十二章 回想を含む3月1日、1
楽しい月日は、矢のように過ぎていくもの。
ここでの生活を満喫しまくっている俺もそれに漏れず、あれよあれよという間に3年と11カ月が経っていた。この星の数え方だと、13歳の3月1日。そう今は、二回目となる戦士試験の一か月前だったのである。
当然ながら3年11カ月前より、俺は大きくなった。身長は同性同年齢の日本人より少し小さい153センチ、対して体重は4キロちょっと重い50キロ、になっていたのだ。といっても体脂肪率5%だから、肥満では全然ないけどさ。
背は高くなっても、鈴姉さんの講義で仲良くなったお姉さま方によると、顔立ちはまったく変わっていないらしい。たぶんそれは、髭がまだ生えていないからだと思う。というか髭のみならず髪と眉以外はどこもツルツルのままだし、声変わりも未だしてない。またこれらは俺を含む男子50人全員に共通しているので美雪が言っていたとおり、男性的特徴が出るのは地球人より遅いと考えるべきなのだろう。ただ骨格だけは例外で肩幅が広くなり、全体的にゴツゴツした印象になってきている。そこに体脂肪率5%の筋肉多めという要素が加わると、男子が鏡の前ですることは地球もここも同じ。脱衣場の大鏡の前でボディビルダーのポーズを皆で決めるのが、俺らの間で最近流行っていた。
女子も、女性的特徴が出るのは地球人より遅いように思う。前世の小学校時代を覚えている俺からすると、みんな胸が明らかに無いのだ。中学二年生の設定の美雪もほぼペッタンコだから、これがこの星の標準なのだろう。目のやり場に困ることが無いのは、集団生活をしている身として非常に助かっている。
ただ男子が骨格だけは例外だったように、女子にも例外があった。それは、髪と肌。内側から光を放っているかのようなキラキラ輝く髪と肌に、女の子たち全員がなったのである。俺の記憶だと女子がこれほど綺麗になったら男子は気後れし、卑屈になったり悪ぶったりして黒歴史を刻むのが常なのだけど、性の目覚めが遅いからか黒歴史をみんな無意識に回避していた。男子達は皆あっけらかんと「女の子って髪と肌がホント綺麗だよね~」と日常的に言い、女子もそれに「ありがとう嬉しい~」と、これまたあっけらかんと返しているのだ。日本における小1から小6までを同じ孤児院で過ごしたため、男女であっても男女と意識しない仲良し家族に、皆なっているのかもしれないな。
それを裏付ける情報を、冴子ちゃんが教えてくれた。同じ孤児院出身で結婚するのは2%なのに対し、同じ戦士養成学校出身だとそれが98%に跳ね上がるそうなのである。孤児院は1階と2階で男女を別けるため同じ建物内にいつもいる家族になっても、戦士養成学校は違う。広場を挟み東が男子寮で西が女子寮という配置は「広場を挟んだ向こうに気になる異性がいる」という状況を作り、かつそこに「異性の寮への立ち入りは絶対禁止」という制約が加わるのだから、さあ大変。
「少ない自由時間をやりくりして恋人と広場で待ち合わせて、愛を確かめ合う。というシチュエーションに、憧れて憧れて仕方なくなるのよ~」
と、冴子ちゃんが血を吐くように叫んだのだ。いや血を吐くはもちろん冗談だけど、冗談とは到底思えない形相の冴子ちゃんに恐る恐る尋ねてみたところ、「100人における2%と、400人における98%を足すと?」という思いもよらぬ対応をされた。なぜそんな簡単な暗算を冴子ちゃんは俺にさせるのだろう、そういえば2%は同じ孤児院出身の夫婦の確率で98%は同じ養成学校出身の夫婦の確率だったっけ? と不意に思い出した俺は、この世の終わりの如く落ち込む冴子ちゃんへ、配慮皆無のド直球を投げてしまった。
「冴子ちゃんは男子と女子を合わせた学校唯一の、恋人のいないたった1人だったってこと?」
「少しはオブラートに包みなさいよ、バカ!!」
冴子ちゃんは俺の頭をぶっ叩いたのち、テーブルに突っ伏してわんわん泣き出してしまったのである。幸い冴子ちゃんは戦闘順位1位だったため将来の勇者パーティー候補として年齢の近い戦闘順位1位としばしば合同訓練をしていて、そのとき出会った年上の男性と恋に落ちて結婚したとの事だった。が、
「あの合同訓練がなかったら『孤児院の住み込み保育士』という職業柄、結婚は絶望的だったでしょうね」
