々が胸に染みて涙ぐんだはずだが、それについては幸運と言うしかない。鈴姉さんの講義の生徒でもある俺は、この笑みに包まれることが今後も可能だからだ。しかし激減するのは変わらず、するとなぜか今日はやたらそれが気になり、ほんのり涙ぐんでしまった。いやはやホント、泣き虫のヘタレ者である。

 そんな俺を鈴姉さんは、いつも以上にまじまじと見つめていた。理想の女性にかなり近い年上美女にこうも見つめられ、赤くならない男子はいない。よって「えっとあの、一杯一杯なのでそろそろ勘弁していただけないでしょうか」と、俺としては限界ギリギリの白状をモジモジしつつしたのだが、今夜の鈴姉さんは容赦なかった。


「両者の認識に重大な齟齬そごがあるようだな。翔、すべて打ち明けなさい」


 てな具合に、すべて打ち明けるよう命じてきたのである。いやいや、そりゃあんまりですよ! と反論しようにも反論できないのが、いわゆる惚れた弱みというヤツなのかもしれない。う~んでも鈴姉さんへの想いは、恋愛ではない気がするんだよな・・・

 などと脳内を飛び交っていたアレコレを、結局俺は一切合切白状させられてしまった。鈴姉さんに「こうして容易に会えるのは今月までなのだぞ」と寂しげな面持おももちで諭されたら、隅から隅まで打ち明けるしかなかったんだね。

 幸い、両者の認識の重大な齟齬に気づいていた鈴姉さんは、最後まで真摯に耳を傾けてくれた。お陰で時間を最短にできたし、爽快感のようなものを味わえているのも事実と言える。鈴姉さんが偉大な先生なのはやはり間違いなく、恥ずかしかったけど指示に従って良かったなと、俺は胸を感謝で満たしていた。のだけど、


「も、最もませた子に恋心を抱かれるのは前の孤児院でも同じだったが、想いの丈をこうも素直に伝えられると、年甲斐もなくときめいてしまうものだな」


 という、空前絶後の勘違いを鈴姉さんはぶちまけやがったのである。さすがに怒髪天を衝くの一歩手前になった俺は、頬を赤らめるこのポンコツ先生の勘違いをあますところなく正すべく、右手の人差し指をビシッと立てた。


「一つ! 俺の想いは恋心ではありません。誤解しないでください!」

「そ、そうなのか? それはそれで残念なような」


 なにが残念だこのポンコツ女、との言葉を必死で呑みこみ、立てた指を二本にして二つ目に移った。


「二つ! 俺は最もませた子ではありません。男の純情を汚さないでください!」

「私は純情を汚してしまったのか? それはすまなかった」


 己の誤りを素直に認めてションボリする姿に怒髪衝天のドの字も無くなったのが本音だったが、「こうして容易に会えるのは今月までなのだぞ」との発言の責任を取ってもらうことにした。


「三つ! 俺が執務室を訪れたとき『そろそろ来るかと思っていた』と鈴姉さんは言いましたよね? 先生という立場上、俺の知らないことや俺にはまだ言えないことが、鈴姉さんには数多あまたあるのでしょう。しかしだからといって、男子が心の奥深くに秘めているピュアな気持ちを十全に把握しているだなんて、安易に考えないでください!」


 この三つ目を言い切った時の正直な気持ちは、マズイだった。鈴姉さんの瞳が急にウルウルしたと思う間もなく、大粒の涙が幾つも零れたからだ。けどなぜだろう、自分でも驚くほど俺は冷静さを保ち、行うべきことを確信をもって行っていった。


「鈴姉さん、こういう言い方は卑怯かもしれませんが、今日は講義のある日です。俺が鈴姉さんのことを大好きなのは変わりませんし、偉大な先生として尊敬しているのも揺らいでいませんから、どうか涙を止めてください」


 今も変わらず大好きなのは本当だし、先生という上位者なのに己の間違いを素直に認めて謝罪する姿に敬意を抱いたのも本当だから、俺は心の壁を全て取り払った俺になってただ静かに座っていた。ひょっとするとこの愛すべき年上女性には、眼前の相手を凝視する癖があるのかもしれない。心の壁を取り払った俺を穴のあくほど見つめたのち、長年の謎が解けたときの表情に鈴姉さんはなった。


「なるほど、そうだったのか。住み込みの孤児院勤めを希望した理由を、やっと理解できたよ」


 鈴姉さんはその後、この星の母親に共通するかもしれない想いを語った。

 3歳で手元を離れた息子は、母親の知らない内に母親の知らない場所で大人になってしまう。娘なら実体験を元に胸中を想像できても、息子は無理。いつの間にか大人になり、親を案じ守ろうとする優しい男性に育ったことを喜びつつも、この子が最も苦しんだ時期に寄り添ってあげられなかった事へ、罪悪感と寂しさをどうしても覚えてしまう。母とはそういうものであり、いや地球時代を明瞭に覚えている自分はその想いがおそらく強く、それが孤児達の母親代わりになりたいという願いに変わった。母親代わりをするのは12年と決めていて、その月日への充足がある反面、一番望んでいたことをまだ満たせていない焦りも微かに感じていた。それを今、満たせた。残り一カ月しかないという焦燥も綺麗に消えた。子供特有の純粋さと、まるっきりの子供ではもうないという自覚がもたらす責任の、両方を併せ持つ男の子のみが創造する一瞬の奇跡を、こうして体験することが出来たからだ。息子が遠い場所で育ったが故に失った時間を、自分は今取り戻せた。「翔のおかげだ、ありがとう」と、鈴姉さんは結んだのである。その時の双眸の状態はさっきとは真逆になっていて、行うべきことをしている確信の眼差しを鈴姉さんがしているのに対し、俺は涙をポロポロ零すしかなかった。そんな俺の涙を鈴姉さんはハンカチで拭いてくれて、申し訳ないと思いつつもありがたさをホッコリ感じていたのだけど、そこはやはり鈴姉さん。逆転サヨナラホームランの如き一言を最後の最後に放つことで申し訳なさを吹き飛ばし、ありがたさのみを俺の胸に残してくれた。


「翔、今日のお礼にこのハンカチを受け取ってくれ。そして私の子供が泣いていたら、このハンカチで涙を拭いてあげて欲しい。ふと心に、涙もろい男の子の赤子を抱いている自分が、浮かんだんでね」


 今まで知らなかったが、戦士養成学校は休日にバスがやって来て、近隣の都市へ遊びに行けるという。「その都市の一つに伝手があり家を借りられるはずだから、訪ねてくれると嬉しい。実家に帰る気になってくれたらなお嬉しいぞ」と言いつつ、鈴姉さんは俺にハンカチを握らせた。実家というモノを前世も今生も持っていない俺は不覚にも顔を輝かせ、鈴姉さんに大笑いされてしまう。その大笑いと同時進行した頭ポンポンに誤魔化されたのと、


「午後9時まで残り3分だ。翔、トイレに行かなくていいのかな?」

「ヤバッ! 鈴姉さん失礼します!!」


 との的確過ぎる指摘に踊らされ、トイレに駆け込んでようやく俺はハンカチを握っていることに気づいたのだ。鈴姉さんという素晴らしい人に出会えたありがたさが、心の深奥からふつふつと湧いてくる。それに頬をほころばせつつベッドに潜り込み、


「潜在意識の時計よ、普段より30分早く起こしてくれよ!」


 潜在意識の領域に構築した時計のアラームを午後11時にセットして、俺は眠りの境界を越えたのだった。

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