八章 ひ孫弟子候補の初授業、1
講義を始めた鈴姉さんが最初にしたのは、俺への問いかけだった。
「翔は、『心および肉体』と『人の本体』と『創造主』の三者の関係を落葉樹に譬えた話を、我が師から教えてもらっているかい」
ひ孫弟子候補のうちは母さんを大師様と呼び、候補が外れたら我が師に替えるのかな? などと頭の隅で考えつつ、教えてもらっていますと答えた。鈴姉さんはニッコリ微笑み、魂という言葉のしっちゃかめっちゃかさについて語った。
「地球人は魂という言葉を、実に多種多様な意味で使っている。例えば翔の胸の中に、人生で最も大切にしている個人的な想いがあったとしよう。その個人的な想いを翔が『俺の魂』と呼んでも、奇異な目で見られることは無い。個人的な想いではなく、顕著な民族性や民族的悲願を『民族の魂』と表現しても、奇異な目はされない。真逆の宗教の双方が魂という言葉を使っても、それは同じ。輪廻転生を認めている宗教の熱心な信者が『信仰は私の魂です』と言っても、輪廻転生を認めていない宗教の熱心な信者が『信仰は私の魂です』と言っても、矛盾を指摘されないのがその例だ。宗教をまったく信じていずともオカルトやスピリチュアルの愛好者達は魂という言葉を頻繁に使うし、また愛好者達が異なる意味でそれを使っていても、論争になることは滅多にない。ソウルフードのように、物質を魂と呼ぶこともあるな。このように地球人は魂という言葉を実に多種多様な意味で使っており、そしてそれは突き詰めると、『地球では魂が定義されていない』ということに帰結する。そう地球人は魂を定義していないにもかかわらず、自分は魂を理解していると、思い込んでいるのだよ」
講義開始直後の澄み渡った心はどうにか維持できていたが、目を見開き鼻息を荒くした大興奮状態がこのまま続けば、維持不可能になるかもしれない。しかしこんな状態になっても、先輩方が俺に向けるほのぼのとした眼差しをはっきり感じるのは、意識投射ゆえの特典なのだろうか? その正誤は分からないが好意を抱いてもらっているのだから、恥じる必要はないというもの。講義を一時的に中断した鈴姉さんが宙に投影した図へ、俺は全力集中した。それは日本人なら「白く煌めく球形の剣山」や「白く煌めくウニ」と表現したくなる図だった。深森鈴音の名を持つ鈴姉さんが、深い森に響く清らかな鈴の音の声で講義を再開した。
「中心で白くキラキラ輝いているのが、創造主。創造主と同種の光が中心から細く伸びていて、その先端にある小さな光が、私達の本体。中心の大きな光も、先端の小さな光も、両者をつなぐ細い光の線も、すべて同じ光と言える。だがここからは、事情が異なってくる。小さな光の一つを、拡大しよう」
小さな光が拡大され、大きな球形の光になる。その左側に、横長の長方形が出現した。内部が暗い横長の長方形と白く煌めく球形は、接していそうで接していない関係にある。その代わり、両者を結ぶ極細の線が設けられた。その線を伝い光が流れてきて、長方形の内部を照らす。ただ内部を照らすその光には、特性が二つあった。一つは、光が白色なことに変わりはなくとも、煌めくキラキラが失われていること。そしてもう一つは、内部全体を照らす強さを光は持っておらず、右側は明るくても左側はほの暗いことだった。もちろん極細の線が繋がる前よりは、明るくなっているんだけどね。
という図を投影した鈴姉さんが「注目」と言い、極細の線を更に拡大する。すると線の中を流れる光には、キラキラが含まれているのを確認できた。しかし残念ながらその煌めきは長方形に入れないらしく、接点で虚しく弾き返されていた。
ただそれでもその接点は、長方形の中部で最も強い光を放っていた。その長方形へ、鈴姉さんが右手の人差し指を近づける。そして指先で縦線を二本引き、長方形を三等分した。フランスの国旗を例に挙げるなら、右側の赤の部分が最も明るく、中央の白の部分も明るさを保っているが、左側の青の部分は薄暗い、といった感じかな。
続いて鈴姉さんは長方形の左に、人体の内部映像を等身大で映し出した。等身大映像は後頭部と長方形の図が隣接するよう横向きになっており、かつ松果体の拡大図が頭部の上に映されていた。松果体の先端の第一部から白い光が流入してくるが、脳を通過すると色が付き、頭部から赤や青として放たれていた。また白い光は体の隅々へ運ばれるも、臓器を通過すると色が付いたり、光を遮られて暗くなったりしつつ、体外へ放射されていた。
