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 だが同僚のAさんは、例外にせざるを得なかった。各国との外交方針を左右するほど、Aさんの役職が高かったからだ。しかしいざAさんのオーラを見たところ、本人が公言している特別な能力をAさんは全く持っていなかった。ただオーラの一種と呼べなくもない「俺は特別だ」という意識を、Aさんは強烈に放っていたという。それを危惧した鈴姉さんはAさんの動向を追っていたところ、悪い予感が的中した。Aさんは自分と同じ「俺は特別だ」という意識を放っている人を特別な人間と評価し、それを基に各国との外交を進めようとしていたのである。しかも相手も、「俺の特別さが分かるお前も特別だ」とAさんを高評価していたものだから始末が悪い。実力の伴わない自信家連中が結託して暴走しようとしているのを大層苦労して阻止したことが二度あったと、鈴姉さんは疲れた顔で話していた。


「同僚のAは、体が放出するエネルギーを魂と考えていたのではない。だが放出エネルギーを『特別な者のみが知覚しうる相手の真の実力』と信じていたAは間違っていただけでなく、外交官としても間違う寸前だったのだ。幸いこの星で同種の大人に会ったことはないが、子供ではさほど珍しくないのが実情と言える。その子たちが人生を誤ることのないよう、大人として見守ってあげてほしい」


 鈴姉さんはそう結び、目を閉じた。悲痛さがかすかに漂うその様子に、だから鈴姉さんは保育士になったのかなとチラリと思うも、今はそれを考える時間ではない。俺は今日の講義を落ち着いて振り返り、質問の有無を精査してゆく。あれ? そういえば本体の説明の最後に「現代人と限定した理由は、最後に語ろう」と言っていたような? そう思い出したタイミングで鈴姉さんは瞼を開け後ろを振り向き、白銀の巨大光から放射エネルギーに至る図を指さした。


「かくの如く魂は実に多くの意味を持つようになったが、その理由の一つは出版物とインターネットの発達にある。この二つによって、小集団が独自に用いていた魂という言葉を世界中の人々が知り、そして用いるようになってしまったのだ。さあでは、考えてくれ。それら様々な用いられ方をこの図に当てはめて説明できる者が、魂という言葉をあえて使うだろうか? ごちゃ混ぜにされ本来の意味から遠のくと解っていても、魂という言葉を使うことに執着するだろうか? 正解は、『魂という言葉を使わなくなる』だな。創造主の分身である人の本体を熟知した上でそれを魂と呼ぶ人は昔はいたが、現代はもういない。これが講義の序盤で述べた、『現代人と限定した理由は、最後に語ろう』の意味なのだよ」


 おお~~との感嘆に続き、拍手が沸き起こった。それに鈴姉さんが照れたため「ヒュ~ヒュ~」等の声が入り、場の親密さが爆上げされる。講堂に満ちるその温かさを各自が記憶に刻んだところで、鈴姉さんが問うた。


「今日の講義は以上だ。質問はあるか?」


 誰も挙手しなかったのだろう、鈴姉さんは満足げに頷いた。

 こうして俺の、第一回ひ孫弟子候補講義は、終了したのだった。


 講義後、周囲にワラワラ集って来た先輩方にお礼を言われた。訳が分からず呆然とする俺に笑いが立ち上ったのち、先輩方は種明かしをした。

 それによると今日の講義は、内容が普段より重かったという。地球を題材にすると稀に重い時があるのは避けられないので心の平穏を保つことが参加者に求められ、本来なら今日は苦労してもおかしくなかったのに、あまり苦労しなかった。随所随所で講堂に満ちた笑いが暗くなった気持ちを引き上げ、心のバランスを取ることに役立ったそうなのだ。その笑いの中心にいたのが俺だったため、講義後にこうして集まりお礼を言ってくれた、との事だったのである。先輩方の役に立てて嬉しいやら、でも20人の先輩方に囲まれて照れるやらでニコニコそわそわしていたら、「その素直なとこがまた良い」「だよな!」とドッと盛り上がった。まな板の上の鯉になる覚悟を、俺はしたものだった。

 そうこうするうち鈴姉さんがやって来て、気持ちは解るが8歳児を早く寝させてあげようと促した。そのとたん皆さん大慌てになり、俺は霧島きりしま小鳥ことりさんという女性の先輩に手を引かれて屋上を目指すことになった。手を繋ぐ必要性に疑問があろうと、なぜかとても嬉しそうにしている年上美女に、年下男子が文句を言える訳がない。この建物の中ではテレポーテーションを使わないのが礼儀とされている等の、有益な情報を教えてくれたなら尚更だろう。ただ今回の件で、知り合う女性すべてに頭が上がらなくなる未来を確信したことは、正直少し落ち込んだ。まあアトランティス人はみんなとても良い人達で実害はなさそうだから、諦めるしかないか・・・・

