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ビブリオテイカ/零葉の錬金術師  作者: 浦早那岐
ディケル・ソロウ2
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五百年前

なかなかのキレ具合に、オレは一瞬たじろいだ。余計なことを言ってしまっただろうか。


 ラグランティーヌのリベルが完全に彼女だけで成り立っているわけではないということは、あの後すぐにプルディエールから聞いていた。聞くまでもなくわかっていた。プルディエールのオレを見る目にラグランティーヌの面影があったからだ。ならば逆も然りだろう。

 彼女たちは記憶も共有していた。さらに嗜好も性癖も自己認識さえも、混然としていながら統一されているのだという。もちろん二人分の全てが一つの肉体に宿っているのではない。モザイクのように組まれているのだ。プルディエールに欠けている、もう半分の記憶や志向性その他はリベルのほうにあるらしい。

 自己認識において完全な一人であるならば、それは一つの魂ではないのか。そうすると魂は分割され、二つの魂間で交換され、また一つの魂として再構築されたということになる。


 自己認識は心であり、魂はまた別だと、教会は説くかもしれない。

 人格や肉体とは関係なく、不変のものがあり、それが魂と呼ばれているのだと。そうだとするなら、ラグランティーヌとプルディエールが混合している二つの肉体のいずれにそれぞれの魂が宿っているのだろう。肉体や心が混合していても、魂は元のまま、どちらか一方を器として捉えるのだろうか。その根拠は?割合の多い方か?それとも神の思し召しによるということか。

 

 こういう事態になるということをラグランティーヌはプルディエールから聞いて承知していた。プルディエールは経験者だから知っていて当然だ。ラグランティーヌが何を考えてそれを選択したのか、そこまではまだ聞けていない。

 

 彼女たちのこの状態が、個別の魂というものを否定する可能性を持つのは確かだ。叔父のレッティアーノはそれに気づき、悩んでいた。最後に会ったときには、彼の理性的な面が事実を事実として受け入れていたようだった。魂は別として。それについてはまだ思考中だと言っていた。

 終わらせるものという名は、魂の否定者としてのものなのかもしれない。そう叔父は言った。確かに魂がなければ、死後、天国も地獄もない。

 人間は死んで、そこで終わる。

 あるいは…… 恐ろしいことに、魂は不変ではないのかもしれない。

 叔父はそう言って黙り込み、翌日にはフィレンツェを発っていた。


 いずれにせよオレ自身は叔父の魂云々の話をあまり気にしていない。オレには守るべき前提などないし、幼馴染の大切さが減ずるわけでもない。いまは一刻も早くラグランティーヌを取り戻すことだけを考えていればいい。 


「プルディエールとは旧いお知り合いで?」

 オレはあえて訊いた。ダーシアンが持ち去ったリベルが館長代理の言う"また"の相手なのだろうか。

 館長代理はオレをじっと見た後、「まずはおまえとあの女との関係を話してもらおうか。アンブリストらしく事実をな」

 オレは頷いて話し始めた。オレとプルディエール、そしてラグランティーヌとのあらましを。


 館長代理は一度も口を挟まずに聞き終えた後、椅子に深く沈み込んで、これもまた深いため息をついた。

「まったく、いつまでもお人好しなことだ」そう言う館長代理の口元がほんのわずかだが、緩んだように見える。

「いいだろう。こちらの情報も一部だが、開示しよう」館長代理は首を傾けてこちらを見た。「まずは自己紹介を。私はヴェネツィア・ビブリオテイカ館長代理、アンブリストのイリス・ヴィオレだ。よろしくな、ディケル・ソロウ」

 目元だけが微かに笑みを含んでいるが、基本的には仏頂面のままヴィオレ館長代理は言った。

 長いブルネットを後ろで編み上げて右肩から胸元に垂らしている。編み残した一摘みの髪が輪郭をなぞり、よりシャープな印象を見る者に与える。はっきりとした二重にぽってりとした下唇。クールな振る舞いとは対照的に、その容姿は情熱的な雰囲気を纏っている。ただ、その将校のような服装が、やはり女性的な艶を抑え込んでいる。いずれにせよ仲間に一人いたらと思うような格好の良い大人のお姉さんだ。


 館長代理は軽々と重そうな安楽椅子を動かして正面に向け、あらためて座り直すと口を開いた。

「おおよそ察しはついているだろうが、うちの館長はプルディエールが混ざっている」

 まったく察していなかったが、当然だというふうにオレは頷いた。ヴィオレ館長代理も頷き返して続ける。

「ただ、館長がプルディエールと違うのは、融合を繰り返すのをよしとしなかったことだ。というより禁忌として二度と行わないことを自分に課した」

 オレは眉をひそめて訊いた。「館長がプルディエールと融合したのは、いつの話です?」

 館長代理は皮肉な笑みを浮かべ、「ヒルデガルトの時代だ」

「ヒルデガルト?ビンゲンの?」大昔であろうと半ば予想していたとはいえ、オレは声を上げた。「五百年も前だ」

「その後もプルディエールは融合を繰り返し、うちの館長はその多くを影の状態で過ごしている」

「影になって時間の外にいるってことか……」

「まあ、そういうことだ。しかし彼女たちがいつ、どうしてなどは、いまはどうでもよいのではないか。プルディエールの所在を確かめたいのだろう?」

 どうでのよくもないし、それならなぜ融合の話を出したのだと訝しみながら、オレは頷いた。「ご存じなのですね」

 館長代理は肩を揺すり、「わたしは知らん。しかし館長ならばわかるだろう」

「しかし館長はずっと眠っているようなものなのでは?」

「そうだな。しかし影から戻りさえすれば、たちどころにプルディエールの所在を突き止めるだろう」

 オレは眉を寄せて館長代理を見た。

 彼女は少々得意げに片口を上げ、「知らなかったか?融合した二人は互いに共鳴するのだよ」


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