母さんはそう言って、肩を落としたのである。冴子ちゃんの息子さんと亮介の娘さんが結婚したと教えられていたため油断したが、この手の話題は慎重にならねばならないのだと、俺はそのとき骨身に染みて知ったのだった。
それが、活きた。いやたまたま活きたのではなく、おそらくそれを見越して、冴子ちゃんは一肌脱いでくれたのだと思う。前世で恋人はおろか異性の友達すらいなかった俺は、完璧に気づいていなかったのだ。舞ちゃんが俺に、異性として好意を抱いていたことを。
二年目に筆頭と準筆頭が一度だけ入れ替わったのを除き、俺と舞ちゃんはこの六年間ずっと、筆頭と準筆頭だった。加えて呼吸法や太陽叢強化の指導者でもあったから、二人だけの話し合いの時間を俺達は頻繁に設けていた。舞ちゃんはとても性格がよく頭脳も明晰だったので会話が弾み、貴重な自由時間の多くを二人でにこにこゲラゲラ過ごしたものだ。改めて思い返すと、食堂でにこにこゲラゲラしているにもかかわらず誰もそこに加わってこなかったのは、俺が知らなかっただけで俺と舞ちゃんはきっと、公認のカップルだったんだろうな。
筆頭や指導者などの役職に関わる会話以外にも、俺達は様々な話をした。その中の一つに、互いの両親について語ったことが一度だけあった。「俺の両親は同じ孤児院出身なんだ」「嬉しい、私の両親もそうなんだ!」 という十秒前後の会話だったが、幸せを噛み締めるように舞ちゃんが両手を胸に添えていたのを、俺は今でもはっきり覚えている。
戦闘についても、俺達はたくさん会話した。またそのほとんどは、舞ちゃんの戦闘力向上に関する相談だった。6週間毎のゴブリン強化を9歳の3月23日に成した俺はそれを合計四回で終え、それ以降は5週間毎のゴブリン強化を成功させた。そして美雪の予想より少し早い11月1日に第二次成長期が始まり、11月21日に4倍ゴブリンを倒すことで、目標の4週間毎のゴブリン強化を俺はついに達成したのである。4週間毎のゴブリン強化を達成した反響は予想外に大きく、皆の質問と相談をさばくには夕食後の勉強を1週間諦めねばならないほどだった。舞ちゃんは衝撃が特に大きく、自分も1日も早く4週間毎を成功させると言って聞かなかった。呼吸法に多大な天分を有していたお陰で体を壊すことは無かったが、普通なら深刻な怪我を負っていたに違いないと鈴姉さんは語っている。
幸い12月上旬に舞ちゃんも第二次成長期が始まり、それにも助けられて翌年2月上旬には4週間毎に達することが出来た。それでも取り憑かれたように高強度訓練を続けていたのは、鈴姉さんに聞いていたのだと思う。俺が遠からず、3週間毎のゴブリン強化を成す見通しでいたことを。
そう俺は満11歳になった月に、4週間毎を更に縮めて3週間毎を成功させていたのだ。母さんによると満11歳でそれを成すのは、毎年数人しかいないらしい。といっても戦闘順位一桁のそいつらは、俺より遥かに強いゴブリンと既に戦っているそうだけどさ。
それはさて置き、俺のゴブリン強化が3週間毎になったとき、舞ちゃんは挫けそうになった。それは体にも影響を及ぼし、舞ちゃんは発熱し保健室へ移動した。鈴姉さんによると舞ちゃんは発熱より疲労の方が深刻らしく、3日間寝続けないと回復は望めないという。鈴姉さんは意識投射して患者の体内を直接診断し、治療を施すことが出来る。その鈴姉さんが「3日寝ればほぼ間違いなく治る」と太鼓判を押し、安心するように俺を諭したが、そんなのできっこない。なぜなら俺は、このとき初めて気づいたからだ。舞ちゃんが俺に抱いている、好意を。
「翔、気づいたようだな」
俺は鈴姉さんの目を見ず、下を向いたまま頷くことしかできなかった。鈴姉さんは「そのままでいい無理をするな」と言い、俯く俺の頭を優しく撫でた。満11歳なので恥ずかしさが勝るはずなのに、そうではない自分にやっと自覚した。ああ俺は、舞ちゃんに好意を抱かれていることへ負い目を感じているんだな、と。
鈴姉さんはその後、本来なら俺の年齢の子供に絶対漏らしてはならない秘密を明かした。それはこの星のマザーコンピューターでもある母さんが、夫婦になりやすい男女400人を選んで同じ戦士養成学校に入れる、ということだった。




