プロローグ
能登半島地震の被災者の皆様へ、心よりお見舞い申し上げます。
皆様の一日も早いご復興を、祈っています。
ふと気づくと白い空間にいた。
直前の記憶をさらうべく、とりあえず眉間にしわを寄せてみる。
旅行先で偶然乗った観光フェリーが沈没し、たまたま乗り合わせていた修学旅行中の小学生を助けた記憶が頭をよぎった。ちょうど十人目で力尽き、俺は海の底に沈んだらしい。
でも後悔はしていない。孤児院育ちの、家族なし恋人なしの低所得アラフィフの命と小学生十人の命が、同じ重さなワケないからな。それに・・・・
「スキルももらえるようだし」
そうスキル、異世界転生定番のスキルをもらえるみたいなのである。しかも自分で選ぶことができ、魔法適正や剣術適正や必要経験値減少などの心躍るスキル名が、俺の眼前に数百個も映し出されていた。スキルは上へ行くにしたがいレアランクが上がるらしく、例えば剣術適正だと一番下に書かれているのが剣術適正(小級)、その上が剣術適正(中級)といった感じだ。ちなみにカッコ内は小級、中級、上級、特級、超級、極級、聖級、のように変わっていき、聖級はいわゆる剣聖に違いない。興味深いのが、聖級の上にもランクが三つあること。英雄級、勇者級、神話級の三つがそれだ。白状すると英雄だ勇者だと、年甲斐もなく興奮してしまったのだがこの三つは・・・・
「あなたには無関係だけど規則ですから一応載せておきますね、的な空気が半端ないんだよな」
と苦笑して呟いたように、俺には無縁のスキルのようだった。前世は平凡を絵に描いたような人生だったし、まあ順当なのだろう。
それでも聖級までなら、どのスキルでも可能という実感がなぜかあった。十人の小学生を救ったご褒美を選んでね、聖級までなら何でも一つあげるよ、という感じなのだと思う。ならば有難く頂戴しておこう、と思った心の中に実感がもう一つある事に今更ながら気づいた。それは、聖級なら一種類のみだが極級なら二種類もらえる、というものだった。ランクを下げたら、数が増えるらしいのである。
「マジかよ!」
無意識にガッツポーズして、数百のスキルに再び目をやった。超級の欄に焦点を合わせると四種類可能との文字が、特級の欄に焦点を合わせると八種類可能との文字が、それぞれ心に浮かび上がってきた。と同時に、めまいに襲われた。悩ましさが、無限大になってしまったのである。
「光魔法適正(極級)と剣術適正(極級)を取ることで、いわゆる光魔法剣士になったとしよう。すると極級の相乗効果によって、ただの剣聖より強くなるって事はないだろうか? 強くならないにせよ魔法の無かった元地球人としては、魔法剣士の方が面白そうではあるんだよな・・・」
などと、人目がないのを良いことに俺は危ないオジサンよろしく、しばし一人でブツブツやっていた。
そうこうするうち疲労を覚え、気晴らしに背伸びをしてみた。思いのほか気持ちよく、そのまま流れでストレッチへ移行する。五十代前半の割に四肢の柔軟さを保てていたのは、運動を欠かさなかった事ともう一つ・・・・と生前を回想しつつ何気なく目をやった先に、信じられない物があった。それは、スキル名の集合体。スキルの名前が空中に映し出されていたのは、最初に見つけたものの他に、もう一つあったのである。
右へ数歩移動し、新たに見つけたスキル名の集合体を精査してゆく。異なる点を複数、すぐさま発見した。最も顕著な違いは、魔力という語彙が使われていない事だろう。ただ魔力という語彙が使われていないだけで、魔法に類する力は存在している気がした。スキルの名称から推察するに、輝力が魔力を指すと思われたのである。ピンと閃き、輝力という字を指でなぞってみる。輝力の簡単な説明が、心に直接投影された。『輝力とは、松果体を介して体内に流入する超常の力。敵対している闇人が尾骶骨を介して流入させる超常の力を、闇力と呼ぶ』
「松果体を介して流入だとッッ!!」
唸るようにそう叫び俺は拳を握りしめた。自分で言うのもなんだが、生前の俺は松果体の自己流鍛錬を四十年以上続けていた。その四十年が、活きるという事はないだろうか? こちらのスキルの集合体になら、聖級を超える取得可能スキルがあったりしないだろうか? その可能性に気づき、集合体の最上部へ目をやったところ、子供のように飛び上がってしまった。
「輝力量(勇者級)と輝力操作(英雄級)が、取得可能じゃないか!」
なんと勇者級と英雄級に、取得可能スキルがあったのである。これはもう迷ってなぞいられない、この二つのどちらかに決めた! と思いかけたのだが、根本的な疑問がようやく浮かんできた。スキル名の集合体が、なぜ二つあったのだろうか?
