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「我が師は、孤児院には友人や家族になりやすい100人を集め、戦士養成学校には夫婦になりやすい400人を集める。戦士養成学校の方は結婚が絡むからか、割り振りの基準を解明しようとする人達がそれなりにいてな。400人の戦闘順位のバラつきが10万以内にだいたい収まることから、戦闘順位を10万人ずつ区切ってグループを作り、そのグループの中から相性の良い男女を200組選ぶのだろうとその人達は予想している。私の講義に出席している翔は予想をもう一歩踏み込めるだろうが、それは後でな」


 鈴姉さんは俺の頭をポンポンと叩き、手を離した。その軽快さに釣られて頭を上げたのに、「もっと撫でられたいのか?」とウインクするのだからこの人には勝てない。そりゃ4年も一緒にいれば、人間の女性の中では鈴姉さんが俺の理想に最も近いってことが、本人にバレて然るべきなんだろうけどさ。

 それはさて置き鈴姉さんによると、戦士養成学校の400人の98%が夫婦になることを強く意識しているのは、圧倒的に女子らしい。舞ちゃんも当然そこに含まれ、俺と同じグループにいるのを維持しようと、必死になっていたという。しかしそれが、崩れた。ゴブリンを3週間毎に強化するのは自分には到底無理と、舞ちゃんは鈴姉さんに前々から吐露していたそうなのである。諦めるのはまだ早いと舞ちゃんを励まし、3週間毎を成し遂げられるようありとあらゆる相談に乗っていたが、「その日々が舞の疲れを極限にしてしまったのだな」と鈴姉さんは悲痛な面持ちで呟いた。俺は居ても立ってもいられず、鈴姉さんに声を掛けようとした。そのはずなのに、言葉がどうしても口から出てこない。何かを言おうとして口を開くも言葉が出ず、それでも諦めず再び試みるも失敗に終わり、というふうに口を虚しく開閉するだけになってしまったのである。そんな俺の両肩を掴み、目と目を合わせるよう促した鈴姉さんは、今までで最も厳しい表情になっていた。


「舞の同性として本音を言う。舞の夫になるつもりがないなら、これ以上の干渉は止めろ。我が師が舞の最高の夫候補を、200人選んでくださる。我が師に、任せるんだ」


 それにどう答えるつもりでいたか、俺は今でもわからない。1年10カ月の月日が経っても、未だそれを解明できていない。母さんによると大聖者は、選択しなかった未来を観ることが出来るらしい。本物のアカシックレコードは二つあり、一方には選択したありとあらゆる出来事が記録されていて、もう一方には選択しなかったありとあらゆる()()が記録されているという。物質世界に生きる俺達は何事も物質を基準にするため「選択しなかった未来もパラレルワールドとして物質的に存在している」と無意識に考えてしまうが、創造主は違う。人の自由意思を何より尊重する創造主にとっては「本人の意思」こそが重要であり、よって選ばれなかった意志も全て記録し、かつそれを選んでいた場合の未来を宇宙法則に基づいて再現できるようになっているのだそうだ。それを、母さんのような大聖者は十全に観ることが可能。したがって母さんなら、俺が鈴姉さんにどう答えていたかも分かるはずだが、今の俺には不可能。あのとき自分がどう返答するつもりだったのか俺は心底思い付かず、そしてそれはひょっとすると、大いなる何かが意図したことだったのかもしれない。なぜならまさしくあの時、鈴姉さんに連絡が入ったからだ。

