表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/674

9

 母さんに手を引かれ、空を昇ってゆく。100メートルほど上昇すると膜のような空間に一瞬入り、それを抜けると孤児院の101号室の、俺のベッドの横にいきなり立っていた。自分の寝姿を見るのは不思議な体験でも、悪い気はしない。しっかり寝ろよと、スヤスヤ眠る自分に俺は語り掛けた。

 母さんに出発の気配を感じないので、周囲を見渡してみる。ふと思い二段ベッドの柱を凝視したところ、物の土台の形が準創像界に存在することを目視できた。物質の柱と準創像界の柱が、ピッタリ重なっていたのである。ここで重要なのが、意識投射中の俺が無意識に見ていたのは、準創像界の柱だったという事。物質界に慣れ過ぎているため普段どおりの光景を目にするなり「これは物質」と、勝手に思い込んでしまっていたんだね。その時、


 ピン♪


 小気味よい出発の気配が母さんから伝わってきた。物の土台の仕組みを理解できた旨をテレパシーで伝えたところ、母さんはニッコリ微笑み右手を差し出した。その手を握るや空間を駆ける感覚がして、101号室を後にしたことを俺は理解した。


 次に気づくと、孤児院の100メートル上空に浮かんでいた。比類ない解放感が心に湧き起ってくる。それがあまりにも心地よかったため「ああここは空なんだ、重力のくびきから解放されたんだバンザーイ」と、俺は我を忘れて母さんの手を離しバンザイしてしまった。といっても意識投射中なので落下することは無かったけど、物質界に慣れ過ぎているうちは無意識に「ヤバい」と恐怖し落下することもあるから注意しなさいと、母さんに頭を撫でられてしまった。そんなふうに優しく撫でられたら意図的にヘマをしてしまうじゃないですか、との本音を苦労して呑みこまねばならない俺だった。

 という男の子のお約束をきっちり踏襲したのち、母さんに手を引かれて南へ移動していく。仰角ぎょうかく45度で上昇しつづけ、高度が5千メートルに達したのを合図に水平飛行に変えると共に、母さんは対地速度を爆発的に上げた。


「今の速度は秒速50キロ。翔、マッハだと幾つ?」「えっと、マッハ150くらいかな」「正解。ふふふ、翔の髪はサラサラで気持ちいいねえ」「母さんのことだから大丈夫なのでしょうけど、ちゃんと前を向いて飛んでください~」 


 なんてワイワイやってるうち、あっという間に南の巨大山脈に着いた。赤道から南へ4000キロの場所にあるこの山脈は、アトランティス星最大の山脈。東西5500キロの南北500キロだから面積だけでもヒマラヤ山脈の4倍以上あり、最高峰は9500メートル、8500メートル級の峰が途切れることなく東西に5500キロ伸びていて、しかもその峰が五つあるという超山脈なのだ。でもこれって明らかに・・・・という長年の疑問を、ダメもとで母さんに尋ねてみた。


「南極経由で人類大陸に攻めてくる闇軍への壁として、この山脈は造られたのですか?」

「ええそうね、この星の先住民がこの山脈を造ったと判明しているわ」


 今話せるのはここまでなのゴメンね、との気配が伝わって来たのでそれ以上は訊かなかった。そんな俺の頭を撫でつつ、母さんは山脈中央のオリュンポス山へ飛んでゆく。母さんによるとかつてギリシャには、アトランティスの植民地があったという。神話としてアトランティス文明を辛うじて覚えていた古代ギリシャ人は、アトランティス語を元にギリシャ最高峰の山を、オリュンポスと呼ぶようになったのだそうだ。


「でもギリシャ神話の神々って、かなりしょうもないんですけど」「そうなの、神々のモデルになったアトランティスの中世の王たちも、かなりしょうもなかったのよ」「なっ、なんですと~~」「アハハハ~~」 


 なんて再びワイワイやっているうち、オリュンポス山の北側を臨む場所に着いた。超山脈の峰は地球では類を見ない特殊な形状をしていて、平坦な土地が幅5キロに渡って広がっている。標高8000メートルを超える場所に、人の背丈以上の岩を無数に有する高原が5キロも続いているのだ。しかしこの破格の規模をもってしても、闇軍の侵攻を1日遅らせるのがせいぜいらしい。おい闇族、この超山脈をたった1日で走破するって、お前らどんだけ強いんだよ!

