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ビブリオテイカ/零葉の錬金術師  作者: 浦早那岐
紫乃宮エト 2
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 エトはここに来るまで、そして刑事たちの話を聞いてさらに、どうすればいいのか、何がベストなのかと悩み考えていた。しかし亜生の声を聞いたいま、腹は決まった。

 正々堂々、正面玄関から行く。

 そして白い肌に食い込む無数の赤黒い触手。こいつに亜生から手を引かせる。剥ぎ取るには外科手術が必要かもだけど、侵食を抑えるか、背皮の働きを止めることはできるはず。

「ワカ。アオを横向きにするの、手伝って」

 呼ばれてエトを見た環佳の目は泣き腫らしていて、言葉の意味を掴めていないようだった。

「お姉ちゃんでしょ、しっかりしてよ!」エトは環佳の背をどついた。

 再び意識をなくしている亜生の背中が見えるよう、二人して横に転がした。

 病院着をはだけ、両肩と肩甲骨辺りまでを露にする。その一面に赤黒い網が広がっている。その生々しさは、それらが動いていないにもかかわらず、どくどくと脈打っているように感じられるほど。二人はその異形から目を逸らせず、飲まれてしまいそうになるのを必死で堪えた。

 エトの決意は変わらなかったが、自信は大いに揺らいだ。自分にできるのか?Pの力を借りれば容易いか?そういえば、ここに来てからあいつの声を聞いていない……

 いずれにせよ、触れてみなくては何もわからない。エトは生唾を飲み込む。

「よし。とにかく触ってみる。あたしの様子がおかしかったら、引き離してよ」

「わかったわ」環佳が頷く。

「じゃ、いくよ」エトはゆっくりと右手を伸ばす。少し遅れて左手も。両手を触れ、それぞれを送信・受信とし、背皮との間に情報循環の環を創る。背皮とはそうして読み取るものなのだ。

 右手が背皮に届く。思っていたよりも乾燥している。次に左手……

「ダメだ」

 突然二人の背後から男の声がして腕が伸び、エトの左手を掴んで引いた。針で刺されたような痛みが走る。驚いたエトは、反射的に男の手を払い除けた。環佳は小さく「ひっ」と呻いて亜生を庇うようにベッドに覆い被さる。

「誰っ」エトはベッドを背にして不意の闖入者に向かって叫んだ。チラと腕に目をやって痛みの原因を探したが、本当に刺されたわけではなさそうだった。

 両手を中途半端に上げ、害意がないのを示しながら立っている男は、歳の頃三十前後か。白シャツに黒っぽいジャケット。ネクタイはしていない。

「いや、ノックはしたんだけどね……まあ、入り込む前で良かったよ。とにかくそいつに触っちゃダメだ」

「あ、あなたはあのときの」男を見た環佳がかすれた声で言う。「鑑定の……」

「ああ、覚えてた?キミは武井さんの娘さんだよね」男は顎の無精髭を擦った。

「武井環佳です。こっちはクラスメイトの紫乃宮エト」

 会釈するエトに向ける男の目にはわずかに戸惑いが見える。「日和田です。この件には責任を感じているんだ。それの鑑定をしたのはオレだからね」

 環佳が首を横に振る。「日和田さんが責任を感じることなんてないです。だって日和田さんはこれが危険なものだって言ってくれましたよね」

「売買を止めるべきだったよ。うちの秘書もそう言ってたんだし……」

 日和田は赤城に呼ばれて来てみたものの、呼び出した当人は不在で、病室にいたのは患者の姉か妹、それにその友人……髪や肌の色が違うにもかかわらず、一瞬ヒソクと見間違えたのは、目鼻立ちが西洋風だからか。聞くと名前も違うし、他人の空似だろうが。


 日和田は二人が自分に気づく前に退散するつもりだった。ナースセンターに行けば、赤城の居場所はわかるだろうと思い、彼は扉を閉めかけた。

 そのときヒソクの面影を感じる友人の方が、なんのためらいもなく問題の背皮に手を伸ばすのが目に入った。それも両手。明らかに同期するつもりだ。ミイラ取りがミイラになる。

 そう思った時には、日和田は少女の腕を握っていた。


「同期なんかしたら、離れる間もなく侵食されるよ。経過時間は関係ない。知っているはずだよね」

 エトと環佳は顔を見合わせる。

 顔をしかめた日和田は、「はじめに教えておくべきことだと思うんだが……」と、自分もすっかり忘れていたことなど棚に上げてつぶやく。

「とにかく専門家がいるんだ。彼女らが何とかするさ。君たちもここらで一旦帰った方がいい。担当を呼んでくるから」

 日和田は部屋を出ようとしたところで振り返ると、念を押す。「絶対触れちゃダメだよ、いいね?」

 二人が頷くのを見ても、日和田はまだ不安げな顔のまま扉を閉めた。

 ナースコールを使うことも考えたが、何も知らない看護師が慌てて駆けつけることも考えられる。あの二人ももう言われたことを守るくらいの分別はある歳だろうし、自分が赤城らを呼びに行くのが最善だ。それに……

 日和田にとって本当の問題は別にあった。

 例の白い影だ。 

 紫乃宮とかいう学生の腕を掴んだときからこっち、ずっと目の端にあの女がいるのだ。

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