表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/681

10

 ゴブリン戦を待ってもらうよう、美雪に断りを入れる。俺と虎鉄のやり取りを見ていた美雪は、満面の笑みで頷いた。


 目を閉じ、虎鉄との取っ組み合いを回想する。続いて自分がゴブリンになったと仮定し、人間の子供との戦闘をシミュレーションしてみる。虎鉄と同様、左足首に突進してくる身長114センチの人間の子供を、ゴブリンの俺は手で掴めるだろうか? 子供がこんなふうに突進してきたら、掴める。あんなふうに突進して来ても、掴める。だが子供がこの突進を選んだら、手で掴むのは不可能。幾度試みても無理なことを確認した俺は、彼我の立場を入れ替えてみる。今発見した突進方法が、果たして俺にできるのか? それを、シミュレーションしたのだ。

 直感が叫んだとおり、俺には可能なようだった。俺は木陰のテーブルに移動し、椅子に腰かけてイメトレを始める。その突進を100点満点でする自分を、心に思い描いてゆく。不思議と一回目から、100点満点の自分をありありと思い描くことが出来た。気を良くした俺はイメトレを繰り返し、ふと気づくと、現実とイメトレの区別がつかない状態になっていた。さすがに精神疲労を覚え、テーブルに突っ伏す。1分と経たず、テーブルにジュースとクッキーが置かれた。「ありがとう姉ちゃん!」 元気よくそう告げ、それを平らげていく。美雪が用意してくれたオレンジジュースとクッキーは、頬が落ちるほど美味しかった。

 胃に食べ物を入れたので、運動を10分間控えることにした。その10分を利用し、イメトレを再開する。俺は肉体の運動を、控えただけだからな。

 そして迎えた、ゴブリンとの再戦。美雪が、


「戦闘開始!」


 の号令を放つや20メートル前方にゴブリンが出現し、俺に突進してきた。速度を20%に抑えられたゴブリンが、ゆっくり俺に駆けて来る。ゴブリンの左足が地面に着地するタイミングを計り、俺もゴブリンに突進。白薙を右手に握ったまま走る俺が身を低くすると、ゴブリンは反射的に蹴りの姿勢をとった。左足を軸にして、右足で俺を蹴ろうとしているのだ。それを逃さず、


 タ――ンッ


 俺は空中へ飛び込むように跳躍。ゴブリンの左足首目指し、地面スレスレを俺は跳んだ。空中を滑空しつつ白薙を真横に振ってゴブリンの足首を斬ることに、挑戦したのである。今の俺には超絶高度なはずなのに、イメトレではなぜか一度も失敗していない。それをいいことに、高度すぎるこの戦法に賭けたのだ。イメトレを忠実になぞり、輝力と肉体の親和性を極限まで高めて、白薙を横に薙ぐ。するとこれまたイメトレを充実になぞって、


 スパ――ンッ


 ゴブリンの左足首を俺は見事切断した。けどそれを喜ぶのは後回しにし、白薙の切っ先から足の指までを、真っすぐな一本の棒にする。その直後、地面に体が触れた。


 ゴロゴロゴロ


 俺の体が勢いよく地面を転がってゆく。その勢いがあらかた消えるなり俺は立ち上がり、ゴブリンへ再び突進。左足首から先を失ったゴブリンが、右足一本でケンケン走りをしている様子が視界に映る。と同時に、美雪の声が届いた。


「ゴブリンの速度を通常に戻すわ。翔、ゴブリンを討ち取ってみせなさい!」

「了解!!」


 俺は虎鉄の無音走りを可能な限り再現し、真後ろからゴブリンに近づいていく。けどゴブリンは俺の接近に気づき、右足を軸に回転して俺に正対しようとした。だがその直前、


 タ――ンッ


 地面スレスレに俺は再び跳躍。右足首目差して滑空しつつ、


 スパ――ンッ


 見事それを斬ってみせた。白薙の切っ先から足の指までを一本の棒にして、勢いよく地面を転がる。その勢いが消えるや立ち上がり、ゴブリンに全力疾走。両足を斬られたゴブリンが、こちらに背を向けて四つん這いになっている。俺は全力疾走の速度を保ちつつ、ジャンプ。両足の裏でゴブリンの尻に着地するよう空中で姿勢を変え、ゴブリンの尾骶骨に白薙を突き入れた。白薙の切っ先が尾骶骨の上部に刺さり、


 プツン


 尾骶骨と骨盤を切り離す。ゴブリンは全身をビクンと一度痙攣させたのち、地に崩れ落ちる。だが俺は油断せずゴブリンと距離を取り、白薙を中段に構えて残心。そんな俺の視界に、


 勝利!!


 の巨大な3D文字が飛び込んできた。心の中心で何かが爆発した。


「ウオオオオ―――ッッッ!!!」


 俺は拳を握りしめ天に吠えた。そんな俺の腹に、虎鉄が跳び付いてくる。イメトレ中は林にいたがゴブリンと対峙するや大急ぎで駆けてきて、戦闘を見守ってくれていたのだ。俺は白薙を背中に納め、虎鉄と思うぞんぶん転げまくった。その俺の耳に、


「翔、おめでとう」


 美雪の声が届いた。美雪に出会ってから3年と1カ月、これほど嬉しげな美雪の声を俺は聴いたことがない。しかし同時にその3年1か月という月日は、巨大な喜びによって意図的に隠された美雪の気持ちも、はっきり聴きとれるようにしてくれていた。美雪が意図的に隠したのは、悲しみ。虚像の体しか持たない美雪は転げまわって喜ぶ俺と虎鉄に、思いのまま跳びつくことができなかったのだ。虚像でなければ俺と虎鉄をまとめて抱きしめ、皆で喜びを分かち合えただろう。だが虚像にすぎない自分はタイミングを計り声をかけ、俺と虎鉄が自分に注目するのを待ってからでないと、俺達を抱きしめる事ができない。それを美雪は心の奥底で、無限に悲しんでいたのである。狂おしいほどの願いに、胸が張り裂けそうになった。俺は姉を、この女性を、悲しませたくないんだ! 胸の中で声の限りにそう叫んだ俺の松果体が、思いもよらぬ映像を心に送ってきた。それはこの星に転生する直前にいた、スキルを選ぶための白一色の空間だった。なぜだ、なぜあの空間の映像を松果体は送ってきたんだ!


「あのねえ翔、私が声をかけるなり放心しないで」


 美雪の指摘どおり、俺は放心していたようだ。でもボ~っとするあまり動くことをピタリと止めた俺は、今の美雪が最も望む俺だったらしい。美雪は膝立ちになって俺を抱きしめた。その美雪の、真っ白な膝を思い出した俺は咄嗟に叫んだ。


「姉ちゃん膝! 地面に膝を直接ついたら肌が傷ついちゃうよ!!」


 ひざ丈の美雪のスカートでは、長さが足りず膝を守れない。だからそんな姿勢にならないでと、俺は咄嗟に叫んだのである。それは解釈次第では、美雪の悲しみを更に強めてしまう行為だったと思う。けど幸い、


「まあ翔ったら、私を心配してくれたのね。このこの~~!!」


 美雪はやたらめったら喜んでくれた。3年1カ月の歳月をもってしても、美雪の声に嬉しさ以外を感じない。俺は安心して、姉に抱きしめられたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