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「見てみたいです、ぜひお願いします!」
舞ちゃんは、心配になる程のスピードでベッドの上に正座し俺に腰を折った。この素早さには母神様への感謝と敬意も加っているのだから慢心するなよ俺、と自分に厳命し、俺は指示を出していった。
「まずは右鼻呼吸を二回。続いて左鼻呼吸を二回し、両鼻呼吸に切り替えて体を横たえ、瞑想を行う。瞑想中の両鼻呼吸の長さは、舞ちゃんに任せるよ。瞑想中に俺の声が聞こえても返事をせず、そして驚かず、しばらくは俺の声に耳を傾けてね。質問ある?」
「私についてはない。翔くんは、私が瞑想している間どこにいるの?」
「ここで目を閉じて瞑想しているよ。邪魔かな?」
邪魔なわけないじゃない、と舞ちゃんはクスクス笑い、瞑目し深呼吸を一回した。その一回で鼻腔を調整し完璧な右鼻呼吸へ移行した舞ちゃんに、上位者に偉ぶって指示を出している感覚が押し寄せてくる。それを慢心への戒めに変えて、俺も瞑想を始めた。
舞ちゃんには言わなかったけど、今回の試みが成功する確率は100%ではない。ただそれを口にすると成功率を更に下げる予感がしたため、黙っていることにしたのだ。それが吉と出るのか、それとも凶と出るのか。それを知るべく、俺は意識投射した。
自分の体を形成せず、意識だけを体の外に出す。黄色の斜が若干入った白いオーラが、舞ちゃんの頭部から出ている。これは感情を示すオーラではなく、心の成長度を示すオーラ。その黄色の斜を取り除く最初の手段として、俺の白との共鳴を試みる。共鳴可能か否かが未知なことも、成功確率100%ではない理由の一つだ。が、
「ヒュ~♪」
感嘆が思わず漏れてしまった。舞ちゃんはいとも容易く俺と共鳴し、オーラを白一色に変えたのである。こりゃ幸先いい、と安堵して次の試みに移る。共鳴したオーラを足掛かりに舞ちゃんと意識をつなげて、その通路を介してテレパシーで語り掛けたのだ。するとこれまた一度語り掛けただけで、舞ちゃんの意識が通路側へ向けられた。母さんの言葉「翔の未来のお嫁さん」を始めとする、様々な想いが湧いてきそうになる。けどそれらを、この三年で培った技術を駆使して切り離し、舞ちゃんの意識へ語り掛けた。
「返事はいらないから穏やかに聞いて。舞ちゃんの心の中に俺が現れて手を指し伸べたら、俺を信じて手を握って欲しい。巧く行けば、空中遊泳を楽しめるからさ」
承諾の波長と興奮の波長の両方が伝わってきた。その二つが勢いよく流れる水となって通路を塞ぎ、俺を阻んでいるイメージを舞ちゃんに送る。そのとたん承諾の波長と興奮の波長が少なくなっていき、ピタリと止まった。母さんならこんな手間をかけず一瞬で可能なことも、今の俺にはこれが上限。それは後で詫びるとして、俺は舞ちゃんの意識の中に入って行った。
人の本体は、七つのグループに分けられている。虹の七色が、七つのグループだね。鈴姉さんの講義が開かれている建物の上に緑色の旗が掲げられていたのは、鈴姉さんと俺の本体がどちらも緑に属しているからだ。言うまでもなく人はどの色の本体とも仲良くなれるけど、同じ色の方がやはり仲良くなりやすいので、色を識別可能なら色ごとに分けるのが無難と母さんは言っていた。といっても直弟子以上は容易に識別できても孫弟子は然るべき手順が必要になり、ひ孫弟子はそこに多大な努力が加わり、ひ孫弟子候補に至ってはいかに努力しようと幸運や偶然の要素がないとほぼ無理というのが実情らしい。平たくいうと、俺には無理ゲーってことだな。
しかしそこは、母さんが星母を務めるアトランティス星。孤児院は同じ色か隣り合う色に、戦士養成学校は同じ色になるよう、母さんが振り分けてくれるのだ。マザーコンピューターの能力も駆使できる母さんなら、そこに「夫婦になりやすい子供達」という要素を加えるのも屁の河童。同じ戦士養成学校の98%が夫婦になるのは、こういう訳だね。
