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ビブリオテイカ/零葉の錬金術師  作者: 浦早那岐
ディケル・ソロウ2
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取引

「解毒剤がなかったらどうするつもりなんだ?」

「持ってないなんてこと、あるはずないじゃないか。そうだろう?」ブランペルラは肩をすくめた。「それに、死に至る毒ってわけでもないんだろう、違うかい?」

 ブランペルラが言う。ごく普通に、露店で値段を訊くみたいに。「それとも相手によって使い分けているのかね」


 ダーシアンは言葉に詰まった。それですべて明らかになった、とそれはダーシアンも同じ考えだったらしい。彼はそのまま口を閉ざしている。


「ディケル・ソロウ!」

 聖歌隊の部屋に沈黙が降りたそのとき、不意に後方から呼びかけられた。この声は……

「わたしだ、イリス・ヴィオレだ。どれだけ時間をかければ気がすむんだ」

 苛立ちを表現しているのだろうか、足音が聖堂に響き渡る。アンメルルに心なしか動揺が見えた気がする。確かにいまや多勢に無勢だ。

「リベルを持った女だけ寄こしおって、どこのどいつだったか記憶を探るのに手間取ったぞ」

「リッラは?!」オレは叫んだ。

「ブランペルラの加勢に行くと言ってきかなかったが何とか説得した。わたしの方が動けるからな」

イリスの声が近づいてくる。一応用心しているらしく、まだ距離がある。「しかしリッラがいつまで自制できるかもわからんっ、もう一つのリベルはどこだっ」


 オレは目の前のアンメルルに意識を集中する。

「聞こえただろう、リベルはどこだ」オレは訊いた。「リベルが手に入れば、おまえは見逃す」

 アンメルルは鼻で笑った。「おまえを信じろってか?」

「イリス!オレはここだ、聖歌隊の部屋だ!」オレは声を上げた。「敵はエルメリ一人だけだっ」

「チッ」アンメルルは舌打ちし、「礼拝堂の中だ。長椅子の下に置いてある」

「イリスッ」オレは呼び掛けた。「もう一つのリベルは礼拝堂の椅子の下だ、捜してくれ」

「椅子の下だと?!どれだけあると思っているんだ!」

「だいたいの位置はわかるだろ!」

 オレとイリスは互いに声を張り合う。


 思い出してダーシアンを見ると、ほとんど意識を失いかけているようだ。両ひざをついて頭を垂れている。その背後にはブランペルラが面白くもなさそうに立っている。


 アンメルルがイリスを遠ざけようと嘘を言っている可能性もあるが……

「あったぞ!」イリスの声。

「本当だったか」オレはアンメルルを見た。始めから真実を口にするとは少々意外だった。

「さあ、リベルは手に入っただろ。通してくれよ」

 アンメルルは吐き捨てるように言った。その顔には後ろから刺されるのではないかというような疑念が見える。オレは戸口から身を引いた。警戒しながら横を通り際、アンメルルはチラと部屋の奥を窺った。ダーシアンではない。ブランペルラを見たのだ。

「わたしは見逃す気はないよ。次は母さまを狙うだろうからね」

 アンメルルの身体が緊張するのがわかった。オレを人質にするか、脱兎のごとく駆け出すか、一瞬迷った挙げ句、アンメルルはブランペルラに向き直り、両手を上げた。

「アタシは今回失敗したからね。おそらくお払い箱さ。もうあんたの母さまとやらの命を狙うことも背皮を狙うこともないね。アタシは何か恨みとか主義主張でやってたわけじゃない。金が目当てだからね」アンメルルはニヤリとし、「いいこと教えてやるよ。その代わり、もうお互いに関わらないことにしようぜ、どうだ?」

 アンメルルはブランペルラの表情がピクリとも動かないのを見て、ため息をつき、オレに視線を移した。

「プルディエールに関することだ。聞いておいて損はないぜ?聞いたらアタシへの関心なんて消し飛ぶさ」


 その言葉にオレは心が動いた。「聞こう。白頭のことはオレが何とかする」


「取引成立だな」アンメルルは不敵に笑うが、どこかほっとしたように感じる。

 アンメルルは続ける。「教会は正式にプルディエールに異端の烙印を押した。今後プルディエールを狙って有象無象が押し寄せるだろうさ。教会は金払いがいい」


「なんてこった」オレは天を仰ぐ気持ちだった。

 早急にラグランティーヌを捕まえなくては。

 それにしても過激な行動に出たものだ。教会は善一協会とも事を構える気なのか?

「教会で右派が実権を握ったということか」オレは訊いた。

「まあ、そういうことじゃねえか」アンメルルは首をすくめる。

 おそらく教会はアンメルルも抹殺対象にするだろう。オレはアンメルルに向かって言った。「そいつらのターゲットにはおまえも入っているんじゃないのか?大変だな」

 アンメルルは一瞬意味がわからないといった感じだったが、すぐにクックッと肩を振るわせた。

「アタシが遅れをとるような連中じゃないよ。それにアタシは雲隠れするしね」


「だったらプルディエールにとっても大した脅威にはならないだろう。あいつがいるからな」オレは目線でブランペルラを示す。

「まあ、そうだな」アンメルルは肩をすくめるが、不意に口の端に張り付いていた薄ら笑いを消した。「けどな、怖さっていうのにも色々ある。直接相対すりゃあ問題ないだろうさ。相手が片手に余ってもな。だが……」

「毒か」オレは言った。

「それもある。大勢を巻き込んだ爆破なんかもあるかもな。それに教会はなくならねえぞ?延々と戦い続けられるか?」

 確かにアンメルルの言う通りだろう。多勢に無勢だ。プルには教会の勢力圏を離れてもらうほうがいいかもしれない。


「じゃあ、アタシは行くぜ。ブランペルラ!金輪際おまえとアタシは無関係だからな!」アンメルルは叫び、念を押すようにもう一言、「いいな!」


「いいよ」ブランペルラはどこか寂しげに答える。

「あばよ」アンメルルは再び薄笑いを浮かべた口でそう言うと、退けというようにオレに顎をしゃくる。

 約束は約束だ。オレは戸口から身を引いた。


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