 ママ先生の寿命が尽きかけているとの、連絡が。


 その晩、俺は意識投射して、ママ先生が入院している病室を訪ねた。結婚せず孤児を育てることに生涯を捧げたママ先生は、地球でいうところの老人ホームに入り余生を過ごしていた。前の孤児院で薄情極まりない事をした俺は月に一度はママ先生にメールを送り、連絡を取るよう心掛けてきた。それを知った母さんが俺に言った。「ひ孫弟子候補の勉強会に出席していることを、ママ先生に伝えてごらん」 テーブルに額をこすりつけて俺が謝意を述べたのは言うまでもない。早速キーボードを出しメールをしたためたところ、ママ先生は自分のことのように喜んでくれた。自分は出席していずとも、そういう組織があることなら知っていたそうなのである。それもあったので、ママ先生は俺にメールでこう頼んでいたのだ。『私の寿命が尽きそうになったら連絡を入れるわ。可能なら意識投射して、私に会いに来てね』 7歳の戦士試験に合格した孤児は原則として、お見舞いや葬儀に行けない。だが意識投射を禁じる規則はなく、母さんももちろん許可してくれたので、連絡が来たらぜひ伺いますと約束していた。それを果たすべく、こうして病室にやって来たのである。


「ママ先生、ご無沙汰しています。翔です」


 ベットに横たわるママ先生に、テレパシーでそう呼びかけた。アトランティス人は二十代後半の容姿で亡くなると聞いていたとおり、顔を見る限り死期が近いとは微塵も思えない。地球と異なり、点滴や呼吸補助機もないとくれば尚更だろう。だが意識投射中の俺には、余命いくばくもないことが手に取るように判った。本体と心を繋ぐシルバーコードが切れかかっているせいで、生命力が松果体にもう流入していなかったのである。体内に保管している生命力が尽きたら、命も尽きる。それが今の俺には、はっきり目視できたのだ。それでも、


「翔、約束を果たしてくれてありがとう。最後にこうして会えて嬉しいわ」


 ママ先生はテレパシーで応えてくれた。俺はベッドの傍らの椅子に腰かける。


「ふふふ、気持ちは解るけど泣かないで。人は生まれ変わるから死を悲しまなくていいって、翔は実体験で知っているでしょ」


 そうはいっても悲しいものは悲しいです、と素直に返した。ママ先生は楽しげに笑い、意識体の右手を動かす。俺はその手を、両手でしっかり握った。すると、


「創造主様。今この時この子をここに連れて来てくださったことを、感謝します」


 ママ先生はテレパシーではなく、声に出して感謝を述べた。そして意識体の瞼を開け俺に顔を向け、舞ちゃんに関わることを話してくれた。


「翔、私は幸せでした。結婚など無関係に、私は幸せな一生を過ごしたと胸を張って言えます。だから舞のことは、私にしか伝えられないでしょう。舞は翔と結婚しても、他の人と結婚しても、生涯独身でいても、死の間際に人生を後悔しません。自分は幸せだったと心から思い、舞はこの世を去っていきます。創造主様が、私にそれを見せてくださったのです」


 大勢の子供達に幸せな四年間を贈った私へのご褒美として見せてくれたんですって、とママ先生は顔を喜色一杯に染めた。創造主様への感謝で、俺はどうにかなりそうだった。


「舞は今後どの人生を選んでも、幸せになります。そして舞にそれを贈ったのは、翔です。翔と過ごした四年間で、舞は変わりました。翔に出会わなかった人生とは似ても似つかない人生を、舞は生きています。それは翔、あなたのお陰なのです」


 意識投射中だからか、舞ちゃんと過ごした四年間が走馬灯のように心を駆けていった。


「翔はこの四年間で、既に舞を幸せにしています。そして翔ならこれからの二年間をどう過ごそうと、舞を今よりもっと幸せにします。今の翔なら、舞にしてあげられることが自分には複数あると、解っていますね」


 俺は力強く頷いた。その目に、体内に保管していた生命力の尽きたママ先生が映る。数秒後、ママ先生の意識体が肉体から浮き出た。ママ先生が俺を抱きしめる。泣きっぱなしでそれ以外まったく何もできなくなっている俺の背中を優しく叩いて、ママ先生は言った。


「私はこれから、私が育てた全ての子供達へ別れの挨拶をしに行くわ。その最初が、翔なの。だからほら笑って」


 最初の名誉を賜ったとくれば、それを全力で叶えるのみ。見事それを叶えた俺を母の笑みで包み、ママ先生は消えて行ったのだった。

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