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ビブリオテイカ/零葉の錬金術師  作者: 浦早那岐
ディケル・ソロウ2
91/111

賭け

 ダーシアン。

 その名を噛み締めると血が頭に上る。しかしすぐに深呼吸して気持ちを落ち着けた。アンブリストらしく。

 そもそもオレの推測は正しいのか?

 アンメルルが目撃されているのだ。装飾師というのはダーシアンだと考えて間違いないと思う。


 バルディリ伯、それにダーシアンがプルディエールの知識を欲するのはわかる。しかし強制同期でラグランティーヌが危機に陥るだろうか。

「それで、具体的に何が問題なんだ」

「わたしにはよくわからない」

 よくわからないのに、コイツはまんまと乗せられたというのか?

 いや、よくわからないからこそか。オレは噴き出しそうになる怒りをこらえる。

「ただ……妹の時は止まっていないと……」

 オレは愕然とした。

 ラグランティーヌは毒に侵されているのだ。時が止まっていないなら、状態はさらに悪化していく。

「それは呪印のせいなんだろう?」オレは訊いた。

「それは違う」騎士は即座にそう言ってから目を泳がせる。「いや、確かなことはわたしにはわからない。すまない。ただ、その進行を止めるには本の中に入らなければならなくて……それができるのはあなたか、レッティアーノ・ルーヴだろうと」

 ラグランティーヌと縁の深い間柄なのは確かにオレと叔父かもしれない。

 あんたじゃダメなのか。そう言おうとしてやめる。条件は合っていても彼女にはリベルを読むの能力がない。


 呪印か。

 オレは自分の背中に刺青を入れた日、そして誰かの背中に刺青が入るところを初めて見た日でもある、あの冬の日を思い出した。

 アンブリストの刺青は皮膚の奥に墨を入れる通常の刺青とはまるで違う。あれは接木のようなものだ。そうなると始まりの木は誰のものだという話になるが、それは知らない。

 また、一から背皮を育てることもできると聞くが、実際どのような方法で刺青を入れるのか知っている人間をオレは知らない。


 呪印も同様で、リベル・ラグランティーヌに施されたこの呪印は、リベルの表装を成している背皮に新たに刺青を施したものではない。新たな背皮を接木したものだ。

 呪印の目的は様々。主にリベルとの同期だが、他にもある。復元あるいは破壊。破壊は言うに及ばず、いずれも強制的であることは共通している。


 オレたちはそれをパリンプセストと呼んでいる。本来は上書きされた羊皮紙の本やスクロールのことだ。つまり背皮に刺青を上書きされたリベルという意味だ。

 呪印はリベルの表装に強力な志向性を持たせた背布を移植するのだが、その際、一瞬でもその背布とリベルの接触面を影化しなければならない。そんな芸当のできるアンブリストは限られている。だからパリンプセストは少ない。当たり前だ。むしろあってはならないものだ。


 リベルは睡眠に例えられる。そして睡眠と覚醒の間に段階があるように、リベルにも現実との干渉度合いに段階がある。

 眠っているリベルの目を無理やり覚まさせるのが呪印だ。自らの背皮を他者を侵食できるように育て、それを剥がして対象のリベルに貼り付ける。その際に精密かつ強力な意思の力が必要になる。リベルの防御機構に干渉せず、しかし最表層には同調させなくてはならない。

 自分の背皮を切り剥がし、そこに意思の力を注ぎながら、もう一方ではリベルの表装にも干渉して影化する。完全には影にできないが、背皮が繋がるだけでいい。


 通常の同期も接続部分が影化しているところは共通する。違いは、リベル側が受け入れるか受け入れないかだ。


 リベル・ラグランティーヌにおける一番の問題は、時が止まっていないということなのだが、それは影化が不完全になっているということだろうか。ここから先は同期を試みないことにはわからない領域だ。


「危害を加えられないという保証は?」

「彼も取り戻したいだけだ、無傷で。だから……」

「いや、オレの安全の保証だよ」この騎士はラグランティーヌのことしか頭にない。「まあ、それこそ意味がないだろうが」

「あなたのことは私が護る」

「それを信じろと?」

 オレがそう言うと女騎士は戸惑ったような表情を浮かべた。

「まあ、オレに選択肢はないかもな」オレは自嘲気味に笑う。「いいよ。やろう」

 女騎士は明らかに安堵した顔になった。「ありがとう。恩に着る」


 ラグランティーヌを連れ帰ることができれば、最低限の目的は果たせるというものだ。

 問題は、この騎士の手元のテーブルに載っているリベルが本当にラグランティーヌなのかということだ。呪印を施されているとなると刺青の模様はオレの知っているものではないだろう。

 軽度とはいえ同期してみなければならない。

 そしてそれ自体が罠ではない保証はない。

 覚悟を決めてリベルに飛び込むか?リベルだけを、かなりの重さのはずだが、なんらかの方法で持ち出してしまうか?それがラグランティーヌだと信じて?

 ブランペルラならばもう一方のリベルを回収できるだろう。二冊とも持ち出せるとなれば、そのどちらがラグランティーヌでも構わないわけだ。

 しかし、これがダーシアンの差金だとすれば、なぜオレに同期させようとする?オレ自身はダーシアンと何の関わりもない。オレを罠にかける意味などないはずだ。つまりオレ自身は問題ではなく、やはりこのリベルをどうにかしたいわけだ。そしてヤツの目的を探るにはどうしても話に乗る必要があるのではないか?

 ああ、そうだ。いいだろう。乗ってやるよ。

 オレがどうにかなってしまっても、ブランペルラならば何とか始末をつけてくれるだろう。

 オレは騎士に歩み寄る。

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