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十一章 13歳の3月1日まで、1

 時間を二か月巻き戻した、4月1日。

 人生初となる、順位試験を受けた日。

 2.8倍ゴブリンに楽々勝利した俺は、こう思った。「二か月毎に0.1倍きざみでゴブリンを強化してきたけど、8週間毎に変えていいんじゃないかな?」 その正誤を知るべく8週間後に新たな強化ゴブリンと戦ってみたら、危なげなく勝つことが出来た。よって8週間に変更し、通算三度目となる9月15日に再び思った。


「なんとなくだけど次は、7週間後にしてみようかな?」


 美雪に相談したところ、「挑戦する価値は十分ある」との意見をもらえた。俄然やる気になり燃えに燃えて過ごした7週間後、3.2倍ゴブリンに、危うさなど微塵もなく勝利することが出来たのである。俺が拳を天に突き上げて喜んだのは言うまでもない。すると虎鉄も飛んできてくれて、恒例の取っ組み合いを二人で始めた。俺が成長しているように虎鉄も成長著しく、鈴姉さんをして「虎鉄より戦闘力の高い猫を私は知らない」と言わしめるほどになっている。身体能力は言うまでもなく戦闘センスも半端なく、虎鉄との本気モードの取っ組み合いは、戦士を目指す俺にとって貴重な学びの場にもなっていた。う~んでも俺は正真正銘の本気だけど、虎鉄は余力をまだ残している気配がちょっぴりするんだよな・・・・

 話が逸れたので元に戻そう。

 虎鉄との取っ組み合いを終え、休憩がてら地面に寝転がり、秋の空の高さと青さに惚れ惚れしていた最中。


「あれ?」


 あることに気づいた俺は身を起こし、胡坐あぐらをかいて座った。そして声に出し落ち着いて、暗算しなおしてみる。


「えっと、8週間毎を三回したから24週。今後は7週間毎に変更し、今日を含めて計四回したとすると28週。合計すると52週。ああやっぱり、計算どおりだった!」


 自分の馬鹿っぷりに体を支えられなくなり、俺は再び地面に転がった。ゴブリンの強化を7週間毎に変更した結果、次の順位試験の二日前に、強化したばかりのゴブリンと戦うことになってしまったのだ。試験当日に強化ゴブリンと戦った今年と大差ないおバカを、来年もすることになったって訳だね。

 現在時刻は、午後5時。今日は訓練を諦め、この件の対策を美雪と早急に立てるべきだろう。その旨を伝えたところ賛成してもらえたので気分転換も兼ね普段より熱いシャワーをたっぷり浴び、洗い立てのジャージに着替えて、体育館内のテーブルに腰を下ろした。そして腰を落ち着けるや、美雪が用意してくれたオレンジジュースをゴクゴク飲む。この星の100%ジュースはオレンジに限らず、加熱していない生ジュースと錯覚するほど美味しい。そのうえ水分と糖分を瞬時に補給してくれるので、戦士を目指す子供達の必需品と言っていい地位をジュースは獲得していた。

 オレンジの味を楽しみつつ水分補給と糖補給をしたお陰か、冴えた頭で対策会議に臨むことができた。開始早々ピンと来て、それを言葉にしてみる。


「そういえば俺はなぜ、8週間毎を1週間短縮できたのかな?」「うん、その道筋に沿って考察することに、私も同意」「だよね。短縮できた仕組みを解明すれば、更なる短縮を可能にする訓練計画を立てられるかもしれないし」「今日の7週間後に3.3倍。その7週間後に3.4倍。でもその次を6週間後にできれば」「順位試験の9日前に、強化ゴブリンと戦える。9日あれば安定して連勝できると思うんだ」「9日あれば十分と私も思う。では翔、さっそく始めましょう!」


 てな具合に方向性が素早く決まったことが、良かったのだろう。解明はトントン拍子に進み、輝力工芸スキルと回復力向上が短縮理由だったことが判明した。工芸スキルには、走行時の空気抵抗を減らす以外にも効能があった。それは、輝力操作スキルの向上。自分の前後に複雑な形状の輝力壁を瞬時に構築する訓練は、輝力操作スキルを伸ばす訓練も兼ねていたんだね。

 またその訓練は、回復力の向上にも役立った。鈴姉さんの講義に参加しても訓練に支障が出ぬよう、早朝の輝力増加訓練と輝力操作訓練を洗練させ、回復力を向上させる試みを俺はしている。その試みだけでも回復力は向上したのに、工芸スキルの効能も新たに加わった。工芸スキルによって操作スキルが伸び、回復力向上を更に推し進めてくれたのだ。お陰で訓練強度を上げることができ、そしてそれが実って、1週間の短縮を俺は成し遂げたのである。

 かくして仕組みは判明した。ならば次は、7週間を6週間にする訓練計画の立案だ! と張り切ったのが、幸運を呼んだのかもしれない。ある閃きを得た俺は、再度それを口にしてみた。


