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ビブリオテイカ/零葉の錬金術師  作者: 浦早那岐
紫乃宮エト 2
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ガル女のエフェクタ

「お笑いには向いてないな」カルテから目を上げた医師は、ドアが閉まるとラカに向き直る。「それと、キミの力を必要としてるんはエトやなくてこの人や」医師はそう言って視線で日和田を指した。

「このおじさん?えーっ」ラカはあからさまに肩を落とした。「エトいないんですかぁ?」

 おじさんか。まあ、その通りなんだが。日和田は気まずさを顔に出さないよう意識した。何が一番気まずいかといって、おじさん呼ばわりされたことではなく、おじさんと呼ばれた反応を、多少気の毒そうに、しかし面白そうに窺う周囲の目だ。

 エトというのは、さっき病室にいた子か?いることがわかってないようだが……さっき話題になっていなかったか?そういえば誰も名前は口にしていなかった。どうやら黙っていたほうがいいようだ。

 それにしても日和田としては頼み事をした覚えなどないのだが。つまりはこれから仕事を仰せつけられるということか。

 ラカは腰に手を当てて日和田を観察し、「でもこの人、何も問題なさそうですけどぉ?」

「ちゃうちゃう、患者はここにはおらへん、病室で寝とる。ラカちゃんにはその子の背皮、診断してほしいんよ」

「ふうん。ウチが呼ばれるってことは、訳ありってことか」

「せやねん。で、その後の施術をこの日和田さんが担当するわけや。ラカちゃんはあくまで診断のみ。どう?頼める?」

「そうですねぇ。確かにウチはエフェクタで、エフェクタは背皮とかリベルのゴタゴタを解決するのが仕事。だけどウチは教会の人間でもあるんで。図書館の言うなりに働くいわれはないんですよねー」

 杜松医師は両手を合わせ、「そんなこと言わんと頼むわぁ。そっちが困ったときには手伝うさかい」

「えー、ホントですかぁ?やるやる詐欺はナシですよ」


 ラカが現れてからずっと黙っていた赤城が口を開く。「先生、その子ずいぶん若いようですが、アンブリストなんですか?ずいぶんイメージと違いますが」

「アンブリスト!」ラカが赤髪をかき上げ、嘲笑混じりの声を上げる。

「あんな自己中で被虐趣味なヤツらと一緒にしてほしくないんですけど」ラカは胸に手を当てる。「ウチはエフェクタ。刺青入れなくったってあいつらと同程度のことはできるっての」

 そこで不意に我に帰ったようにラカは腕組みして首をかしげる。「ん?でも、それなら何でウチが必要なんですか?息子さんでいいでしょ。指輪持ってるってことはさ、そういうことなんですよね」

「うーん、うちのはちぃっと訳ありでねぇ」

「ふうん。ちょっと気になるなあ」

「いずれな。せやけど特におもろい話ちゃうで」

「杜松先生のご子息もアンブリストなんですか」赤城が言った。

 ラカはあからさまに苛立ちを見せ、「だからぁ、ウチらはエフェクタなんだってば。アンブリストみたいな修行はいらないの。これはいわば天賦の才ってヤツよ」

「いやいやラカちゃん、おばちゃんは、あんたが血の滲むような努力してたんを知ってるで」

「ちょっと言わないでよ。カッコ悪いじゃん」

「いや」赤城は感心したように幾度も頷く。「むしろかっこいいと思うぞ。才能の上に胡座をかかず、さらに研鑽を積むとは。そしてそれをひけらかさない。どうやらわたしはキミのことを誤解していたようだ。謝罪する」

「へえ、ほーん、そう?ウチも誤解してたかもね」

「では仲直りといこうか」

 赤城は手を差し出した。そのタイミングで、さくらが大きく伸びをする。「ふあーあ、よく寝たあ。勤務中の仮眠より気持ちいい眠りってなかなかないよねえ」

 さくらは赤城とラカが手を握っているのを見つけ、「なになに、なんの握手?こいつってばクチうまいから気をつけてねえ。キミってなんかチョロそうだしい」

「バカの言うことは気にしないでくれたまえ。後できっちり躾けておくから」

「あ、バカって言ったな?アホじゃなくってバカって言ったな?バカって言う方がバカなんですぅ。はい論破」

 ラカは顔をしかめ、「誰?てか、バカなの?死ぬの?」


 息せき切って駆けつけたわりに、吟はソロソロと病室のドアをスライドした。病室なのだ、当然といえば当然だが、落ち着く時間を稼いでいたのかもしれない。

 エトと環佳、二人の視線を受け、吟は咳払いを一つした。

「エト、おまえここで何しとんねん」

「ギン?あたしは友だちをお見舞いに来ただけよ。あんたこそなんで……」エトは椅子から立ち上がった。「そうか。あんた、ビブリオテイカの犬、あらごめんなさい、関係者なんだもんね。いても不思議はないね」

「エト、おまえ、この子の背皮に同期ししようしたらしいやないか。どうなるかわかっとるんか」

「うるさいな。わかってなかったよ、確かに。でもあんたにとやかく言われる筋合いはないでしょ。それにまともなやり方があるんなら、また同期でもなんでもするよ、あたしはね」

「おまえ……」ギンは言葉に詰まる。しかし気持ちはもう抑えられなかった。「確かにっ、確かにその子にはオレも同情するわ。けどな、知りおうたばっかりのヤツやないか。なんでそこまで」

 これにはエトも怒りを露にした。「知り合ったばかりってのがなに?知り合ってからの時間が想いの深さを決めるわけ?だったら、あんただってあたしと知り合ったばっかりじゃない。ほっといてよ!」

「すまん。オレが悪かった。けどな、命を懸けることになるんやで。己の命や。そこまでの相手なんてのは……」

 辛そうにうつむく吟を見るとエトの興奮も治まってきた。「わかってるよ、お目付け役だもんね」

「いや、オレは」

「安心してよ。専門家がいるって話だし、あたしが無茶する必要ないから」

「そうか」吟は胸を撫で下ろす。「せやな、おまえのダチは大丈夫や。オレらもできる限りのことはするし」

「うん。ありがと」エトはつぶやいた。

 すると全身に震えがきた。自分ではどうにも抑えられず、椅子に腰を落とす。

「エト、大丈夫?」環佳が心配そうに覗きこむ。

「あれ?どうしたんだろ、あたし。なんか気分が……」

「意思酔いやな。ICSの初期症状や」吟が駆け寄ってエトの手を握る。「訓練すれば自力で抑えられるようなるんやけどな。いきなりはムズいわ。一旦病室を出るで」

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