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「8歳の俺も身長が年に6~7センチ伸びていて、それは皆も同じだよね。つまり今と変わらないのに第二次成長期に食事の量が増える理由は、訓練強度の上昇にあるのかな?」
「ご名答。訓練時間と訓練強度がみんな上昇するわ。また地球人ほどではないにせよ男女の特徴も現れ始めるから、そのエネルギーを確保するためにもお腹が空くみたいね」
「なるほど。で質問なんだけど、俺は今でも非常識な強度の訓練をしているよね。ということは皆と違い、俺の能力の上昇値は二倍にならないのかな?」
「母さんも私も心配ないって予測しているけど、それでも不安?」
「ううん、安心したよ。俺は俺の最善を尽くすね」
「うん、一緒に頑張ろうね」
一緒に頑張ろうという美雪の言葉に、それを叶えたいという狂おしいほどの想いがこみ上げてきた。俺は、美雪と一緒にいたい。そう俺が一生を共にしたいのは・・・・
キーンコーンカーンコーン♪
訓練終了を告げる午後6時の鐘が鳴った。6時半の夕食に遅刻せぬよう整理運動とシャワーと着替えを普段はテキパキ済ませるが、今日は全て終えている。よって15分程度なら、まだここにいられるはず。美雪の頬が桜色に染まっていることから、さっきの狂おしいほどの想いを気づかれたと考えるべきだろう。桜色どころか茹蛸状態になった俺は、昼寝前の5分間の捻出および第二次成長期の食事時間の増加量を、必要以上に頑張って考察したのだった。
昼寝前の5分間イメトレは、翌日から始めた。正確にはイメトレを5分して、間を空けず瞑想を5分行いそのまま寝ることを、早速始めたのだ。正午から午後2時までをこれまでやたらノンビリ過ごしていたため、5分ではなく10分を楽々確保できたんだね。
ただイメトレと瞑想の効果を、すぐ実感することは無かった。能力の上昇値がほんの少し上がったような、それはただの錯覚のような、どちらとも言えない状態が続いたのである。しかし考えようによっては、そんなの当たり前。『どんなことも最初は下手。それでも続けていくうち、少しずつ上手になっていく』 これがこの世の、真実だからさ。
といった感じにイメトレと瞑想を焦らず続けていた12月半ば、俺は自在に意識投射できるようになった。それ自体ももちろん嬉しかったが、嬉しいことはもう一つあった。それは就寝前の10分間も、イメトレと瞑想に費やせるようになったことだ。意識投射の訓練が不要になったため、その時間をイメトレと瞑想に充てられるようになったんだね。昼寝前の一回きりでは効果を実感できずとも、二回になると話は違ってくる。三か月も経つと、効果をはっきり感じるようになった。なぜなら、
「翔、強化3.4倍ゴブリンの初挑戦の10連勝、おめでとう!」
との言葉から窺えるように、6週間毎のゴブリン強化をほぼ達成できたからだ。初挑戦の10連勝は、強化期間を1週間縮められる最も信頼できる目安といえる。今回と前回は7週間だったので、次の挑戦は6週間後の3月23日。その日に強化3.5倍ゴブリンを倒せたら、9日後の順位試験に余裕をもって臨める。舞ちゃんと約束した筆頭に、かなりの高確率でなれるのだ。筆頭に興味皆無なのが俺の本音でも、女の子との約束はきっちり守らないといけないからさ。
そして迎えた3月23日。初挑戦となる強化3.5倍に、俺は4連勝した。去年までの俺は期間短縮後の初挑戦を3連勝で終えるのが常だったが、今回は1つ多い4連勝を達成したのである。これも、イメトレと瞑想の効果といえよう。俺がイメトレで心にありありと思い描いているのは、4週間毎に強化ゴブリンを倒していく自分だからだ。
そうこうするうち9日が過ぎ、4月1日になった。
9歳の順位試験の日を、とうとう迎えたのである。
近隣の孤児院を二年以上観察してきた虎鉄によると、普通は順位試験の一か月くらい前から、孤児院内の雰囲気が変化するという。ギスギスやピリピリといった雰囲気になるのが、近隣の孤児院の常なのだそうだ。けどそんなの、うちには微塵も当てはまらない。うちの皆の目に映っているのは、孤児院内の順位ではない。戦士を目指す500万人の子供達の戦闘順位でもない。皆が見つめているのは、目標にしている未来の自分の姿。不可能だったことを可能にし、勝てなかった敵に勝てるようになった、今より強い自分自身の姿を皆は一心に見つめているのだ。
そしてそんな奴が隣にいたら、どう思うか? しかもそいつは底抜けに良い奴で自分の友だったら、どんな気持ちが湧いてくるのか? そんなの簡単、友を応援する気持ちが湧いてくるのだ。と同時に、友に恥じぬよう自分も頑張るぞというやる気も、湧いてくるのである。そんな奴らがこの孤児院には100人集まっているため、ギスギスやピリピリといった雰囲気にならなかったんだね。
