闖入者
リベル・ラグランティーヌの強奪は、プルディエール・デルフトが主導したのではなかった。
オレは前提が根底から覆るのを感じた。
主導したが、指示を出しただけでいまは別の場所にいる、ということも考えられるが、可能性はかなり低い。しかし、そうなると女騎士がブランペルラと組んでリベルを持ち出したことになるが……女騎士はラグランティーヌをリベルのままにしておきたくはなかったろう……だが、自ら思い切るには、バルディリ辺境伯への畏怖心が強い。
誰か唆した人間がいるはずだ。
リベル・ラグランティーヌに執着していそうな人物は誰だろう。
例えば叔父のレッティアーノ。しかし彼はそれが完全なリベルPではないことを知っている。単に解毒薬ができたのでラグランティーヌを助けたいだけということも考えられるが、根拠が弱い。
ブランペルラは?プルディエールが混ざっているのだから、関心はあるはずだ。しかし女騎士と組むことはないだろう。
もう一人いる。考えたくはないが、そいつの可能性が一番高い。
デサンジあらため、ダーシアン。あの男だ。
待てよ、とすると白髪の女はブランペルラではなく、双子の片割れ、元エフェクタのエルメリか?確か本当の名はアンメルルだったか。
ダーシアンはプルディエールが混ざったリベルを持っていた。今回盗み出したリベル・ラグランティーヌと合わせてプルディエール絡みのリベルは二つ、そう考えるのがもっとも状況に合っている気がする。
ブランペルラが関わっているという証言は、双子のアンメルルをブランペルラと見間違えたのだろう。
どうする?話し合いの余地は、おそらくない。居場所を特定しても、戦闘となればオレ一人では心許ない。それこそブランペルラでもいれば話は違ってくるのだが……
「想定外の事態、という顔だね」
魔女は含み笑いしてオレを眺める。まあ、他人事だからそんなものだろうが。
「どうかね、取引しないか?」魔女は目を細めて言った。
「目的のリベルについては読む約束はしてある。しかしもう一冊については何の取り決めもない。そこでだ、こちらから人員を貸し出そう」
「だからもう一冊のリベルを読ませろと?それこそ約束できない」オレは言った。人員と言いつつ、情報を得るために自分の背皮を持つイリスのような人間を寄越すのだろう。
魔女は軽く片手を振る。「そう難しく考えるな。ここに持って来られるよう努力してくれれば良い」
「む……わかった。努力しよう」
「よろしい。それでリベルの所在だが……街の」魔女が目を閉じて言った。「南東におよそ……」
「それはピンポイントでわからないものなのかい」ブランペルラが言った。
ブランペルラが言った?んん?
「キサマッ、どこから入った!」
「ブランペルラ、いつからそこに⁈」
イリスとオレは同時に声を上げる。
白髪に白衣という白ずくめのブランペルラが壁にもたれて立っている。彼女は白髪を揺らし、オレたちが入ってきた扉を示す。
「そこの扉だが……そうだね、おまえたちとほとんど同時だよ」
「後について一緒に入ったっていうのか?」
オレの問いにブランペルラは頷く。
「バカな」イリスは目を剥いて唸る。
「では、その扉までどうやってきた」イリスが険しい顔で詰問する。「地下道は封鎖したはず。他に入口はない。まさか地下道に入る前からずっと一緒にいたなどと言うつもりか」
「窓からだが」ブランペルラはあっけらかんと答えた。
「窓だと?誰だ、ハシゴをかけたのは。エフェクタならば誰でも入れていいわけではないのだぞ」イリスは憤懣やるかたなしといったふうに吐き捨てる。
「ハシゴ?何を言っている。ここは空中に浮いているのか?そうではあるまい。普通の建物だ。壁があれば登れるだろう」ブランペルラは困ったような顔でオレを見た。「違うのか?」
「普通はね。壁は登らせないためにあるんだよ」オレは口元の緩みを抑えつつ言った。
「バカな。四階だぞ?それにそんな足場などないはずだ……」イリスは自問するようにつぶやく。
「まあ、よいではないか」魔女が笑いを含んだ声で言った。
「館長。わたしの失態です。罰はいかようにも」
「構わぬ。むしろ渡りに船とはこのこと。のう、ディケル・ソロウよ」 魔女はオレを見て微笑む。
オレは苦笑して頭を下げる。確かにその通りだ。
オレはブランペルラにリベル・ラグランティーヌが奪われたときの状況を聞いた。
「わたしが到着したときには、すでにアンメルルと騎士の姿はなかった。まあ、わたしと妹、どちらも目撃されたかもしらんね」ブランペルラは肩を揺する。
バルディリ侯のところの衛士は、二人を混同し、名の通ったブランペルラ一人と認識したのだ。
「それよりも先ほどの話だが」ブランペルラは魔女に向かって言った。「リベルの場所は詳細にわかるのかい」
「おまえはわらわの位置がわかるか?」魔女は逆に問うた。
「質問に質問で返されるのはあまり好みではないが……目視できるものはわかる。なるほど、そういうことか」ブランペルラは首肯した。
「そう。視覚だろうが聴覚だろうが、そこに距離があれば、距離の情報が組み込まれていさえすれば、位置関係は認識できる。融合による相手方の認識も同様だ。わらわがここから測る分には、そなたの言うピンポイントとはいかぬが……」魔女は言う。「三角測量は知っておろう。三角形の一辺の両端からの角度でその一辺から離れたもう一つの頂点を見つける方法だ」
「しかしあんたは一人だ」ブランペルラが言った。
「しかし代理がおる」魔女はニヤリとする。「おまえたちは背皮がただ読み取るためだけにあると思っているのか?背皮は生きておる。それはわらわであり、代理たちでもある。よって代理たちの身体も代理たちであり、わらわでもある」
無茶な論理だが、言葉通りではない仕組みというものがあるのだろう。
「イリス、リッラとともに、こやつらを手伝ってやれ」
イリスは不承不承頷いた。「承知しました」




