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ビブリオテイカ/零葉の錬金術師  作者: 浦早那岐
日和田潤 2
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それもエフェクタ

「なんや知らんけど、気合い入ったようやな」吟が片口を上げる。

「ダチが大事ってだけ」

 ラカのつぶやきは小さく、吟には届かない。が、日和田には聞こえた。ということはもちろん間にいるエトにも。

「あんたらはさっさと本を読む!」ラカが心なしか頬を赤らめ、押し殺した声で言う。

 その様子を黙って見ていた神父がため息をついた。「致し方ない。殺さない程度には指導する必要があるな」

「ッ!」ラカが声にならない息を吐くと、チェーンで宙を薙いだ。

 複数の金属音に混じって、肉が裂ける嫌な振動が響く。

「ツッ」ラカの太ももから鈍く光る金属棒が突き出ている。

 それを見たエトが叫ぶ。「殺す気⁈」

 神父は首を傾げて言う。「殺すなんてまさか。中世じゃないんだ」

「早く!」ラカが神父を見据えたまま声を荒げる。

「やめた方がいい。キミの腕じゃ全部は落とせないよ。足を見たまえ、次は後ろの誰かに当たるよ」

 ラカは黙って歯を食いしばる。

 悔しいが神父の言う通りだろう。日和田はゆっくりとエトに近づく。いまは自分がこの子の盾になるしかない。殺しはしないと言っているし……戦闘では足手纏いにしかならない。やれることをやるしかない。


 エトそっくりのヒソクが、吟の背後から耳打ちした。「あんたもエフェクタなんでしょ。なんとかしなさいよ」

「ああ、わかっとる。エフェクタちゃうけどな」

「ええ?あんたのお母さんからそうだって聞いたって、ラカから聞いたけど?」

「ややこしいな。しかし毎度余計なこと言うやっちゃな。ちょいとな、事情があんねん。まあ、どっちにしろやることは決まっとる。それはオマエの言う通りや」

 吟は一呼吸おいて声を張る。「エトたちが読み終わるまでアイツを抑え込む」

 神父がそれに反応した。「次の当直が来て通報されるまで持ち堪えるの間違いだろう。私はそれでも構わないよ。少なくとも彼女をディケルに会わせずに済むからね。ビブリオテイカは厳正だ。特例は認めない」

 神父は吟に背を向けたまま話し続ける。「さて、どうするね。ディケルから手を引くならこれ以上誰も傷つかずに済む」

「ほんで、アンタは委員会を招集するんやろ。ディケルの管轄を変更、あるいは封印を提訴するためになぁ」

「まあ、そうかもしれないね」

「ダメッ、そんなことしたらアオの解呪ができなくなる!」エトが首を振る。

「不可能にはならないけど……確実に余計な時間がかかる」ラカが痛みに顔をしかめながら言う。「先生、どうしてですか。どうしてこんなことを?」

「簡単なことだ。プルディエールが目覚めてしまうからだよ。シノミヤ君とディケルが揃えば、遠からずそうなる。そしてそれは世界の終わりの始まりだ」そう言った神父は肩をすくめて付け加える。「まぁ多少大げさではあるが」

「世界が終わる?って何の話ですか」ラカが眉を寄せる。

「さて、あまりのんびりもしていられない。シノミヤくんとリベルを持って帰らせてもらう」

 神父は軽い足取りでラカに向かって数歩進む。

 ラカは思いを断ち切るように歯を食いしばると、両の手を振った。バイク用と思しきチェーンが、わずかな時間差で神父めがけて一直線に跳んだ。

 神父はこともなげに、まず左のチェーンを弾き、すぐさま右側から襲いかかるチェーンを首を傾げてかわした。

「速さは増しているが……勝負事では駆け引きが重要だよ」神父はまた数歩前へ出た。


 今度は左右同時に神父へとチェーンを飛ばしたラカは、着弾の瞬間、指先で軌道を変え、チェーンは神父が防御にかざした金属針をかいくぐった。


 やった!エトの喉まで上がってきた喝采を、悲鳴が塗り潰した。「イヤァッ!!」

 神父はラカの放ったチェーンを紙一重で避け、それと同時にラカの両肩に金属針を撃ち込んでいたのだ。

 ラカが低く呻いて膝をつく。

「イトエくん。奇襲は最初にやってこそ意味がある。らしくないな、どうしたんだい」

「アンタのこと、先生だって慕ってるんだから当然でしょ!」ヒソクが叫んだ。

「なるほど、そういうことなのか?ならばエフェクタ失格だな」神父はラカに迫る。「大人しくしていたまえ。傷は深くない。痛みほどにはね」

 ラカは歯を食いしばりながら両手を広げた。「ダメです……通せません」

 神父はため息をついた。「ラカ君、私はこれ以上君を傷つけたくないんだよ」

「アンタ、なんとかできないの」ヒソクが吟の背中を叩いた。

「せやかてな……オレも力不足は否めんしな」そうつぶやきつつも吟は前へと歩を進める。


 神父は新たな長針をラカの眼前にかざした。それを見上げるラカの目にはまだ迷いがある。

「ギンッ!」

 エトの悲痛な叫び声が響き渡った。「助けてっ、ギンッ!!」

「しゃあないな」吟は頭を掻いた。「正直、力になるかわからへんで」

「それならわかりきったことだ。キミは力になれないよ、無駄に怪我をするだけだ、ネズミくん」神父は振り返りもせずに言った。

「やから、ネズやっちゅうてるやろ」

 吟は首にかけた鎖を引っ張り出した。そしてペンダントトップを握ると、そのまま引きちぎった。

「力になるかわからんのは、気まぐれやからや」吟が手を開くと、鈍く光る指輪が現れた。それを左手の薬指に差し込む。「ハアー、萎えるでホンマ。おいヒソク、離れとれや」

「え?」ヒソクは全身の毛が逆立つ感覚に一瞬立ちすくんだが、すぐさま後退る。

 吟から発せられる異様な雰囲気は神父にも届いたようで、彼は振り返ってまじまじと吟を見つめた。

「君は誰だね」

 吟は黙ったまま、ほぐすように首や肩を動かす。神父はいぶかしげに目を細め、次の瞬間吟めがけて針を飛ばした。

 一直線に飛んだ針が太ももに刺さった。と見えたが、それは吟の足をすり抜け、廊下に突き立った。神父の目がますます細くなる。

 吟は両手を頭上に伸ばし、まるで猫科の大型獣のように大きく伸びをした。「ううーーん、これってどういう状況?」


「ああ、わかったわかった、なるほどなるほど」吟は長身を左右に捻る。「ふん、少しはマシな身体になったようだねぇ」


 それが誰なのか、リベル・ディケルを読んだことのあるエトにはわかった。わかると同時に全身が震えた。畏れと恐れで。

「ブラン……ペルラ」エトは意識せずつぶやいていた。「なんで」

「おやあ、見覚えのある顔だねぇ。いや、面影があるというべきかね」

 吟の顔で、それは愉快そうに唇を歪めた。


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