4
ああ俺は、こんなに素晴らしい先生に巡り合えて、なんて幸せなのだろう。その幸せを俺に運んでくださった存在へ感謝を示すべく、俺は立ち向かった。
「料理を一切できない人が『美味しい料理を作る知識』を得ても、暗記しているだけならそれはただの知識にすぎません。しかしその人が知識を活かし料理を作るようになると、少しずつ変わっていきます。今まで一切してこなかったため最初は失敗ばかりでも、続けているうちに少しずつ上達し、料理を作れる自分に自分を造り変えてゆく。造り変えが完了してようやくその人は、『美味しい料理を作る知識』を活かすことが出来たのだと、思う人もいるでしょう。けど俺は、そう思いません。料理を作れるようになろうと一念発起し、失敗ばかりでも努力を続けた日々も、知識がその人にもたらした恵みだと俺は思うのです。またその恵みは単なる知識を『知恵』に変え、その人だけでなく周囲の人々へも恵みをもたらします。心のこもった美味しい料理として、食卓を囲んだ人達を幸せにするんですね。このように人は、知識を知恵に昇華させねばならない。そしてこれはこの講堂で学んだ知識も同じだと、鈴姉さんは言いたかったのかなと、俺は思いました」
あ、鈴姉さんと呼んでしまいましたごめんなさい! と慌てて謝罪した俺の頭を今までで一番優しく撫でながら、鈴姉さんは秘密にしていたお笑いセンスを披露した。
「孤児院の子たちには伏せているが、最年少の私の孫は、翔たちの1歳年上なのだよ」「えっ、そうだったんですか!」「うむ、そうなのだ。さてでは翔、地球時代に戻って考えてくれ。孫と変わらぬ歳の子に『お姉さん』と呼んでもらったら、私はどう思うかな?」「えっと、嬉しいと思います」「そう、嬉しくて嬉しくてたまらないのだよ。だから遠慮せず、いつでも鈴姉さんと呼んでいいんだからな。しかし!」
鈴姉さんはここで言葉を切り、先輩方をキッと睨んだ。
「孫と同じ年齢の子に呼ばれるから嬉しいのであって、大差ない年齢の者たちに冷やかしてそう呼ばれても、ちっとも嬉しくないからな!」
けどそこは、さすがは母さんのひ孫弟子候補たち。鈴姉さんの唐突なボケに、先輩方は見事突っ込んでみせた。
「え~、鈴姉さんそりゃないよ」「私も鈴姉さんって呼びたい」「だって鈴姉さん綺麗だし」「声も瑞々しくてすっごく素敵だし」「だから講義を離れたプライベートの場で、たまに呼ぶくらいは許してよ、鈴姉さん」「という訳で、みんなせえの!」「「「「す~ずね~さ~~ん♪」」」」
「や、やめてくれ。嬉しくて顔がにやけてしまうではないか!」
「「「「アハハハハ~~~!!!」」」」
てな具合に、講堂が爆笑の渦に包まれたんだね。そしてその爆笑によって、次元上昇関連の暗さと深刻さを吹き飛ばしてから、鈴姉さんは講義を再開した。
「我が師にお力添え頂き、スピリチュアルを扱った地球のネットを可能な限り調べた。それを経て我が師と私は、愛や協調や助け合いの大切さを呼び掛ける地球のスピリチュアルに、一定の効能があると判断した。そう判断した最大の理由は、愛や協調や助け合いを日常生活に取り入れようと努力する、名もなき人々が大勢いたからだ。さあ皆、思い出して欲しい。戦士を目指し努力を重ねるこの星の8歳児へは呼吸法と太陽叢強化法を教えられても、地球の8歳児に同じことはできない。翔の仲間と地球の一般的な8歳児は、適切な指導がそれぞれ異なるため、私達はそれを見極めねばならないのだ。その意味において、愛や協調や助け合いの大切さを呼び掛ける地球のスピリチュアルに、一定の効能があると我が師および私は判断した。もっとも、可及的速やかにそれを卒業し次へ移って欲しいというのが、本音だがな」
ここで鈴姉さんは思い出したように「あ、忘れていた。翔がさっき話してくれた料理のたとえ話は、とてもよく出来ていたよ。翔、ありがとう」と付け加えた。仕返しに「感謝します、深森先生」と、先生の箇所を不自然に強調してやる。半分本当にしょんぼりしたのち、鈴姉さんは講義を暗潜在意識へ進めた。
「さあ次は、暗潜在意識だ。暗潜在意識の一つ前の、心を魂と呼ぶまでは先ほど述べたように、一定の効能を認めることができる。だが暗潜在意識に、それは適用されない。唯一の効能は、『過去を教訓にして同じ失敗を繰り返さないようになる』ことのみだからだ。しかし悲しい事に、暗潜在意識を魂と定義して広めようとする者達が、地球には大勢いる。その代表は、性欲を魂と定義する者達。前世を覚えていないアトランティス人には、ピンとこない事だがな」
前世を覚えているアトランティス人のはずなのにピンとこず、その理由を女性と交際経験が無いことと考えた俺は、背中を丸めかけた。けどその寸前、それが誤解だったことを鈴姉さんが教えてくれた。
それによると松果体には性欲を生命エネルギーに変換する力があり、そしてアトランティス人の松果体は地球人とは比較にならぬほど活発なため、訓練せずとも変換を無意識に行えるそうなのだ。また比較にならぬほど活発な松果体は、20歳から110歳までまったく老化しないことへの、最大の貢献者でもあるという。そう教えてもらい、前世の女性経験のなさが無関係だったと知った俺は、大きな安堵の息を吐いたものだ。しかしその直後、ある閃きを得た俺は挙手等をすっ飛ばして問いかけてしまった。
「え? ということは松果体を話題にせず、遺伝子ばかりを強調する宇宙人って!」
「うむ、翔の危惧は正しい。6月1日までの1か月を工夫して過ごし、睡眠時間を十分確保して、なるべく出席してくれ」
はい、必ず出席します! と返答した俺に微笑むだけで、挙手等をすっ飛ばした無礼を不問にしてくれた鈴姉さんのためにも、絶対出席するぞ。との誓いを立てた俺の耳に、悲しい言葉が届いた。それは、
「では最後の、体が放出するエネルギーを魂と呼ぶことについてだ。今日の講義は、これで終了だな」
という言葉だった。時間は有限と理解していても、内容的にも先輩方との交流的にも大満足だったこの講義が終わってしまう事へ、俺は悲しみを感じずにはいられなかったのである。
「体が放出するエネルギーを、魂と呼ぶ人達もいる。それとは無関係に感じるかもしれないが、前世の私の体験を聞いてほしい」
鈴姉さんによると、外交官として働いていた鈴姉さんの同僚に、自分には特別な力があると信じていたAさんがいたという。Aさんが日本に赴任したころ鈴姉さんはひ孫弟子としての修行が順調に進み、人の放つ三種類のオーラを目視可能になっていた。見るのが最も簡単な、健康状態を示すオーラ。同じくらい簡単な、感情が色として放出されたオーラ。二つに比べて見るのが遥かに難しい、心の成長度を反映したオーラ。この三つを知覚できる視力を、鈴姉さんは獲得していたのである。
とはいえ特別な視力があることもひ孫弟子であることも秘密にしていた鈴姉さんは、相手の内面を盗み見ている気がしてならず、必要に迫られない限り普通の視力で過ごしていた。具合の悪そうな人のオーラから病気を推測し医者を勧める以外は、オーラを積極的に見ることはなかったという。




