裏切り
オレは図書館を出て聖堂の奥を目指した。
「ダーシアンは礼拝堂の奥だ。聖歌隊の……」騎士がオレの背中に呼びかける。
オレは振り向かず、右手を上げて応える。
予想した通りとはいえ、オレは騎士に確認することもできた。なぜそれをしなかったのか。やはりオレは気が急いている。とても冷静とは言い難いようだ。
己を戒め、冷静にならなければ。
図書館から礼拝堂は目と鼻の先だ。礼拝堂にいた修道服の男がオレを見て驚いた顔をする。その表情からダーシアンの仲間ではないと、オレは断定する。検証している暇はない。
迷っている時間はない。ダーシアン、それにアンメルルと相対したときに迷いがあれば、それは致命的隙になる。
オレは息を整え、礼拝堂に入る。そして右手奥を見やる。祭壇に隠れてはいるが、そこに聖歌隊のための場所があるはずだ。気配を探るが、何も感じ取れない。
すでに決着がついたのか?
部屋に飛び込むとまず始めに重なり合う白髪の頭が二つ見えた。双子の姉妹が対峙している。ダーシアンは聖歌隊用の小さな木の腰掛けを背にして一番奥にいる。それを庇うのがアンメルルで、オレに背中を向けているのがブランペルラという構図だ。
オレは視界のなかにリベルを捜したが見当たらない。アンメルルとダーシアンを警戒しつつ、オレは目の前にいるブランペルラに声をかけようとする。が、その刹那、オレは反射的に後退っている。後ろに下がってしまってから、困惑しながらその理由を探した。
答えはすぐに出た。しかし理屈が合わない。オレはアンメルルの表情のわずかな動きに反応したのだが、なぜアイツなんだ?アンメルルのどんな表情でオレが身を引くことになるというんだ?
アンメルルがするはずのない顔をしたから。
アンメルルに目を凝らすと、その背後でダーシアンが動き、オレの目は反射的にそれを追う。
それと同時にブランペルラが振り返る。
「毒針だ!」
オレは叫んだ。アンメルルに視線を合わせて。
いや、アンメルルの双子の妹もしくは姉である、ブランペルラに向かって。
オレは大きく後ろに跳んだ。刃が胸元を掠める。
ブランペルラは?ダーシアンの攻撃を避けられたのか?
どういう理由でかはわからないが、アンメルルがダーシアンの命を狙ったということだろうか。それをブランペルラが防いだ。しかしいま、ダーシアンはブランペルラを攻撃した。ということは、そういう芝居をうったということか。それともオレが加わることで、状況が一変したのだろうか。
オレは懐から抜き出した短刀を構えながら、アンメルルの背後の様子を窺った。
「大丈夫か⁈おい、ブランペルラ!」
「……心配には及ばないよ」
ブランペルラの返答にオレは胸を撫で下ろす。
「いったいどういう状況なんだ」オレはアンメルルを警戒しつつ声を張る。
「アタシが答えてやるよ」アンメルルが半身のままオレに顔を向けて笑う。「すべては教会さまのご意向さ」
「オレが邪魔になったらしい」ダーシアンが言う。
「そういう話でブランペルラを騙そうってことだろ。残念だったな、もうネタは破れたぞ」
ダーシアンは顔を歪める。「確かにタイミングを間違えたな。おまえにエルメリの相手をしてもらって、オレはおいとましようと思ったんだがね」
「メルルがコイツを殺そうとしていたのは本当だと思うよ」ブランペルラが言う。「おそらくだけどね、このタイミングでリベルの隠し場所がわかったからだろうさ。すんでのところで割って入れたよ」
「まさにそういうことだよ」ダーシアンが我が意を得たりといった調子で言う。「ねえ、ボクは投降するよ、保護してもらえないかな」
「都合のいいこと言ってんじゃねえぞ」オレは苦々しい思いで吐き捨てる。
「そうさ、それより三人でそいつを縛り上げようぜ。それから尋問でもなんでもやりゃあいいじゃないか。最後に引き渡してくれれば問題ない」アンメルルがオレに笑いかける。
「おまえを叩きのめしてあの男に恩を売ってもいいと思うがな」オレはアンメルルの目を見て言う。
「そうだね。それもアリだね。でも、こうすると一石二鳥、いや三鳥だね」ブランペルラがそう言った瞬間、低くうめく声が聞こえた。
「何しやがった!」アンメルルが背後を振り返った。
とっさに身体が動き、気づいたときには、オレはアンメルルの側頭部に蹴りを入れていた。
しかしアンメルルは身体をひねり、直撃は避けられてしまった。それでも膝をつかせるのには十分だった。
「……こいつ!」ダーシアンの声がわななく。「ボクを刺しやがったッ」
「こうすればおとなしくなるだろう?」ブランペルラは平然と言う。
「解毒剤がなかったらどうするつもりなんだ?」
「持ってないなんてこと、あるはずないじゃないか。そうだろう?」ブランペルラは肩をすくめた。




