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ビブリオテイカ/零葉の錬金術師  作者: 浦早那岐
日和田潤 2
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ヒソクの気持ち

「どうやら社会的に死にたいみたいね、おじさんンンン」ラカが声を低くして唸る。

「ちょっと待て、冗談だってわからないのか?」

「この子、こんな見た目でクソ真面目なんですよぉ」

 上目遣いで言うヒソクに日和田は顔をしかめる。これじゃ火に油だ。ヒソクのヤツ、楽しんでやがるな。

「ふざけてないで、早くリベルを読みに行こう。時間がないんだろう?」日和田が言った。

「そうですよねぇ」ヒソクはまるでラカだけが悪いかのように睨みつけ、「あ、忘れてた。ラカ、あんたも着替えるんだからね」

「え?どういうこと」

「わたしもわざわざ制服に着替えたんだよ。あんたも図書館高の制服を着るの。じゃないと目立つでしょお、その赤髪じゃあ」

 ヒソクはそこで手を叩く。「そうだ、赤髪のラカとかどう?」

「姉妹で同じことを言ってんじゃないっての」ラカは苦虫を噛み潰したような顔で言う。「まあいいや。で、どこで着替えるの?制服はそれ?」

 ヒソクはラカが指差す壁際に置かれた紙袋を持ち上げて頷いた。「着替えはこの部屋で。多目的トイレでと思ってたけど、こっちの方が少しだけ広いから」

「少しって何だ」日和田がつぶやく。「それで、オレはいいのか?」

「いいのかってなにがです?」ヒソクが日和田を睨む。「着替えですか?バカですか?どう足掻いても高校生には見えませんよ。マスターはそのまま教師のフリでもしててください」

「わかったわかった、もうちょっとマシなスーツでも用意してくれてるんじゃないかって思ったんだよ」

 コイツどうも機嫌が悪いようだと、日和田は余計な口を挟まないことに決めた。


 ラカが着替えている間、住民に会わないかと気を揉みながら待っている日和田に、ヒソクがじっと視線を注いでいる。

「何だよ」日和田が言う。

「いえ、今回のこれって報酬ないですよね」

「そうだな。必要経費くらいはくれると思うが」

「ボランティアなのに、よくやろうと思いましたね」

「まあ、オレにも責任の一端があるわけだしな」

「ないでしょ、そんなもの。そんな責任感でこんな危険なことを引き受けるなんて。ちゃんとわたしを通してくれてれば」

「報酬の交渉をしている場合でもないだろう?これが仕事だとしても。人の命がかかって……」

「断っていました」珍しくヒソクは強張った声をしていた。「やらせませんよ、こんな危ないこと。マネージャーとして断固拒否です」

 日和田は戸惑いから一瞬言葉に詰まった。それで不機嫌だったのか、と日和田は気を取り直し、笑みを含んで言う。「らしくないな。それにマネージャーじゃなくて助手だろ?」

「それはどっちでもいいんです!解呪って、すごく難しいんですよ?対象も施術する側も、どっちも……命に関わるくらい……」

 日和田は黙り込む。一筋縄ではいかないだろうとわかってはいた。しかしあの場では、やらないという選択肢を思いつかなかった。

「だからリベルを読んでやり方を学ぶんだろ?本来なら何年かかかるような修練を、現実じゃ一瞬ってくらいの短時間でできるわけだから」

「ミヤコさんに聞いたんですか」

 暫時記憶を掘り返してから日和田は頷く。杜松医師は確か都という名だった。彼女をそう呼ぶということは、ヒソクは医師と個人的な知り合いなのだろう。

「あの人は楽観的すぎるんですよ。そういうの全て、ディケルがそれを許してくれればって話ですよ。そりゃあ解呪の方法は教えてくれるかもしれませんけど、修行に付き合ってくれるかまではわかりませんよ。それに解呪の方法にしてもですよ、不安はあるんです」

「ふうん、どんな」動揺を隠して日和田は言った。

 ヒソクは眉間にシワを寄せ、「わたしは、エトもだと思うんですけど、いままでディケルがアンブリストの修行に入るところまでしか読めたことがないんです。まあ、高校生になるまではほとんど読めなかったから、これは大きな進歩なんですけど……もしかしたらその先を読むには、なにか条件があるのかもしれない……とか」

 日和田はヒソクの肩を遠慮がちに軽く叩く。「まあ、なるようになるだろ。いまあれこれ考えても仕方がない。とにかく読んでみて、だな」

「え、うんまあ、そう……ですね」

 ヒソクはうろたえているように見えたが、言い終えたときはいつになく真剣な目をしていた。

 日和田は内心まずかったかと自省していた。自分からヒソクに触れることが、いままでほとんどなかったことに気がついたからだ。

 気をつけなければ。下手をすれば事案発生である。

 沈黙に耐えかねた日和田が何を言うでもなく口を開きかけたとき、ドアの方が開いてラカが顔を出した。「ちょっとヒソク、これ大き過ぎるんじゃない?」

 振り向いたヒソクは平然として言う。「大丈夫。卒業する頃にはピッタリになってる」

「ウチってば、育ち盛りだからね、ってなんでやねん!」ラカはボケ突っ込みし、「いや、まだまだ大きくなるけども!」と自分を励ます。

「小さいのがいいのに」ヒソクは無造作に言い放つ。

「あんたってヤツは……」ラカは歯噛みするも、「時間ないんでしょ、とっとと行くよ」

 日和田はドアに鍵をかけ、遅れてエレベーターに乗り込む。狭い空間は三人だと微妙に気まずい。ラカという闖入者がいるだけで、普段考えてもいないこと、つまりヒソクが高校生の女の子であり、自分が女子高校生といるのは場違いであると再認識してしまう。

 箱を出て、大きく息を吸い込んだ日和田は、我知らず息を詰めていたことに気づき、苦笑する。

「確かにおじさんだ」日和田は小さく独りごちる。

 続いてエレベーターを降りたラカが訊いた。「で、こっからはどうすんの?」

「目的地まではバス一本です。バス停まで急ぎますよ」ヒソクがラカを追い越しながら言った。

「やっぱりかぁ。けど人の命がかかった仕事の割に、なんか地味。車くらい手配してくれてもいいんじゃね?」

「人の命がかかっているからこそですよ。公共交通機関にはそうそう手出しできませんからね」早足で歩くヒソクは前を向いたままで答える。

「え?どういうことよ」ラカが声を低めて言った。

「贋作師ですよ。聞いたことありませんか」

「贋作師なんていっぱいいるじゃん」ラカは言ってから、真顔になる。「え、まさか例の?てかホンモノ?あの背皮が?」

「そうです」

「ウソでしょ。そこまでの感じはなかったよ」

「あんたホンモノ知らないでしょ。それにあんたがした同期は様子見だから深度も大したことない。そうでしょ」

「まあ、確かに」

 ラカは大股にずんずん歩いていくヒソクに遅れまいと、ピッチ走法よろしく足の回転を上げて並ぶ。

「それって、おおごとじゃん」

「そうだよ。だから」と言ってヒソクは振り返る。「マスターのバカ!気を抜いたらホントに死んじまいますからね!」

 ヒソクのあまりの剣幕に、日和田は小さく「すまん」と答えるのがやっとだった。

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