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ビブリオテイカ/零葉の錬金術師  作者: 浦早那岐
ディケル・ソロウ
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アンブリストの技

「魂の話からずいぶん逸れてしまったわね」

 ラグは車椅子の上で両手を広げた。「その魂についてだけど、あなたの理屈はわかった。でも証明となると不可能ね。結局、信じるか信じないかってところに行き着くもの。自分の目を直接見ることってできないわけだし」

「ふむ……確かにな。しかしそれと信じ、その法則のもとでのみ可能な事象を引き起こせたとしたら、それは正しいのではないか?」

「実証というわけね。それがあの手品?傷の治りが早いのか、何かタネがあるのか、いずれにせよ魂の存否とは無関係な話よね」

「その事象が、傷を治癒するということならそうだろう。しかしあれはそういうものではないのだよ。前にも言ったと思うが……」

「物質から意味を分離する。それとも剥奪するんだったかしら。意味が分割できるなら、魂もってこと?どうあれ、この目で見てみないことには何とも言えないわね」

「腕を切ってみせたときに見ただろう、黒い影を。あれは意味を失って認識できなくなった状態なのだよ」

「うーん、一瞬のことだったしなあ。あたしの目の調子が悪かったのかもしれないし」

 とぼけた調子で言うラグに、プルディエールの目にはわずかな苛立ち、唇には笑みが浮かぶ。

「あいわかった。いま一度見せてやろう」プルディエールはそう言って自分の荷を探った。

 右手が取り出したのは、止血にも使った透明の珠だ。立ち上がって車椅子に座るラグに差し出す。「いまからコレの意味を剥いでみせよう」

「へえ、いいの?モノの意味だなんて、大変なんじゃない」

「いや、そもそもモノの方が易しいのだよ。この水晶のように単純な構造であればあるほどな。意味の大きさは構造の複雑さに比例する。意味の強度はその変化の速度と量に比例する。そして意味が大きければ大きいほど、強ければ強いほど、それを奪うのに骨が折れる。まあ、道理だな」

 言いながら、プルディエールは手のひらの上で珠を転がす。「意味を剥ぎ取る場合、対象物と何かしらの関係性を構築する必要性があるのだが、こういった単純物であれば触れるだけでも若干の関係性ができておる。電気を知っておろう。それは人間にも流れておってな、それが力の相対物に……」

「そんなのイエス様がお生まれになる前からみんな知ってるわよ。御託は後で拝聴するからさ、早く見せなさいよ」目を光らせてラグが急かす。

「まったく、その言いぐさよ」

 プルディエールは呆れ顔だが、その目は少し楽しげだ。彼女は水晶だというその珠をポイと口に入れた。頬張った珠をモゴモゴと舐め回し、ペッと吐き出す。

「何してるの?」ラグが顔をしかめる。

「濡れている方がうまく循環するのだよ。力がな」その目は手のひらで揺れる珠を見据える。「いいか?見逃すでないぞ」

 プルディエールは転がす手を止めた。

 まただ、また目眩に襲われた。

「これはどういう状態なの」ラグが恐る恐る手を伸ばす。

 プルディエールの手のひらの上にはチラチラと瞬いているような、目を凝らすとそれが目を圧迫したときに見える眼球の中の火花のようにも、手のひらに深淵が穿たれているようにも思えてくる。

「触っても平気?」プルディエールを上目遣いに見ながらラグが訊く。唾液にまみれていることなどすっかり忘れているらしい。

「問題ない。ただ、触れられるかな」

 ラグはそろそろと手を伸ばし、闇を撫でるように指先を動かした。目測では触れているはずだが、ラグは首を捻る。

「何の感覚もないわ」

 そう言うと思いきって掴み取ろうとする。しかし手元には何もない。「ダメ。あるはずなのに」

 好奇心が、唾液にまみれているだろう珠に触るのを躊躇する気持ちに勝った。「オレもいい?」

 プルディエールが頷くのを見て手を伸ばす。指先が触れようとしたその瞬間、ピリッとした痛みが走った。思わず引っ込めた指の無事を確かめ、痛みの原因である影を見ると、それは再び透明の珠になっていた。

「おもしろい。やはりおまえは無作為に復元してしまうようだな」

「何でディッキだけ」ラグが不貞腐れたように言う。

「こいつの場合、家系が関係しているのだろうな。まあ、そう腐るなラグ、無意識に何でも復元してしまうのでは役に立たんし、おまえならば意識的に復元できるようになるのに、そう時間はかかるまい」

「ホント?」

「見ようと思うものだけを見るのではなく、すべてを在るように観ることができるようになれば、女は男より上達が早いものだ。それにわたし直々に手解きするのだぞ。大船に乗ったつもりで構わん」

「やった!」

 ついついはしゃいでしまうラグだが、すぐに真顔を取り繕う。「って、あたしはまだ完全に信じたわけじゃないんだからね」

 プルディエールは苦笑する。「死体の腕が手に入ったなら、そのときは認めざるを得ないくらいはっきりと披露してやろう」

「死体の腕が必要ってことはさ」

 オレは遠慮がちに口を出した。「その闇というか、影?みたいな状態にして手を元に戻すってのはできないんだよね」

「無理だ。傷はいずれ治るものだが、手は生えてこん。この世界の法則から逸脱する事象は起こせんのだ。ただ、見た目の速度が上がるだけだ」

「この世では死体の腕だってくっつかないだろ」

「物質にもその構成要素に段階があるように、意味にも層がある。その根源に向かって幾重にもな。傷は極々浅い部分。誰の腕かというのはその次の次くらい。しかし手を生やすなど、無から有を生むためには根源に到達する必要があるだろう。わたしもそこに至ったことはない。残念ながら理を完全に理解したわけではないのだ。しかしながらわかったこともある。人間が感じる物質的困難さと意味的困難さは比例しない」

「ふうん」

 いまいちピンと来ないオレは生返事をして続ける。「ところでさ、今って手の甲の刺青を見てなかったよね。そもそも関係ないってこと?」

 オレの質問にプルディエールはくいっと口の端をもたげ、「珍しく、良いところに気がついたな。言ったように視覚的効果はおまけなのだよ。この刺青によって皮下に形成される神経細胞網こそ本命。それは背中の刺青も同様だ」

「でも見ることの意味ってあるのよね。意味っていうか効能ってヤツ」ラグが言う。

「意識の同調に手間取らなくなるな。事前に刷り込んでおけばだが。ただ、わたしほどにもなれば、視覚的アドバンテージはほとんどない。それに視覚に頼めば、罠にもかかりやすい。改竄が容易だからな」

「穏やかじゃないわね、罠なんて」

「放っておいてくれない輩というものは、常にいるものだよ」

「そうかもね」

 ラグの言葉にトゲがある気がする。彼女にとって、それはオレなのかもしれない。それともオレの中の罪悪感がそう思わせるだけなのだろうか。

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