ちなみに地球のスピ界隈で使われているツインレイは元々、同じ色の本体という意味。したがって異性の7人に1人がツインレイというかなりの高確率なのだけど、極低確率と印象付けた方が金儲けに繋がるため極低確率として世に広められてしまっているのが真相とのことだった。むむう・・・・
話が逸れたので元に戻そう。
この孤児院は孫弟子の鈴姉さんが院長ということもあり、緑に属する子らの中から特に仲良くなれる子たちを集めたという。ただそのためには戦闘順位を400万未満にする必要があり、7歳の戦士試験前の俺は430万近辺と予想されていたので「翔は次の孤児院で苦労する」と警告されていたのだそうだ。また逸れかけたのでズバッと言うと、舞ちゃんの本体も俺と同じ緑色ということ。それもあり、
「舞ちゃん、怖がらず俺を信じて」
舞ちゃんの意識にすんなり入れた俺は、右手を差し出した。舞ちゃんが粛々と俺の右手を取り、手を繋ぐ。「手を繋いでいるから落下することはない。さあ、空を飛ぼう」 そう語り掛け、俺は舞ちゃんの意識を体の外へ連れ出した。
舞ちゃんと二人並んで宙に浮き、保健室を見渡す。そしてベッドに横たわる舞ちゃんに手を振り、天井を突き抜けて空へ向かった。
意識投射中は、不思議な視力を得られる。夜の暗さを感じつつも、暗さに妨げられず周囲をしっかり確認できる視力を得られるのだ。しかも目が格段に良くなるから、
「なんて綺麗な星空・・・・」
舞ちゃんは夜空をうっとり見つめていた。肉眼ではほぼ不可能な数十万の星々が空に輝いているとくれば、当然だね。よって心ゆくまで見させてあげたいけど、準創像界のここでは時間は有限。俺は舞ちゃんを促し、孤児院へゆっくり降下していく。そして保健室に戻って来た俺は、最後にして最難関の試みに移った。
テレパシーすら使わず、ついて来てとの想いを目に込める。それを酌み取ったのだろう、舞ちゃんがくっきり頷いた。頷き返し、俺は自分の体を小さくしていく。いたずら小僧の笑みを浮かべたら、舞ちゃんも嬉々として体を小さくしていった。厳密には小さくする必要はなくとも、この方が抵抗を少なくできると感じたんだね。
おそらく0.1ミリ未満になった俺は舞ちゃんの手を引き、椅子に座って瞑想する俺の頭部へ移動する。そして頭頂の少し後ろにある、頭蓋骨がボコっと凹んだ箇所を目指して降下していく。「俺の体への害は皆無、心配しないで」 とのイメージをテレパシーで送ると、舞ちゃんは安堵の表情を浮かべた。ホント優しい子だなあとほのぼのしつつ、俺は自分の体へ降下して行った。
信頼し合っている人と意識を繋げられたら、相手の意識の中に入るのはさほど難しくない。だが、肉体は別。肉体は生物本能として、当人の意識以外を排除しようとするからだ。体の免疫が有害な細菌やウイルスを体内に侵入させないのと同じと考えれば、イメージしやすいと思う。よって正直言うと憑依体質と表現されている人はそういう体質ではなく、当人の意識以外を排除する機能が低下しているだけなんだよなあ・・・・
などと考える余裕を持てたのは、舞ちゃんのお陰。だって舞ちゃんが俺を害する存在だなんて、俺はこれっぽっちも考えていないからさ。その証拠に、
「よし、頭蓋骨内に入れた!」
「やった~、翔くん!」
てな具合に、舞ちゃんは開け放たれた廊下を歩くが如く、俺の頭蓋骨内に入って来たのだった。
舞ちゃんと手を繋ぎ、かつてあった通路を降りていく。本物の三番目の目があった頭頂少し後ろに今も残る通路の痕跡を辿り、松果体を目指し下りてゆく。ほどなく松果体に着き、停止せずそのまま松果体第三部の中へ入っていく。第三部は九つの力の束である輝力をほどき、一つ一つを然るべき器官へ分配する役目を担っている。そのうちの二つを占める結果と原因の力を、俺と舞ちゃんは二人並んで見つめた。続いて俺は脳内に、可変流線形を自由自在に操る自分のイメージを造る。そのイメージを明瞭に造れば造るほど、結果のエネルギーが活性化していくのを舞ちゃんに直接見てもらった。繋いだ手から、納得の気持ちが伝わってくる。俺は舞ちゃんに語り掛けた。
「そろそろここを離れる。体外へ出たら、創造力を使うさいの注意点をテレパシーで送る。それなりの量の情報を一気に送るけど、驚かないでね」




