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ビブリオテイカ/零葉の錬金術師  作者: 浦早那岐
日和田潤 2
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それがエフェクタ

「それじゃ、もうウチにもわかんないですよ」ラカは狼狽して言った。「そんなことより、いったいどうしちゃったんですか?チグサにこんな……ひどいこと」




 ラカの悲痛な訴えに、神父は肩をすくめて応える。「仕掛けてきたのはこのコだよ。正当防衛だ」

「チグサは、先生が言うこと聞いてくれないから仕事しただけじゃないの?それに、先生は大人じゃん!」

「そうだね。だから、大人の事情ってものがあるのだよ」士郎神父はヒソクが戻らないのを確認し、ラカに向き直った。「加勢を呼びに行ったかな。まあ、この学校の警備員など知れているが……とはいえ少々急ごうか。シノミヤ君がいないのなら、リベル・Dだけでも拝借していこう」

「先生、いったいなにを言ってるんですか?」

「人質だよ。彼女はそれを読むために、私と交渉せざるを得ないだろう?」

 ラカは顔を歪めながら数歩下がった。「あんた、いったい誰?」

「シロウタダムネ、聖堂教会の司祭だよ。イトエ君、キミは私の弟子だろう?師匠の言うことを聞き入れたまえよ」

 師への信頼が打ち砕かれ、ラカの顔は絶望に青ざめる。全身に震えが走るのを見た日和田はラカの肩に手を添える。

「よっぽどの事情があるのか、あるいは……」日和田は神父を見つめる。「本当に別人なのかもしれない。精神的に」

「ありがとう」ラカは聴き取れないほど小さくつぶやく。「でも実際、どうしたらいいのかな」ラカの声は震えている。

「そうだな……図書室に入るのは阻止しなくちゃいけないんだろうけど」

 さて、この先生を止める術はあるだろうか。日和田は考える。このままでは実力的にもジリ貧だろう。何か状況を変える一手を打たなければ……我が助手はそう考えてこの場を離れたのだと思いたいが。

 その時日和田の視線の先に動きがあった。神父の背後に伸びる廊下の突き当たりに、その脇の階段を登ってきたと思われる長身の男子生徒が現れた。おそらく杜松医師の息子だ。確かギンと呼ばれていた。

 足音を意図的に消しているところから、神父に不意打ちを食らわせたいらしい。日和田は吟に視線を合わせないように神父を睨む。

 彼の後ろにはヒソクそっくりの女子生徒が寄り添っている。階段を駆け上がってきたのだろう、肩で息している。吟の方はそれほど呼吸が乱れていない。杜松医師が息子はエフェクタだと言っていたし、鍛え方が違うのだろう。

 吟は腕を振り上げた。何かを投げようとしている。石か、あるいは神父と同じように針なのだろうか。まさかナイフではあるまい。

 吟が勢いよく腕を振り下ろすと同時に何かが煌めき、次の瞬間、振り返った神父の千枚通しに弾かれた。

「ハッ、まあそう簡単にはいかんわなぁ」吟が声を張った。

「ふむ、キミの後ろ、シノミヤさんだね?」神父は吟の方へ数歩近づきながら言った。

「なんや、女子高生が好みかいな。捕まるで、実際」

「ネズミくん。プルディエールが目覚めているようだが、放っておいていいのかい?」

「ネズや。目覚めてようが目覚めてなかろうが、ハナから教会は関係あらへん。それともあんたの個人的要件かいな」言いながら、吟は背後を庇うように数歩下がる。

 神父は薄笑みを浮かべて肩を揺すり、吟と同じだけ進む。「少なくともいまのプルディエールをディケルに接触させるのは、あまりよろしくない」

 神父は一歩また一歩と吟に近づいていく。

「通報していないことはわかっている。通報すれば、しばらく図書館は閉ざされるからな。急いでいるキミたちにはありがたくない話だ。とはいえ、当直の交代までそれほど時間もない。しかしそれまで猶予があるということだ」神父は考えをあえて言葉にする。吟やラカ、日和田の反応を探っているようだ。

「おいっ、イトエラカッ」吟が大声で呼びかける。「おまえ、エフェクタなんやったら、きっちり仕事せんかい!」

 ラカは吟の呼びかけに強く拳を握るが、その口から言葉は出てこない。

「現状、キミとあの男子学生が頼みの綱だ。戦えとは言わない。少しの間、足止めできないか?」日和田が言った。

「でも、本を読めるかもしれないエトは向こう側だよ。迂回して来るにしても先生が黙って見てるとは思えないよ」

「いや、大丈夫だと思う」

 日和田がそう答えた瞬間、彼の左手の階段から飛び出してきた影があった。

 ヒソク?

 いや、入れ替わりはとうに済んでいた。

 走り込んできたのは紫乃宮エトだ。

 しかし、そのタイミングはわずかに早かった。神父との距離は五メートルほどしかない。あの飛び道具を躱わすには距離が足りない。

 案の定、神父は即座に反応し、振り向いた。そのときにはもう千枚通し様の武具を振りかぶっている。

「誰もリベル・Dには近づけさせない」

 針を飛ばす神父。走り込んだエトを守ろうにも、吟は神父を挟んで反対側だ。日和田とラカも図書室の入口前にいるので、エトは彼らと神父の間に駆け込んで来ることになっている。周囲の手助けは期待できない。

「避けて!」ヒソクが叫んだ。

 日和田はエトを庇おうと踏み出したが、常人ではどうにもならない速度で事態は進行する。

「え?」エトがヒソクの方を見る。その足に針が襲いかかった。


 キンッ


 それは肉が裂ける音ではない。金属がぶつかり合う音だ。

 神父が放った針が廊下に転がって回る。

 神父が目を細めてそれを見つめ、ゆっくりと口を開く。「イトエ君。どういうつもりかな」

 いつの間にか、ラカはエトを越えて神父との間に割って入っていた。

 これがエフェクタか……! 日和田は戦慄して目を見張った。

 ラカが手のひらで神父と同じ針をクルクルと回し、腰の後ろのホルスターに戻した。

「不正を糾すのがエフェクタ。それがウチの役目」ラカの両の袖口からチェーンがスルスルと滑り出す。

「おやおや、物騒だね」神父は穏やかに笑む。

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