「昼寝の前に5分間、イメトレもしくは瞑想してみるのはどうかな?」


 昼食後に1時間、俺は毎日必ず昼寝をしている。2歳と11カ月から始めた習慣なこともあって横になるなり熟睡していたけど、その熟睡前にイメトレや瞑想をしたら、それらの『定着率』が良くなる気が何となくしたのだ。そう説明したところ美雪は定着率という語彙に凄まじい興味を示し、試す価値は十分を十倍するほどあると断言した。「十分を十倍って表現、イイネ!」「でしょ、私も気に入ってるの」「よしでは十分を十倍すべく、昼寝前に5分を捻出できるか否かの検証だ」「オオ――ッ!」 てな感じにノリノリで始めようとしたのだけど、


「そうだ忘れてた、ちょっと待って」


 の声が美雪から掛った。美雪が俺のためにならない事をするなど、天地がひっくり返ってもない。そう確信している俺は姿勢を正し、傾聴の意思を示した。ニッコリ微笑んだ美雪は、前世で体験していたにも拘わらず俺が完全に失念していたことを述べた。


「第二次成長期に入ると食事量が増加し、食事の時間も長くなるの。アトランティス人の男子の第二次成長期は、翔の前世の日本人より少し早い、10歳から始まる。もちろん個人差があるためデータと照合した結果、精神年齢の高い翔の第二次成長期は、平均より半年ほど早まる可能性が高いと私は判断した。つまり一年後の今日の翔は、第二次成長期をちょうど迎えているかもしれないのね。食事量の増加は消化時間の増加でもあるから、午前と午後の訓練内容は変更を余儀なくされる。本人にそれを伝えるのは1年前ってことになっているので、今こうして時間を設けさせてもらいました」


 俺は頭を抱えてテーブルに激突した。繰り返しになるが食事時間の増加を、まるっきり忘れていたのである。

 前世の俺は病弱だったこともあり、第二次成長期が周囲より遅かった。人並みの健康を手に入れた中三の卒業式間近になって、ようやく背が伸び始めたのだ。遅れたせいか身長増加もさほど多くなく、中三の3月から高3の6月までの27か月間で伸びたのは、34センチ。とはいえそのお陰でクラス最小男子から平均よりちょい高い175センチになれたとくれば、第二次成長期には感謝しかない。好景気に支えられたのか孤児院も食事だけは質も量も申し分なく、たらふく食べさせてもらえたしね。

 俺のいた孤児院は食材への感謝をとても重視しており、その一環としてたくさん噛むことを推奨していた。咀嚼回数の少なさは消化吸収率を下げ、そしてそれは命を頂いていることへの冒涜に繋がると院長先生が考えていたのだ。確かにそうだと納得した俺は、幼稚園児のころには多く噛む習慣を既に身に付けていた。それは利点が複数ある非常に優れた習慣で、普通なら良いこと尽くしなのだけど、俺は違った。人の唾液は消化酵素を含むため、咀嚼回数を増やすと消化の進んだドロドロの食事が胃に入ることになる。左鼻呼吸と右鼻呼吸に偏りがなければそれは良いこと尽くしに大抵なっても、左鼻過多の人はそこに含まれない。右鼻呼吸には消化能力を強める機能があり、左鼻呼吸には消化能力を弱める機能がある。よって左鼻過多の人が消化の進んだドロドロの食事ばかりを胃に入れ続けると、長い年月が経つうち胃は、そういう食事しか受け付けなくなってしまうのだ。

 低体温症を改善すべく坂道ダッシュを始めたことも、俺へは不利に働いた。体は生物本能として、筋肉の回復を最優先させる。「ボディビルダーは風邪をひきやすい」とされる理由は、それだ。病原菌やウイルスへの免疫力を下げてでも、筋疲労を取り除くことを体は選ぶんだね。それが左鼻過多の人に作用したら、一体どうなるのか? かくして俺は一時的とはいえ、お粥すら消化できなくなってしまったのだ。

 けどそれは脇に置き、とにかくたくさん噛みまくる習慣が俺にはあった。よって第二次成長期が始まり食事の量が激増すると、俺は食事に1時間も費やすようになったのである。

 もちろんそれが可能なのは夕飯しかなく、朝と昼は40分確保するのがせいぜいだった。思案の末、咀嚼速度を速めることでそれに対応した。自分の消化器系は弱いと信じ切っていた俺は、噛む回数をどうしても減らしたくなかったんだね。

 という非常に長~~い前世の話を、俺は美雪にした。すると「よく噛むのは大賛成だけど、今生は1時間もかからないんじゃないかな」と返された。理由を問うたところ、思いもよらぬ事実を知った。


「アトランティス人の第二次成長期は、身長が爆発的に高くなったりしないの。年に6~7センチ伸びるのが、平均ね。その代わり期間が長くて、男女ともだいたい10歳~19歳の十年間が第二次成長期。内臓や体形の性差も急激には出ず、ゆっくり進行するから、心と体のバランスが崩れることもほぼ無いと言われているわ。それでも10歳以降の十年間をとても重視するのは、輝力と肉体の能力の上昇値が二倍になるから。翔には母さんが特別に許可したけど、他の人には言わないでね。ゴブリンを0.1倍きざみで強化するのは10歳未満では二か月毎、10歳以上では一か月毎が平均なのよ」


 10歳以上では一か月毎が平均なの! との情報に飛びつきたがる自分を懸命になだめ、身長に関する質問をした。


「8歳の俺も身長が年に6~7センチ伸びていて、それは皆も同じだよね。つまり今と変わらないのに第二次成長期に食事の量が増える理由は、訓練強度の上昇にあるのかな?」

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