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ビブリオテイカ/零葉の錬金術師  作者: 浦早那岐
日和田潤 2
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重なる手

 神父の細い目が見開かれた。ここに来て初めてその表情に変化が現れた。焦りだ。


 神父はほとんど無意識にラカへと手を伸ばしていた。同時にエトもラカの襟に手をかけた。

「チッ」神父は苛立ちも露わに針を振り上げた。それをエトの手に振り下ろすと思いきや、振り上げた勢いで後方の吟へと飛ばした。

 吟は距離を詰めながらそれをかわし、警棒を神父の肩甲骨へと繰り出す。

 神父は身体を捻って攻撃をいなし、そのまま吟と神父の位置が入れ替わった。

「それじゃアンタは本を読みに行きな」吟が言った。

「あなたが神父をぶっ倒してからでもいいんじゃ……」エトは恐る恐る言った。

「バカだねぇ。この男が何も手をうっていないと思うかい?」ブランペルラは横目でエトを見た。「ビブリオテイカの手前遠慮しているけれど、いざとなったらお仲間がやってくるよ。多分ね。可能性があるなら無視はできない。必要なことはさっさと済ませるが吉だよねぇ。違うかい?」

 吟の顔で、声で、この台詞は違和感しかないが、その目付きがエトに有無を言わせない。

「でもなんであなたが吟のなかにいるの」

「わたしも背皮を残したのさ。それをいまこの坊やが背負っている。そういうことさね。わかったなら早くやることやりな」

「でも、背皮で人格なんて」

「ごちゃごちゃうるさいねえ。あんたが背負っているそれはなんなんだい?行かないなら、わたしはお茶でもしにいくよ?」


「行こう」日和田がエトに手を差し出した。「イトエ君、大丈夫、だよな」

「エフェクタなめないで」ラカは不敵な笑みを浮かべる。「大丈夫だから早く行ってよ」

 エトは頷くと、日和田の手を取って立ち上がった。

 その瞬間、触れ合った指から、二人の身体に電気が走った。

 いまや白い少女は舞台袖を飛び出し、二人の目の前に姿を現した。

「あんた、Pなの?」

 エトの問いかけに、少女は限りなく白に近い金髪を掻き上げて口角を上げる。『まあ、まだ完全には程遠いが、おまえの言うPよりも本来あるべき姿に近づいたのは確かだ』

 少女は細い胸を張った。『わたしがPかだって?その通り。いかにもわたしこそアンブリスト随一のナイスバディの持ち主、プルディエール・デルフト、その人だよ』

 そう言って少女は両手で白いワンピースの裾をついっと持ち上げて、貴族の令嬢のようにお辞儀をしてみせた。


「まいったね。もっと早く来るように言っておくべきだったよ。正直かなりなめていた」神父は裾の埃を払いながら言った。

「まさか白の処刑人のご登場とは。しかしそう長くもいられないだろう」

「どうだろうねえ。わたしの気分次第かもね」


「ナイスバディ?」エトが顎に手をやってプルディエールをまじまじと見つめる。

『うん?』プルディエールは自分の身体を見下ろす。『んなっ、わたしのナイスバディはどこに行った⁈』彼女はエトを睨みつける。『おまえの持つイメージが影響しておるのだ。どうしてくれる!』

「だってディケルで見てたのは、ほとんどそんなんだったもん」

『そんなんとは、言ってくれる』プルディエールは引き攣った笑みを浮かべる。「まあいい、それもこれも事が済んでからだ」


 日和田とエトは一度振り返ってから、図書室に入った。プルディエールは二人に向いたまま、足を動かすこともなく滑るように先導する。いや、実際にそこにいるのではなく、脳が見せる幻影なのだから当たり前だが。


『やはり重なると違うものだね。これなら読書も秒で終わるだろう。わたしを信じるんだ』プルディエールは自身ありげに言った。

「重なる?」エトは日和田をチラと見てからプルディエールに視線を戻した。「てことは、この人もあんたの背皮を?」

「そうみたいだね」日和田が言った。「薄々気づいてはいたけど、確証はなかった」

『とにかくだ。わたしが力を発揮するためにも、手はつなげたままにしておくように』

 プルディエールがそういうのを聞いて、二人は手をつないだままであることに気づいた。どちらともなく手を離すと、目の前からプルディエールの姿がかき消え、目の端から不満げな声が響く。

『手をつなげ。さもなければ読書が終わる前に刺されるぞ。あの神父にな』

「読むときに手が重なっていればいいんでしょ」エトは気まずそうに「あ、別にあなたと手をつなぐのが嫌とかいうんじゃなくて……」

「ああ、わかるよ。オレも気恥ずかしい」日和田は微笑し、「とにかくいまは読書が最優先だ」

「そうですよね」エトはカウンターを回り込むと書庫に手を当てた。「ディケルはこの中です」


 二人が書庫の大きな黒光りする扉を抜けると、待っていましたとばかりにリベル・Dがテーブルの上で光を放っているように感じられた。

「あたしがディケルに同期して頁を開きます。波長をあたしに合わせてください。わかりますか?」

「リーダーを使って同期するのと同じ要領だよね」

「あたしはリーダー使ったことないですけど、たぶんそんな感じでいいと思います」

「案ずるより産むが易しだな。始めよう」

 エトが両手をリベルの表層に置いて、親頁に差し込んだ。向かい合った日和田がその手に自分の両手を重ねる。

 その途端にプルディエールが傍らから顔を突き出す。『よし、二人とも心の準備はいいか?』

 思わず口をつきそうになった悪態を飲み込み、エトは頷く。日和田も目顔で同意した。

『よし。それでは昔話に付き合ってもらうとしよう』

 なんであんたがメインみたいになってんのよ、というエトのツッコミは没入感の渦に飲まれ、声にならなかった。

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