かくいう俺の目にも、20メートル前方にいる強化3.5倍ゴブリンしか映っていない。コイツに11連勝するという今日の目標を達成することしか、俺の頭にはないのだ。手ごたえは十分あるから、午後の半ばくらいに達成できるはず。それを成し遂げた自分を創造すべく、俺はゴブリンに立ち向かっていった。
それが叶い、午後3時半に11連勝を成し遂げることができた。ならば次は、どうするのか? そんなの考えるまでもない、12連勝を目指すのみなのである。今日の訓練はまだ2時間半残っているから、可能性はゼロではない。俺は己が全てを賭け、12連勝する自分を創造するのだ。それだけを見定め、ゴブリンにひたすら立ち向かっていった。その2時間20分後、
「ヨッシャ―――ッッ!!」
運にも恵まれ、俺は目標を達成したのである。訓練時間は残り10分なので、今日の挑戦はもう無理。整理体操をノンビリして、明日に備えよう。そう判断し白薙を背に納めるなり、
「「「「おめでとう~~!!」」」」
皆にお祝いの言葉を掛けてもらえた。孤児院へ帰る途中に足を止め、大勢の仲間達が俺の戦闘を見ていたんだね。この孤児院に来て、今日でちょうど二年。恥ずかしい気持ちは未だあれど、俺が勝つと皆やたら喜んでくれるから、嬉しさの方が今は勝るようになっている。よって素直に「ありがとう~」と手を振り返していたのだけど、今日は何だかいつもと違うみたいだ。
「ブハッ、翔は忘れてる気がしてたけど」「こうも綺麗に忘れられたら」「こっちも素直に笑って手を振り返すしかないよね」「まあでもそれが、翔君の良さだから」「だよな、アイツはそこがいいんだよな」「それは頷けるけど、翔君を驚かせたい気持ちもある」「わかる、私も!」「もちろん俺も!」「よしみんなで、声を揃えて驚かそうぜ」「いいねそれ、じゃあせえの!」「「「「筆頭返り咲き、おめでとう~!!」」」」
筆頭返り咲きって何だっけ? と首を捻って、ようやく思い出した。強化3.5倍ゴブリンに11連勝したら、筆頭ほぼ確定だったのだと。
うちの孤児院は皆めちゃくちゃ仲が良く、かつ4月1日を戦闘目標の大きな節目にしていた事もあり、一人一人の目標を全員がだいたい把握していた。特に俺は呼吸法や太陽叢強化や輝力工芸スキル等々の仕掛け人ということで目標達成の相談を99人から受けたため、自分の目標の「3.5倍ゴブリンに11連勝する」も全員に話していた。するとそれを知った鈴姉さんが、夕食中の話題としてバラしやがったのである。「全員知っているということは秘密ではないから、バラそう。翔は11連勝で筆頭ほぼ確定、12連勝でほぼ間違いなく確定だな」と。
バラすってことは秘密って事じゃないですか、と食って掛かろうとするも舞ちゃんにすかさず「応援してるね翔くん!」とキラキラの瞳で言われたら、舞ちゃんとの会話を優先するしかない。「うん、ありがとう。舞ちゃんの3.4倍ゴブリン11連勝も、応援してるね」「うん、ありがとう。そうそう、それでちょっと相談があるんだけど」 てな具合にやり取りしているうち、バラされた件はうやむやになってしまったのである。むむむ、鈴姉さんめ・・・・
まあそれはいいとして、俺におめでとうと言ってくれた仲間達の中に舞ちゃんもいたから、大声で訊いてみた。
「舞ちゃんは、目標を達成できた?」
「3.4倍ゴブリンの11連勝、達成したよ!」
「やった! おめでとう~」「ありがとう~」
とやり取りしていたら、「「「「ヒュ~ヒュ~」」」」と冷やかされてしまった。カチンと来るも反論したとたんドツボに嵌ること必定だったので皆にも尋ねたところ、全員もれなく目標を成し遂げたみたいだ。これを喜ばずして、なにを喜ぶと言うのか。俺達は万歳三唱して、訓練場を離れたのだった。
6時半から始まった夕食会は、のっけから盛り上がりまくった。なぜなら順位試験の結果発表前に鈴姉さんが、
「大躍進のご褒美に高級ケーキを追加した。ぞんぶんに楽しめ!」
と、皆が大躍進したことをバラしてしまったからだ。まあでもそんなの、些事にすぎない。俺達はこれまでで一番盛り上がり、夕食会を堪能した。
夕食会後は順当に結果発表となり、判っていたけど筆頭になった。それはどうでもいいから省くとして、100人全員が戦闘順位を大幅に上げたことは純粋に嬉しかった。皆とこうして過ごして、今日でちょうど二年。これからの四年間も、こうして仲良く過ごせたらいいな。
そのために全力を尽くすことを、ここに誓います。
ですから宇宙の創造主様、どうか俺達を見守っていてください。




