仲間
オレはいきなり水面に浮上した。
伏せていた顔を上げ、上体を起こした。その勢いでリベルから両手指が抜ける。
机を挟んだ向かい側で、女騎士がこちらに振り向く。「どうした?何か問題か?」
それを聞いて、プルディエールとの会談にかかった時間はとても短かったのだとわかった。
彼女はオレの顔を覗き込み、すぐに理解したようだ。
「もう終わったのか?リベルは止まったんだな?」
オレは頷きながらも、次の一手を考えていた。このリベルはヴェネチアの魔女ヴェルメラのもとに届けなければならない。そしてリベルはもう一つある。
「こいつを外にいる仲間に届けてほしいんだが……」言いながらオレはリベルが非常に重いものだということを思い出した。辺境伯の私設図書館から、こいつらはどうやってリベルを運んだんだ?
「なあ、あんたたちはどうやってこいつを」オレは目の前の本をアゴで示す。「ここまで運んだんだ?何人で?」
騎士は目を細める。秘策があって、その内容は喋ることができないってことか?
「話してもらわなきゃ困る」
「いや、秘密にしているわけじゃないが」騎士は首を傾げつつ「わたしが運んだ」
「そりゃそうだろう。他に誰が?道具を使ったか?ここにはないようだが」
「道具なんかいらないだろう。これしきの……ああ、そうか」騎士は急に合点がいったように目を見開く。「普通、抱えて逃げるには若干重いのだな、リベルというものは」
「あたりまえだろう?」オレは訝しげに騎士の顔を見た。「まさか、あんたにとっては違うのか」
「わたしは生まれつき重さの感覚がおかしいんだ」
筋肉の造りが他の人間とは違うのか?そういえば聞いたことがある。同じ大きさの筋肉でも通常よりーーいや多数よりと言うべきかーー重い人間が稀にいると。
当然そういう人間は同じ背格好でも体重が、倍とはいかずとも重くなるのだそうだ。この騎士はその類いなのだろう。そういう人間は当然筋力が強い。
まさかコイツがそうだとは思わなかったが、いまはどうでもいい話だ。騎士一人で運べるのなら願ったりだ。オレにはやるべきことがある。
「あんたに頼みがある」オレは騎士の目を見て言う。「このリベルの刻が止まったのか、それはまだはっきりとはしないんだ。できるだけのことをやったんだが……完全に刻を止めるには、それ相応の人物にあたるほうがいい」
「ああ……それで?」騎士はぬか喜びから覚めたように顔を曇らせたが、頷いて先を促した。
「このリベルを舟まで運んでほしい」オレは言った。
「舟」騎士は眉を寄せる。
「ここまで乗ってきた舟に、さっき言ったそれ相応の人物っていうやつの仲間がいる。彼女たちに合流してくれ。リッラとイリス、それに船頭のおっさんだ。オレはダーシアンのところに行かなきゃならない。そこにアンメルルもいるんだろう?」
「白髪の女か。たぶんそうだと思う。だが、なんの用がある?リベルはここにあるし、あの男が持っているリベルは関係ないだろう」
本当はそのリベルも持って帰る約束なのだが、確かにそれが一番の目的じゃない。「連れが向かったんだ。一対二じゃ分が悪いだろう?助太刀ってヤツさ」オレは片口を上げた。
「仲間……」騎士はつぶやく。「その方たちはラグランティーヌのために力を貸してくださっているのか」
「まあ、そういうことになるかな。一人はラグと顔見知りでもあるし」
「わかった。リベルはわたしが運ぶ。しかし舟と言ってもどれが目的の舟なのか、わたしにわかるだろうか」
「とりあえず桟橋に行ってくれ。目的の舟は少し離れて停泊しているはずだ。リベルが見えたなら、向こうから接触してくるはずだ。リッラが琥珀色、イリスが青い目をしている。共に黒に近い茶髪だ。そして二人とも刺青を持っている。背中を見れば一目瞭然だ」
見せてもらえればだが。
オレは神妙な顔で頷く騎士に、いま思いついたことを訊く。
「仲間と言えば、ダーシアンの仲間はアンメルルの他にもいるのか?」
「いるのかもしれないが、わたしは見ていない」
「わかった」
おそらく今回は雇い入れていないだろう。ビブリオテイカを襲撃するわけではないのだ。
「もし舟がわからなかったら、桟橋でオレを待っていてくれ」
そう言い残し、オレは図書館を出て聖堂の奥を目指した。