「待たせたな、それでは図の各部を説明していこう。魂とは本来、私達の本体を指す。しかし我が師にお力添えいただき地球のインターネットを検索した結果、本体を魂と呼んでいる人はネットに極々僅かしかなかった。いや、極を二つ重ねる程度では到底足らず、極々々々のように四つも五つも重ねなければならないほど少なかったのだよ。『人の本体は創造主と直結し、かつ材料を等しくしている』『同一宇宙における全ての本体の年齢は等しく、かつ全ての本体は上下のない対等な存在である』 この二つを理解した上で本体に魂という言葉を充てる現代人は、まずいない。現代人と限定した理由は、最後に語ろう」
鈴姉さんは続いて、本体と長方形を繋ぐ極細の線を指さした。
「この線の説明の前に、注意点を述べる。それは『この図は入門者用に簡略化しているため、図と現実の何もかもが完全合致するとは考えないで欲しい』ということだ。もちろんこの図の使用を、我が師は許可している。『全体を俯瞰して把握するのに適していますね』との評価を頂いているので、そこは安心して欲しい」
了解ですと首を縦にくっきり振った俺に微笑み、鈴姉さんは本来の説明をした。
「この線の名前だけなら、ネットで多々見かけた。この線の名前は、シルバーコード。白光の煌めきがこの線の中に見られるように、シルバーの名を冠するのは的を射ていると言えよう。だがシルバーコードはもともと、本体と長方形を繋ぐ通路だ。そして残念ながら、本体を正しく理解している現代人はネットにまずいない。よってシルバーコードの運用および説明も、推して知るべしだな」
鈴姉さんによるとシルバーコードの説明として最も多かったのは、「幽体離脱中の自分と肉体を繋ぐ線」らしい。事実俺も、その使われ方を見ただけだった。
「さあ次は本命の、長方形だ。この長方形は、人の意識。心ではなく意識とするのは、三等分された両端が潜在意識だからだ。そういえば翔は、明潜在意識と暗潜在意識を教えてもらっているかい?」
はい、教えてもらっています。元気よく返答した俺に鈴姉さんは頷き、長方形の右側に明潜在意識、左側に暗潜在意識、中央に心と書き込む。そしてシルバーコードと明潜在意識の接点を指さした。
「長方形内部で最も明るいこの接点を、魂と呼ぶ人が極々少数いる。その人達の説明で最も多かったのは、『潜在意識を潜り切った底に、神の如く明るい光がある。それが人の魂』だったな。長年の瞑想が実り明潜在意の底に到達し、燦然と輝く浄光を目にしたのだから、それを魂と感じるのはむしろ正しい感覚なのかもしれない。なぜなら魂ではなく、『神』と感じる人の方が多いからだ。創造主を神とし、その光量を太陽とするなら、この接点の光は火打石の光にすら届かないのにな」
地上から見る太陽の光ではなく太陽自体が放っている光だからな、と鈴姉さんは念押しした。桁外れという言葉を幾つ重ねれば正しい桁になるのかは判らねど、創造主の放つ光のあまりの強さに、一瞬クラッとしてしまった。そんな俺に温かな眼差しを向け、「少し脱線しよう」と鈴姉さんは微笑んだ。
「火打石の光にすら届かなくとも、接点の光の威力は絶大でな。絶大過ぎて、厄介とも言える能力を明潜在意識の中に多数造ってしまう。代表的な能力を二つ挙げるなら、一つは『自動書記や高次の存在とのテレパシー交流を可能にする能力』になる。神様が自動書記でこの文書を降ろしてくれたと説明された文書が、地球には多数ある。高次の存在がテレパシーで語り掛けてくれたとされる方は、枚挙にいとまがないのが実情だ。それらは明潜在意識によってなされ、そして明潜在意識は心より遥かに波長が高いため、心は容易く『神様が自動書記で降ろしてくれた』や『特別に語り掛けてくれた』と錯覚してしまうのだよ」
「そして明潜在意識は心より遥かに波長が高いため、心は容易く『神様が自動書記で降ろしてくれた』や『特別に語り掛けてくれた』と錯覚してしまうのだよ」
ホントすみません、上記が現実です。<(_ _)>