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ビブリオテイカ/零葉の錬金術師  作者: 浦早那岐
ディケル・ソロウ2
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島の大聖堂


 丸い屋根が目立つサン・マルコ寺院を見やりながら、オレはイリスに訊いてみる。「鐘楼に登るのか?」

 イリスよりも先にリッラが呆れたように答える。「そんなわけないでしょう。目で見て探すわけじゃないんですよ?わたしたちがそれなりに距離を置いても相手を視認できる場所が、探索に適しているんです」

「なんだ、やっぱり目を使うんじゃないか」

 オレが軽口を叩くと、リッラは汚物でも見るかのように眉をひそめ、「死にたくなければ口を閉じていなさい」と言う。

 オレは頷いて、そっとイリスの背後に回った。「彼女はいつもああいった感じなのか」

「わたしに答えさせるな」イリスがささやく。


 二人は周囲を見回して二言三言言葉を交わすと、お互いに背を向けて歩き始めた。広場の南に位置する建物の柱のそばに所在なげに立つオレの東と西で立ち止まり、人を待っているふうを装う。

 しばらくするとイリスが懐から羊皮紙様のスクロールを取り出して開いた。そこに何か印を入れ、オレを素通りして、リッラのもとに急ぎ足で向かう。リッラも何か描き入れ、二人はオレのところに戻ってきた。


 二人が持っていたのはヴェネツィアの地図だった。

「館長と違ってわれわれは感度が低くてな。方向はおおかたわかるが、距離が判然としない。そこで……」イリスが持っていた地図を示す。

 オレが地図を覗き込むと、二人が立っていたと思しき場所に点が描かれ、そこから短い線が引っ張ってあった。

「この二点からこの方向に向けて線を引き……」

「交わった場所にリベルがあるんだな」

「ああ。ただしわれわれでは二冊のリベルを分けて探知できない。お互いが別のリベルを感じ取っている可能性もある。今回はそれが近すぎることもあって、ここからでは誤差はほとんどないだろう。詳細はもっと近づいてからだな」

「近づいてからじゃ見咎められやしないか」オレは言った。

「それはおそらく大丈夫だろう。屋根がついているからな」イリスが答える。

 オレが首を傾げると、リッラがため息をついて言う。「見てわかりませんか。二つの線が示す方向が交わる先は海ですよ。つまり島です」

「サン・ジョルジョ・マッジョーレ」イリスが横合いから言う。「そこの聖堂に二つのリベルはある」

「なので、荷の配達に便乗して島に向かいます。その際屋根付きを使いますから、接岸後、荷下ろしの間にその陰に隠れて探知します」リッラが言った。「あなたはその間、人足として働いていてください」

「当てはあるのか?」

「わたしたちを誰だと?」リッラがオレを睥睨し、「すべての道に通じていますよ」

「人足らしい服装に着替えないとな」イリスがおれの肩を叩いた。一人の当たりがきついともう一人は柔らかくなるらしい。

「巡礼者じゃダメなのか?」オレは訊いた。

「それだと人目を盗んで抜けられないでしょう」リッラが冷たく言う。

 

 まったく、こいつはいつもこうなのか。

「で、ブランペルラはどうするんだ?あいつも着替えなきゃならんよな」

 オレがそう言うと、リッラとイリスの顔色が変わった。イリスはしまったという顔。

 リッラの方は単純に驚いて目を見張っている。

「ブランペルラさまがいらっしゃいますの?」リッラの口から思いがけない言葉が漏れた。「イリス、なぜ黙っていたの?そうとわかれば作戦を練り直さなくては。粗末な荷舟になどお乗せできませんわ」

「そうなるから言いたくなかったんだよ。アイツの何がいいんだか。この狂信者め」

「聞き捨てなりませんわね」いままでのすました顔からは想像できない昂りを見せるリッラは、目を剥き、頬を紅潮させて続ける。「イリス、あなたは知らないかもしれませんが、ビブリオテイカと教会の公式記録において、あの方はただの一人の命さえ奪っておられないのですよ?あれほどのエフェクタであるにもかかわらずです。それがどういうことか、あなたにっ……」

「わかった、すまなかったリッラ」

 イリスが必死でなだめるも、リッラの気持ちは収まりそうにない。

「おまえたち、少々目立っているぞ」

 不意に声がかかる。ハッとしたときにはブランペルラが二人の傍らに立っていた。白い装束から地味な修道服に着替えていたからか、まったく意識に入ってこなかった。

「ッッッッッッ!」

 リッラが声にならない叫びとともに硬直する。そのまま倒れそうになるのをイリスが慌てて抱き止めた。

 ブランペルラはわずかに眉を上げ、オレを見た。「いまこの瞬間にわたしたちを見張る者はいないが、早く行動に移したほうがいい。定時連絡などやっている可能性もなくはない」

「ああ、いま荷舟に便乗しようと言っていたところだ。リベルはサン・ジョルジョ・マッジョーレにあるとわかった」

「どこだい、それは」

「この向こうの島だよ」

「ならば、急ぐとしよう。イリスと……」 ブランペルラがイリスとリッラを見た。

「リッラ」

 イリスが答える。リッラはブランペルラとまともに目を合わせられない。

「リッラ」ブランペルラが繰り返す。「よし、では舟に案内しろイリス、リッラ」

「もちろん」イリスが言う。「おい、リッラ。ちゃんと自分で立て。おい、リッラ。意識飛ばしているんじゃない!」


 うっとりとため息をつきながら歩くリッラがどうにも気になる。ブランペルラはイリスを伴って先頭に立ち、オレはリッラと並んでその後を追う。

 リッラはブランペルラの背中だけを見つめているに違いなく、オレが腕を引かなくてはすれ違う人々を避けようともしない。しかしこの変わりよう。人は見かけによらないもの、というより、様々な要素を持っているものだと感心してしまう。

 港に大型船の姿はなく、小さな帆掛け舟だけが数多く行き交っている。その向こうにサン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂の白い正面、ファサードが垣間見える。そびえ立つ四本の円柱が目を引く入口付近には、動いているかもわからないシミのような人影がある。


「しかしいまから荷を運ぶ舟がそう簡単に見つかるか?」

 オレの疑問にリッラが急にスンと冷たい無表情になる。「品物が入荷し次第持っていくのですよ。砦ではないのですから許可証が必要だったり衛兵いるわけでもなし。馴染みの顔がいればいいのです」

「その馴染みの顔が仲間にいるってことか」オレはつぶやく。

「リベルを強奪した一味も辺境伯の軍隊が追ってきているわけではないと知っているでしょう。そんなことをすれば戦争に発展しかねないですし、そもそも物笑いのタネになるだけです。たかだか本一冊の話なんですから」

 オレにとってはヴェネツィアよりも大切な本なのだが、関わりのない人間にしてみればその通りだろう。

 そうだ。ヴェネツィア・ビブリオテイカの人間にとってリベル・ラグランティーヌを奪還する動機は弱くて当然だ。だが、彼女たちは協力することについては当然といったふうで、不平不満などもとより持っていないようだ。

 そう思ったとき、感謝の念がオレの口をついて出た。「ありがとう」

 リッラは不審げにオレを見て、次の瞬間小さく噴き出した。「なんですの、それ」

「いや、なんというか……」

 オレが言葉を濁しているとリッラが前方を指さした。「ほら、イリスが舟を見つけたようですわ」

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