その後、浮かび上がる全てのスキル名を指でなぞり頭の中にイメージを結んでみる等々の工夫をしてみた結果、ある結論を得られた。それは、転生先候補が二つある、というものだった。
最初に見つけたスキルの集合体の世界は、異世界転生小説でお馴染みの、中世ヨーロッパ的な剣と魔法の世界。
もう一方のスキルの集合体の世界は、百年ごとに闇人と大戦を繰り返している、異世界転生小説になりにくい世界。小説になりにくい世界というのはいかにも頭の悪い描写だが、俺の頭ではこれが精一杯なので仕方ない。俺自身が解ればそれで良いのだ。と自分に言い聞かせ、どちらの世界へ転生するかを俺は熟考した。
というのはいわゆる言葉の綾にすぎず、実際はほぼ即決だった。選んだのは、二つ目の世界。四十年以上してきた訓練を活かせて、それが勇者級や英雄級を取得可能にしているのなら、小説になり難いなど知ったこっちゃないのである。俺は改めて、輝力量(勇者級)と輝力操作(英雄級)に指を触れさせた。すると新たな発見があった。
「どうもこの世界に、俺はよほど適性があるらしい」
例えば勇者級の輝力量を選んだら、英雄級の輝力操作がワンセットで付くらしいのである。ちなみに英雄級の輝力量を選んだら英雄級の輝力操作がワンセットになり、その場合は聖級スキルの二種類が選択可能になるみたいだ。「こりゃチートだヒャッハ―!」と雄叫びを上げた俺の目に、ある意味今日もっとも不可解な語彙が今更ながら飛び込んできた。
「健康って、スキルだったんだ」
そう何と健康という語彙が取得可能スキルとして、神話級に書かれていたのである。
生前の俺は子供の頃、とても病弱だった。しかも病弱の原因がわからず、医者に見放された俺は小学五年生の終わりに、自分の病気を自分で治す決意をした。幸いそれは成就し、人並み以上の健康を手に入れた俺は、独自の健康法をネットに無料公開した。俺の健康法はそこそこ広まり、感謝のメールは最終的に十万を超えていたと思う。それはもちろん嬉しかったが、さほど意識しなかったのも事実。無料の匿名で公開したため、金銭と名声に結びつかなかったのである。それでも・・・・
「神話級にこうして名前があるってことは、誰かが俺の行いを見ていたんだな」
生前を今一度、振り返ってみる。パッとしない極々ありふれた人生だった。だがありふれていても、嫌いではない人生だった。自分に問うてみる。俺は来世で、勇者になりたいのか?
「勇者になったら面倒そうだ」
結局、それが俺だった。健康法を無料の匿名で公開したのも、面倒そうだったからに他ならない。笑いが自然とこみ上げてくる。前世も来世も俺は俺、よって俺は最も俺らしいスキルを選ぼう。俺は右手を伸ばし、健康スキルを軽快にタップした。頭の中に「それで良いですか?」との声が響く。
「ああ、良いぞ。俺は健康スキルを選び、この世界へ転生する」
この返答が、白い空間での最後の記憶となったのだった。
極級がなぜか抜けていたので追加しました<(_ _)>