帰還
「わたしも決めたよ」ダーシアンを担ぎ上げたブランペルラが静かに言う。「刺青を入れる。背皮を育てるよ、後継者をつくるためにね」
「後継者?プルの守護者ってことか?」オレは言った。
「そうだよ。これから長い戦いが待っていそうだからね。そうだな、使徒になぞらえて十二人ほどでどうだろう」
ブランペルラは真面目な顔でオレを見る。
「多くないか?この先、教会の態度が軟化する時代もありそうだが……いずれにせよそうだな、備えておくのは悪くない」オレは頷く。「なんせプルディエールは多過ぎる」
オレたちは祭壇を回って礼拝堂に出た。
「おいっ、出ていったのはブランペルラなのか⁈それとも……」
オレたちを見たイリスの声が途絶える。
「さっきのはエルメリ……姉のほうだったか」
「わたしが姉だよ」ブランペルラが言う。
「え……さっきのがブラン……いや、なるほどそうなんだな」若干戸惑うイリスだが、修道服姿を担いでいるブランペルラに目を見張った。「おい、そいつは?」
「アンメルルの雇い主さ」オレは言った。
「今回の騒動の主犯ということか」イリスが唇を歪める。「どうするつもりだ」
「オレが決めることじゃないね。相応の罰を受けるとは思うが、命までは取られないだろう」オレは肩を揺すった。
「ふん……で、どうやってリベルを運ぶ?」イリスが足元を見て言う。
「オレが見ているから、さっきの騎士を呼んでくれ。あいつなら一人で運べる。まあ、オレとイリスで運ぶ手もあるが」
「人目に立ちすぎる。二人がかりで本を一冊だぞ?」
「そうだな。じゃあ、彼女を寄越してくれ」オレは長椅子に腰を下ろした。
しばらく天井や壁、周囲の調度を眺めながら静まり返った礼拝堂の空気に浸っていると騎士が速足で近づいてきた。
「リベルはどこだ」
「この下だ」オレ立ち上がりながら言った。「どうした、何を焦っているんだ?」
「妹を置いてきているんだ、当然だろう」
「大丈夫だ、盗られたりしない。ブランペルラがいるんだぞ」
騎士は屈んで長椅子の下からリベルを引っ張り出した。「あいつは他人だ。信用できん」
そうでもないと思いながら、オレは先に立って歩き出す。
「呪印は剥がせるのか」軽々とリベルを抱え上げながら騎士が言った。
「リベルだぞ。おそらく剥がす必要すらないよ」オレは答えた。
そうだ。リベルは閉じた環であり、何ものもその環を断ち切ることはできない。それができるのはリベル自身だけだ。そして断ち切らなければリベルを侵食することはできない。外側にいるオレたちが呪印に欺かれているだけだ。
ただし背皮は別だ。背皮や背布はリベルのような強固な環ではない。それは呪印の接触を許してしまう。そして影響を受けてしまうのだ。
けれどプルディエールは言っていた。境界は依然として存在すると。混ざり合っているわけではないのだと。背布は呪印に騙されているだけらしい。
ならば呪印を騙すことも可能というわけだ。呪印と呼ばれているのもまた背布なのだから。
騎士は戸惑いを隠せない。「どういうことだ?刻が止まったから無理に剥がすこともないと?」
「いや、呪印はリベルに融合しているわけじゃないんだよ。しがみついているだけだ。まあ、ちゃんと後で除去するから心配するな」
オレは不安げな騎士に笑いかけ、その肩を叩いた。「急ごう。ラグとプルが待っている」
「プル?」騎士はリベルをしっかりと抱え込んでつぶやいた。
舟はオレたちを待っていた。が、ブランペルラはいなかった。そしてダーシアンも。
「あの白頭が別の舟に乗せて連れていってしまった。あれはエルメリだったんじゃないのか?」
「いや、それはない。あれはブランペルラだよ」
「もちろんあれはあの方です。わたしが間違うはずがないでしょう。でもブランペルラさまがどうして……」リッラはショックを隠せないでいたが、おそらく心配しは及ばないだろう。
自分の背皮あるいは背布を創るためにダーシアンを利用するつもりなんだろう。どうやら本気で刺青を入れるつもりらしい。
オレは息をついて、「魔女さまのご要望にあの男は入っていないんだ、どうでもいいだろう」
「どうでもいいことあるか!あの男は分室事件の容疑者だぞ」イリスが憤慨して言う。
オレは小さく首を振る。「確かにそうだな。しかしそれは後回しだ。早いところリベルを安全な場所に運ばなきゃな。エルメリの気が変わる可能性もある。ブランペルラがいないいま、圧倒的優位にあるとはいえない」
「そうだな」イリスは不承不承という感じで言った。
「出すぜ、ダンナ。もう積み残しはないよな」船頭が荷室を覗いて言う。
「ああ、帰ろう。ビブリオテイカに」
「ビブリオテイカに!」船頭は嬉しそうに復唱した。