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 舞ちゃんの太陽(そう)強化訓練は、あっけないほど順調に推移した。肝を太くするという表現は女の子受けが悪いかなと思い、


「心の耐久力を増す訓練があるんだけど、興味ある?」


 と話しかけたところ、飛びついたのである。舞ちゃんは俺の予想を超えて、心の耐久力不足を案じていたのかもしれない。ならば、全力を尽くすのみ。それが実り訓練はもちろん、人間関係にも不備が生じなかったことを、俺は密かな誇りとしている。

 ただ訓練自体は順調でも、舞ちゃんに「興味ある?」と話しかける前の準備段階では難問もあった。最初は気絶するかもしれないので横になってするという事が、そこそこ難関だったんだね。仮に舞ちゃんが男だったらそこら辺の草の上に横たわらせれば即解決でも、女の子はそうもいかない。草の上は冗談にせよ、ベッドを使えばそれで解決だったからだ。男同士ならそいつの部屋へ足を運び、ベッドに横たわるそいつの隣にいられても、女の子が暮らす二階は無理。訓練場の体育館に備わった生活スペースのベッドを使う方法もあり、事情を説明すれば舞ちゃんもすんなり了承してくれる気がしたけど、周囲が大騒ぎすること必定だったので却下した。いや確かに舞ちゃんの訓練場を訪れて、二人で体育館の中に消え、そのまま二人だけで数十分過ごしたら、やましいことは一切無くとも大騒ぎになって当然だよな・・・・

 ただこの「大騒ぎになって当然」が、問題解決の突破口になったのは意外だった。気絶も間違いなく大騒ぎになると、今更ながら気づいたのである。子供達が常時している左手首のメディカルバンドは、言及するまでもなく気絶も察知する。よって察知するや鈴姉さんと家事ロボットがすっ飛んで来ることに、この大バカ者はやっと気づけたのだ。ただ繰り返しになるけど、これこそが突破口だった。


「そうか、気絶の件を最初から鈴姉さんに報告して、鈴姉さんか家事ロボットに立ち会ってもらえばいいんだ!」


 思わずそう叫んだように、問題の大半が一気に解決したんだね。う~む、新しく何かを始めるのって、色々な意味でホント勉強になるよな。

 という訳で俺は企画書を作成し、鈴姉さんに読んでもらった。企画書の一文の「心根が正しくとても優秀な舞さんは、責任者を務めることの多い人生からきっと逃れられない」を、鈴姉さんは大絶賛してくれた。


「翔にだけ明かすが、私もそれを案じていたのだ。翔、心からお礼を言わせてくれ」


 鈴姉さんは俺の手を両手で包み、頭を深々と下げたのである。舞ちゃんのためとはいえ、こんなガキんちょにこうも誠実な謝意を示せる鈴姉さんは、なんて立派な人なのだろう。鈴姉さんに報いるべく俺も立派な大人になることを、胸中固く誓ったものだった。

 それ以降はとんとん拍子に話が進み、気絶の可能性の高い初回訓練は、鈴姉さんの部屋ですることになった。鈴姉さんの部屋には床に腰を直接下ろせるスペースがあるらしく、そこを使わせてもらう事になったのである。


「横たわっていずとも、床に座っていれば舞の安全を確保できる。気絶した場合は私と家事ロボットが両側から支えて、診断と看護をすぐ始められるようにしておこう。舞も同性の私の方が、気絶関連の心配事を気楽に相談できるだろうしな」


 という良いことだらけの案を、鈴姉さんは提示してくれたんだね。唯一の問題は男の俺が鈴姉さんの部屋に足を踏み入れる事だったのでそれについてきちんと詫びたら、


「夫は話の分かる男だから問題ない。それでも心配なら、夫と話してみるか?」


 と、茶目っ気たっぷり返された。鈴姉さんのような女性の配偶者なら良い人に違いなく、そんな大人の同性と会話できるのは魅力的だったが、俺は大バカ者。


「鈴姉さん、孤児院に長期間住み込んで夫婦仲は大丈夫なんですか?!」


 咄嗟に口を突いたのは、コレだったのである。口走ってから己の巨大な失言に気づき土下座しようとしたが、鈴姉さんは大笑いして許してくれた。いやはやホント、素晴らしい女性だ。