 オリュンポス山を臨む場所から眺めると、北斜面に数十の建物が点在しているのを見て取れた。母さんによるとあの建物は物質界にある物質の建物でも、オリュンポス山には複数の結界が張られているため、ここにこうして来た者のみが建物の存在を知っているとの事だった。よくよく観察すると建物は七棟が一列横隊のように並んでおり、横隊は四つあった。各横隊の幅は同じでも建物は山裾やますそへ行くに従い小さくなり、その一番下に位置する最も小さな横隊の中央へ、母さんに連れられ降下していった。横隊中央の建物の屋上に、緑色の旗がなびいていることにふと気づく。慌てて首を左右へ振ったところ、東から赤、オレンジ、黄、緑、濃い目の水色、藍、青紫の旗がそれぞれの建物の屋上になびいていた。


「翔の本体が属するのは緑だから、同じ色の人達と一緒に学びましょう」

「え? は、はい。皆と仲良くします!」


 母さんはクスクス笑い、建物屋上の北(へり)に降り立つ。屋上の広さは、20メートル四方を少し広くしたくらい。屋上の中央には5メートル四方の小屋があり、北側に観音開きの扉が設けられている。その扉へ母さんと一緒に歩きながら、小屋の上でなびく旗を観察した。旗の中央に白い模様を見つけたので、視力20にものを言わせてそれを凝視する。真ん中に点、それを囲み正三角形、それを囲み正七角形、それを囲み正十二角形、の模様が旗の中央に描かれていた。前世と今生を合わせても初めて見るけど、準備が整ったらちゃんと教えてもらえる気がした。それを肯定するかのように絶妙なタイミングで母さんに頭を撫でられたとくれば、尚更だな!

 観音開きの扉の前に、母さんと並んで立つ。現時点でまだ手を繋いでいたら恥ずかしかったと思うが、直前の撫で撫でで母さんは自然と手を離していたから安心だった。ほどなく扉が内側へ開き、二人そろって中へ足を踏み入れる。そういえば今は意識投射中だけど、扉が開くまで待ったり階段を降りたりする必要があるのかな? などと考えつつ、扉正面の階段を降りていく。意識投射中でも、室内はとても温かな気がした。

 南へまっすぐ降りていた階段は途中で東へ折れ、建物の東壁に突き当たって左回転し、建物の南壁沿いに下へ続いていた。この建物は、南端に階段のある造りになっているのだろう。階段を降り続けていることから察するに、一階が住居スペースでその上の階が広々とした講堂、みたいな構造なんじゃないかな? との予想は、当たっていたようだ。


「翔、この扉の向こうが講堂。講師を務める孫弟子が、扉の向こうで待ってくれているわ。講堂には生徒が既に10人ほど来ているから、驚いても大声を出しちゃダメよ」

「了解です、驚かないようにします」


 そう答えて深呼吸し、頬を二回ピシャピシャ叩いた俺に微笑み、母さんが扉を開けた。母さんは無言だったけど、新参者の俺は礼儀として「失礼します」と述べてお辞儀し、講堂に足を踏み入れた。と同時に心の中で、母さんに感謝すればよいのかブーブー文句を垂れればよいのか判断に迷ってしまった。なぜなら、


「ようこそ翔。まったく、もう少し驚いてくれたら嬉しかったのだが」


 なんと鈴姉さんが、俺を待っていてくれたからだ。


 それ以降の数分間は言うなれば、講堂の中にいた先輩方に助けてもらった数分間だった。鈴姉さんの登場に本当は動揺している俺を助けるかのように先輩方12人が集まって来て、代表とおぼしき人が母さんに「大師様、ご尊顔を拝したてまつり光栄です」と挨拶した。鈴姉さんが孫弟子だったのも驚いたけど、母さんがこうも大仰な挨拶をされる人と知ったのも、負けぬほど驚いたというのが正直なところだ。お陰で鈴姉さんへの驚きを良い意味で分散でき、また母さんが先輩方へ「こんばんは、みんな元気かな」とフレンドリーに微笑んだことによって生じた親密な空気にも、驚きを弱めてもらえた。その機を逃さず母さんが俺を紹介し、俺の自己紹介を受け先輩方も簡単な自己紹介をフレンドリーにしてくれて、場の親密度が更に増した。丁度そのタイミングで残りの先輩方全員にあたる8人が講堂に現れ「大師様、ご尊顔を~」「~みんな元気かな」が交わされ、そしてその先輩方との挨拶を終えるころには、鈴姉さんの件は俺の中で終わった事になっていたのである。終わった事にされてしまった鈴姉さんは、苦笑していたけどね。

 そうこうするうち講義開始間近になり、生徒代表の春雄さんに「翔君は初めてなんだから最前列に座りなよ」と声を掛けられた。素直に従い、席の最前列へ移動して腰を下ろす。すると背後に安堵の気配が生じ、よくよく考えたらそれもそうだと納得できた。20人の先輩方は全員大人に見え、つまり俺は大人の集団に混ざったたった1人の子供であり、そしてその子が大人を敬う素直な性格をしているのは、大人達にとってとても助かることに違いないからさ。

 ほどなく講義開始時間になり、母さん主導でオウムを全員一緒に唱えた。2分ちょいの時間が過ぎ、母さんが皆に挨拶して消える。それを合図に始まった講義を心に焼き付けるべく、俺は可能な限り心を澄み渡らせた。

 だが心に焼き付けようとせずとも、それは忘却とは無縁の講義だった。講義の主旨の「地球の神秘学はしっちゃかめっちゃかで学びの妨げになるから覚え直す必要がある」を理解した結果、大興奮状態になってしまっのだ。鈴姉さんが俺に授けたのは、数十年に及ぶ「魂って何?」という疑問を完璧に解明してくれる、講義だったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