 などと考えているうち屋上に着き、22人全員で空を飛んだ。テレポーテーション不可は屋上までなので普段は自分の体にすぐ戻るそうだけど、空を楽しく飛ぶのは将来役に立つため新参加者がやって来た初日はこうするのが、半ば慣例になっているのだそうだ。


「翔君は、空を飛ぶ夢を見たことある?」「もちろんあります」「夢って気づかないうちは自由に空を飛べたのに、これは夢だって気づいたとたん飛べなくなったりしない?」「それ、めちゃくちゃあります。途端に飛べなくなってしまうんです」「ふふふ、私もそうよ。大師様によると、それは『人は空を決して飛べない』という強い思いがあるからなんだって」「むむ、確かにありますね」「でも大師様によると、人は生身で空を飛べるそうなの。その技術を習得する妨げの一つが、空なんて絶対飛べないという強烈な思い込みだって大師様は仰っていたわ」「なるほど、だからこうして皆と一緒に楽しく空を飛んで、思い込みを少なくしていくんですね」「そうそう! ふふふ、翔君は賢いねえ」


 小鳥さんはそう言って、俺の頭を撫でた。と同時に「なんてサラサラなの、キャ~~」と叫んだため、その後しばらく10人のお姉さま達に頭を撫でられまくるハメになってしまった。俺は恥ずかしさのあまり、墜落寸前になったものだ。いやマジで。

 そうこうするうち「俺の家はこの近所なんだ、翔君またな~」と手を振り、自宅へ帰っていく人達が現れ始めた。寂しくても、それは仕方のない事。再会を約束し、俺も手を振り返してゆく。そしてとうとう、鈴姉さんと二人だけになった。子供達の訓練場は闇人の進軍地から最も遠い、人類大陸の北端に設けられているからね。


「翔、肉体に戻ろうと思うだけで戻れるから、自分の訓練場の場所を知る必要はない。しかし、何が起こるか分からないのが人生だ。今回と次回は私と一緒に帰って、だいたいの場所を把握できるようになりなさい」


 了解です鈴姉さんと応えたら、鈴姉さんは目に見えて上機嫌になった。お姉さんって呼ばれるの、ホントに嬉しいんだな。

 それから鈴姉さんは、進路調整に役立つ特徴的な建物や地形を教えるべく、地表を指さしながら空を飛んでいった。そしてほどなく、俺達の訓練場を遥か前方に臨む場所に着き、鈴姉さんが停止を呼びかけた。続いて、


「心の中で本体に、自分の訓練場を光らせて教えてくださいって、頼んでごらん」


 と指示を出す。そんなことをするのはこれが初めてでも、鈴姉さんが言うからにはきっと意味のあることなのだ。そう信じ、指示のとおりにした。すると、


「鈴姉さん、あそこ光ってます!」


 遥か前方の一点が、まこと光って見えたのである。「上出来だ、さあ行こう」「はい!」 鈴姉さんと手を繋ぎ、その一点を目指し飛んでゆく。一分経たず光を見下ろす場所に着き、孤児院の裏手に二人並んで着陸した。鈴姉さんが手を繋いだまま体を俺に向ける。そして最後の最後に、爆弾発言をした。


「翔、しばらくは睡眠時間確保を最優先し、孤児院の裏手から肉体へ一気に戻りなさい。講義参加に慣れたら、意識投射中に虎鉄とおしゃべりして良いからな」

「こ、こっ、虎鉄と話せるんですか!」

「うむ、話せる。そのためにも試行錯誤を重ねて睡眠時間を確保し、講義に慣れるんだよ」

「一日も早く慣れます! 鈴姉さん、今日はまことにありがとうございました」


 俺は腰を直角に折った。その上体が元の位置に戻るのを待っていた鈴姉さんは俺の髪を両手で優しくすき、髪型を整えてくれてから、院長室の方角へ去って行ったのだった。

「俺は特別だ」との意識を強烈に放つAさんの件は、笑い話ではありません。


根拠はそれしかないのに、専門家として神秘学やスピリチュアルや都市伝説について講義するユーチューバーさん等は、ネットに数え切れぬ程います。


それが、現実ですね。

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