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ビブリオテイカ/零葉の錬金術師  作者: 浦早那岐
紫乃宮エト 3
99/111

リターン

「ビブリオテイカへ!面舵いっぱいよーそろーっ、あたしはかいぞっ……」

 エトは目をしばたいた。目の前にはおじさんの驚いた顔。

「あー、ええっと」日和田は目を逸らし、「どうやらオレは読めなかったみたいだね……」

「あの、あたし」エトは紅潮した顔を伏せ、訊いた。「どれくらい経ったんですか」

「ああ、そうだね……ほとんど時間は経ってないね。ほんの五秒くらい。だから気合いを入れたのかとも思ったんだけど……きみの雰囲気がいきなり変わってるから、もう読み終えたんだとわかったんだ」

 日和田は微苦笑していたが、不意に真面目な顔になる。「それでやり方はわかったんだね」

「うーん、多分」エトは小首を傾げる。

「なんとも頼りない返事だが、いまはヒソクたちが気になる。オレは戻るよ」

「あたしも」エトは立ち上がりかけてふらつく。

 日和田がその腕を取って支える。「読書は脳みそをフル回転させるからね。休んでいたほうがいい。それに、あの神父はきみのことを狙っている」

 エトは目を伏せる。

「大丈夫。オレだって役に立てると思って行くわけじゃない。おそらくカタはついてる。けれど急ぐこともある。ラカちゃんと門番の子、確かチグサちゃんだったかな、彼女は病院に行ったほうがいい。もしかしたらあの神父が一番重症かもね」

「警察が裏門あたりで待っているはずだから、あの人たちに話して……」エトが床に座り込みながら言う。

「そうだね、でもきみも大丈夫じゃないみたいだ」日和田はエトの隣に屈み込んで言った。

「いえ、身体は大丈夫です。けど、ちょっと休んでます」

「わかった。すぐに戻るよ」日和田は立ち上がって廊下に向かうが、ふと足を止める。「もしくは誰かを寄越すから」


「お願いします」エトは弱々しい笑みを浮かべる。


 日和田は気遣わしげにエトを見やって頷くと走り去った。


 エトもラカや他の人たちが気になっていたが、何よりもいまは経験したことを再確認する必要があった。せっかくリベルDを読めて、亜生を助ける糸口が見えたというのに忘れてしまっては元も子もない。


 確かラカが言うには、亜生を蝕んでいるのは背布かもしれないが、それは背布というか、その元になったアンブリストが意図したことではない可能性が高い。アンブリストは、不本意ながら自身の背布を封じたのだろうってことだった。

 アンブリストは封じただけ。でも封じたことによってそこには負のエネルギーのようなものが残ってしまった。それを利用して背布を読む者、リクトルを害する意図を持った何かが背布に取り憑いた。

 つまり、元凶はそれ。そしてそれは背布に寄生した別の背布である可能性が高い。除去するべきはそれだ。

 しかしどうやって見つける?対策もなく下手に同期すれば、ミイラ取りがミイラになりかねない。


 まだ足りない。まだディケルに訊かなくてはならないことがある。ディケル・ソロウは解呪の専門家だと吟は言っていた。でもいま読んだのは、間違いなくそうなる前のディケルだ。

 いや、ディケルに訊くのではなく、彼の解呪の現場に立ち会わなくてはならない。

 ううん、彼になって実際に施術するんだ。


 エトはつぶやく。

「もう一度読まなきゃ」

「賛成だ」

 耳もとで声がした。いや、吐息、香りまで感じられる気がする。「いちかばちかなど、アンブリストのすることではない」

「プル。なんかあんた、実在感増してない?」

 エトは無意識にプルと呼んでいた。Pと記号で呼ぶには存在感が大きすぎる。親近感がいや増しているのだ。

 ふふん、とプルは得意げに鼻を鳴らす。「分岐したわたし自身と同期したからな。物質的には混ざってはいないが、情報はやり取りできた。そのせいだな」

「まさか……あたしを乗っ取る気?」

「乗っ取る?」プルはキョトンとし、「あっはっは、逆だよ、分離していくのだ」

「それってどういうこと?」

「非共有部分が増えるということだが……いまその説明が必要か?」

「ううん、いま必要なのはリベルを速読する能力」エトは答える。

「もちろん能力も上がっている」プルは自信たっぷりの様子だ。

「じゃあ、求める箇所を見つけ出せる?ソッコーでそれ読んで帰って来れる?」

「もちろん、と言いたいところだが……まあ、ディケル次第だ。ただ、直接あやつに頼むことはできるぞ」プルが口角を上げるのがエトに伝わる。

 自然、エトの口もとも綻ぶ。「行こう、もう一度彼の人生に」

「よかろう。振り落とされるなよ」

「え、なんて?飛ぶの?」

「そういうノリだろうが、ここは!気合い入れて急ぐときの!バカ!」銀髪を揺らして少女が憤る。

「ごめんて、そんな可愛らしく怒らんでも」

「そういうとこ!そういうところだぞ、シノミヤエト!」

「え、ごめ、なんで?」

「うるさい、行くぞ。挨拶の言葉を考えておくんだな」プルは幼い顔に似合わない口調で吐き捨てる。

「え、挨拶」    ?

 エトの疑問符を置き去りに、意識は頁の隙間に跳ぶ。

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