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ビブリオテイカ/零葉の錬金術師  作者: 浦早那岐
ディケル・ソロウ2
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追う者

 月明かりを頼りに森を走り抜けていると、いつかの夜が思い出される。あの時は逃げていたが今は追う側だ。

 ブランペルラがなぜ、という疑問の答えはほぼ出かかっている。裏で糸を引いている人間がいるのだ。そして十中八九それはあの女だろう。

 叔父のレッティアーノは遠方に出払っていて、オレにお鉢が回ってきた。しかし館長は本当にオレでいいと思っているのだろうか。あるいは試されているのかもしれない。いや、間違いなくそれもあるのだろう。


 ブランペルラが女騎士と共謀してリベルを盗み出した。

 リベル・ラグランティーヌをだ。

 しかしあの二人がリベルを盗み出してどうするというんだ? 二人にはラグランティーヌを復元することはできないだろう。できるとすれば、あの女だ。あの女が指図したに決まっているのだ。

 アンブリスト、プルディエール・デルフトが。


 リベル・ラグランティーヌの所有者ーー所有という語には嫌悪感しかないが、個人的な感情はおいておくーーバルディリ辺境伯は、盗難が発覚するとすぐにフィレンツェのビブリオテイカに連絡をよこした。

 賊は辺境伯の私設図書館の守衛らをことごとく昏倒させ、リベルをつないでいる鎖を断ち切って悠々と城を出た。これらは意識を取り戻した複数の守衛、門衛の証言だ。ただし彼らは賊の素顔を見てはいない。相手が覆面をしていたからだ。

 リベルを守りたければ、エフェクタの一人くらい常駐させておくべきだ。いや、ブランペルラが相手なら、エフェクタ三人は必要だ。それも相当手練の。

 ならばなぜオレが一人で後を追っているのか。

 ブランペルラより腕が立つから、などとは口が裂けても言えない。単に面識があるから。それだけだ。それだけのことで交渉人に選ばれた。それすら叔父の次点だが。

 つまりリベルを取り戻せる可能性は限りなく小さいということだ。


 しかしそれはバルディリ候には重大事でも、オレにとっては些細な問題だ。リベル・ラグランティーヌの所在がどこであろうと、無事であればそれでいい。毒に侵された彼女を救う手立てが見つかるまで。


 もしかするとプルディエールが解毒剤を完成させたのかもしれない。楽観的に過ぎるかもしれないが。


 騎士の足取りはある程度掴めている。フィレンツェを経由してヴェネツィアに入ったようだ。その先はわからない。未だヴェネツィアに潜伏中かもしれないし、オーストリアに抜けたのかもしれないと聞いた。ずいぶん緩い監視網だ。それではヨーロッパ中が可能性の範囲内だ。

 オレの個人的見解では、彼女たちはいまもヴェネツィアにいる。あの都市は隠れるにはもってこいだ。何せ皆が皆仮面を着けている。



「誰も仮面なんて着けてないじゃないか!」

 ヴェネツィアに入ったおれの心の第一声がこれだった。オレは一年中そうやって遊んでいる人間が一定数いるものだと思っていたのだが、そういう格好は春先の一定期間、カーニバルのときだけらしい。考えてみれば当然か。羽目を外している人間が四六時中街をうろついていては日常生活を営めなくなるだろう、周囲も、当事者も。

 実を言うと、ビブリオテイカは今回の事態をまったく重く見ていない。そもそもバルディリ候がリベルを所有していること自体、認めたくはないのだ。それを知っていたから、オレは話を聞くと真っ先に何処かのビブリオテイカの差金かと疑ったくらいだ。

 そういう事情から、黒幕ではないにしても、ヴェネツィア・ビブリオテイカがリベル共々彼女たちを匿っているのではないかとオレは睨んでいた。ヴェネツィアの所領である城塞都市、ベルガモやガルダにビブリオテイカはないし、まさか海の向こうのザダルまでは行くまい。


 目下のところ、ブランペルラ女騎士が警戒すべき相手は、教会だ。ブランペルラが裏切り者の烙印を押されたとか、エフェクタの称号を剥奪されたということではない。教会はバルディリ候に対して何らかの義務を負っているわけではないし、主犯はあくまで女騎士というていであり、ブランペルラが関わっているとは認めていない。

 目撃者は、ブランペルラのような気がすると証言しているに過ぎない。ただ、その手際の良さから、オレも彼女を疑っている。というより、ほとんど確信している。

 教会を警戒すべきだと思うのは、彼らがリベル・ラグランティーヌを狙っていると、レッティ叔父から聞いているからだ。プルディエールとラグランティーヌの融合の話はしていないと叔父は言う。そうだとしても、ラグランティーヌが自力でリベルになれるほどの実力ではなかったと見る教会としては、プルディエールと何らかの関わりがあると考えるのが自然だ。

 プルディエールに関わるリベルならば、狙われて然るべきだろう。女騎士とブランペルラ、それにプルディエール・デルフトは当然気づいているだろう。


 なんにせよ、まずはヴェネツィアのビブリオテイカに挨拶をしておこうとオレは思った。

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