 鈴姉さんはその後、夫婦の馴れ初めと家族について教えてくれた。二人が出会ったのは、戦士養成学校。13歳の試験に合格すると親のいる子と戦災孤児の区別がなくなり、戦士養成学校で暮らすことになる。ただし男女は別になるが、広場を挟んで東が男子寮、西が女子寮というふうに隣接しているため、思春期も手伝い交流は活発だそうだ。鈴姉さんと夫さんは初対面で二人揃って恋に落ち、20歳の試験も仲良く揃って落ちた。その後すぐ結婚し、二卵性双生児の男の子と女の子を授かったという。子供達が3歳になり寮暮らしを始めると、寮に入らなかった子供達の保育士として鈴姉さんは働いた。鈴姉さんの子供達も20歳の試験に落ち社会人になり、結婚して子を授かり、孫にあたる4人の子たちも全員寮暮らしを始めたため、こうして住み込みの保育士になったとの事だった。ここまでは俺も興味深く聴かせてもらい楽しかったけど、次は困った。


「夫婦の両方が住み込みで働き別居が十年以上続くと、再会後の出産率が跳ね上がってな。私ももう一人くらい子供を育てたかったし、高齢になって設けた子は戦士になる率も高いため、こうして7年前から住み込みの保育士をしているのだよ」


 普通の8歳児なら平気でも、明瞭な前世の記憶のある俺はそうもいかない。再会後は出産率が跳ね上がるという箇所に思い当たるアレコレのあることを、誤魔化す必要があったんだね。幸い絶好の情報があったから、それを取りあげさせてもらった。


「高齢になって設けた子は、戦士になる率が高いんですね、初めて知りました」

「うむ、翔の前世の地球ではまだ解明していなかったからな。若く設けた子は親の肉体的優位性を受け継ぎやすく、高齢で設けた子は親の心的優位性を受け継ぎやすい。3歳から始まる訓練に心的優位性がどれほど重要かを、翔以上に実体験で知る者は皆無だろう。受け継ぐ優位性が変化する詳細を知りたいなら、遠慮せず言ってくれ」


 非常に興味があったので詳細を希望したところ、鈴姉さんは幾つかの関連論文を俺のメディカルバンドに送ってくれた。メディカルバンドは、万能の情報端末でもあるからさ。

 話が逸れたので元に戻そう。

 かくして舞ちゃんの初訓練場所は確保できた。ならば次は、プレゼンの原稿づくりだ。プレゼンと言ってもご大層なものではなく、友人同士の気軽な会話として太陽叢強化訓練を舞ちゃんに紹介するための原稿だね。

 舞ちゃんとの1年間の交友が活き、満足できる草稿をすぐ書き終えられた。さっそく鈴姉さんに読んでもらったところ、「翔の意外な才能を発見した気分だ」と言ってもらえた。それどころか、


「翔の文章が私はとても好きだ。内容や形式は一切問わないから、どんな文章でも私にぜひ読ませて欲しい。8歳でこの品質なら、未来の大作家も夢じゃないぞ」


 との評価を頂戴することが出来たのである。前世で発表した健康法を絶賛しくれた人は大勢いて、文章を褒められた事もあったけど、出版業界からは完全に無視されていた。大いなる存在が代わりに報いてくれたからこそ今こうしてここにいると理解していても、文を評価されたのはやはり嬉しかった。いや白状すると嬉し過ぎて涙ぐんでしまい、膝立ちになった鈴姉さんに大層優しくされ、凄まじく困ったというのがホントのところだ。母さんのお陰で母親を求める幼い自分を卒業できたはずなのに、鈴姉さんにはどうも弱い。お子様すぎて意識していないだけで、俺の理想の女性は鈴姉さんなのかな・・・・

 再び脱線したので元に戻ろう。

 何気ない日常会話を心がけて作ったプレゼンに従い、

 

「舞ちゃん、心の耐久力を増す訓練があるんだけど、興味ある?」

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