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ビブリオテイカ/零葉の錬金術師  作者: 浦早那岐
紫乃宮エト 2
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姉妹の部屋

 記憶を頼りに辿り着いた武井家は、家と呼ぶには大き過ぎた。漆喰の高い塀と広い敷地のせいで母屋の屋根すら見えなかったが、余計に想像が膨らむ。

 エトはため息をついて言う。「広いお屋敷で育つと少しおかしな子になるんだね。最近読んだアレのファル姉さんみたくさ」

『非常に個人的見解だな。ならば、おまえもお屋敷育ちなのだろうな』

「知らないけど、あたしは少し残念な子ってだけ」

『自覚はあるのだな』

「独り言が多いって意味だよ。呼び鈴押すよ、いい?」

 押すと呼び出し音はしたが、しばらく待っても反応がない。エトがもう一度押そうか迷っていると、「ハイ」と無機質な声が聞こえた。おそらく家政婦だろう。

 エトはカメラに向かって微笑む。「ごきげんよう。あたくしワカさんのクラスメイトで紫乃宮エトと申しますぅ。本日はワカさんのお見舞いに」

「それはありがとうございます。しかしながらお嬢様はお会いできる状態ではございません」

「そんなに!?」エトは思わず声をあげる。「で、でも、その、ほんの一目でも……いえ、それはご迷惑ですよね」

 大袈裟に驚いてみせつつもエトは頭を働かせる。このまま引き下がるわけにはいかない。「だったらアオさんをお願いします」

「申し訳ございませんが、当家では事前にお約束いただいた方でなければ……」

「そんな、断腸の思いで奮発したサイゼリー屋のプリンが……」

 一呼吸置いて応答がある。「それはそれはわざわざありがとうございます。では、お預かりして」

「そんな、あたしの分もあるのに!」

 今度は完全に言葉に詰まった様子。と、衣擦れのような雑音と女の驚いた声。「あ、お嬢様」

「エト?」咎めるような亜生の声。「ダメだって言ったのに来ちゃったの。熱湯風呂じゃないんだよ?」

「アオ。なんならあんたのお見舞いってことでもいい」

「頭のなか、プリンを食べることだけになってるでしょ」笑みを含んだ声音に変わる。「わかった。パカッと開いてあげるから入っておいでよ」

「言い方!」

「ちょっとお嬢様、困ります」と、家政婦が亜生を諌める声がするも、ブザーが鳴る。おそらく解錠を報せるものだ。

「おじゃましまぁす」

 エトは分厚そうな木製の門を、力を込めて押したが、ビルの壁のようにびくともしない。手前に引こうにも把手はなく途方にくれる。「さっきの音、もしかして警備会社に連絡された?」

「あのねエト……すぐ横に通用口あるでしょ。車じゃないんだから、そっち。そもそもそんな門、重くて一人じゃ動かせないよ」

「なるほど。こんなお屋敷に来るの初めてで。エヘヘ」

『やはり残念な子であるな』Pがつぶやいた。


 木戸を潜ると目の前は石畳で、車道は緩やかに右の車庫らしきシャッターへと続く。来客は左のスロープを上がって、おそらく植栽の先の玄関へと向かうのだろうと足を向けると、向こうからパタパタと足音が近づいてくる。すぐに金木犀の陰から亜生が顔を出した。

「やっぱり来ちゃうんだね、エトは」プリンの紙袋を受けとりながら、亜生は根負けしたような笑みを浮かべる。

「うん、迷惑かとも思ったんだけど、気になったことはちゃんと確かめないと気がすまないタチで」

 現れた石灯籠のある庭園と瓦屋根の下の長い廊下に目を奪われ、エトは上の空で返事をする。まるで重要文化財の石庭のようだ。

「ただのお見舞いなのに変な言い方」

 亜生は土間のような玄関を抜けて突っ掛けを脱ぎ、先に立って寺社のような板張りの廊下を歩くが、不意に立ち止まる。「わたし、エトに謝らなきゃ。ワカね、病院に行ってるんだ。せっかく来てくれたのに、ごめんね。とりあえず部屋でプリン食べよ」

「どこの病院?」

 亜生は背を向けて足早に歩き出す。「教えない。だって教えたら行っちゃうでしょ。病気、うつっちゃうよ」

 エトはスリッパを履いた足でたしなめられそうな音を立てながら距離を詰める。「ねえ、ワカの病気って何?風邪じゃないよね」

 亜生は背を向けたまま、「どうして?風邪だよ。インフルエンザかもだけど」

「でもそれだと、おかしくはないよね」

 亜生が振り返る。「どういうこと?」

 エトはそれには答えず、「アオとワカって相部屋?」

「そうだけど、何で?」亜生は不審そうに眉を寄せる。

「いや、こんなに広いんだから一人部屋かなって思ったんだけどさ、二人が別々の部屋で寝てるってイメージがわかなくて」


 ミニチュア渡月橋のような渡り廊下の先が二人の居室のようだ。離れは小さな平屋で、入ると水回りも一通り備え付けられているとわかる。甘やかされているというより隔離されているようだとエトは感じた。

 二十畳はあるだろう部屋は整頓されていた。三方に窓、入口から奥に引いた直線を軸にして左右対称に配置されたベッドと机。机は入口に背を向ける形で、二台のベッドの間、部屋の中央に丸い卓袱台。机の上の備品まで鏡に映したかのごとく対称だ。

『これはどうやら訳ありのようだな』プルディエールがつぶやく。

「すごくきれいな部屋だ。予想外。アオはもっと散らかしてるかと思ってた」

「失礼な」亜生はわざとらしく怒ってみせる。

「どうせワカに言われて片してんでしょ」エトは部屋を見回しながら言う。

「違うよ」亜生が抗議の声をあげる。「ワカが片付けてんの」

「ダメじゃん」

 二人は顔を見合わせて笑う。

『どちらがこの娘の机だろうか』

「で、どっちが亜生の机?」エトが訊いた。

「こっち」亜生は入口から向かって左側を指した。一瞬その笑顔が強張ったかに見えたが、すぐに澄ました顔に戻る。

「そうか。じゃあさ」そう言ってエトは亜生が指差した左側の机に座り、右の机に顎をしゃくった。「何でそっちの教科書の方が少ないの」

 亜生は答えない。

「あんたのお姉ちゃん好きは、環佳の教科書を持ち出すほどなわけ?」

『決まりだな』Pが言う。『この異常なまでの左右対称は儀式用の配置ということで間違いなかろう』

 何のための、とエトは聞き返さない。それは言わずもがなだ、理由はともかく。

「そっちがあんたの机でしょ」右の机を指してエトは言う。「何で嘘つくの」

 亜生は顔を伏せて黙っている。

「アオ、そっちの椅子に座ってみてよ」エトは立ち上がりながら言う。

 亜生は顔を上げ、怯えたように目を見開く。「なん、で?」

「いいから。自分の椅子でしょ」

「いや、違うよ」亜生は半身引いて首を振る。「こっちはワカの椅子だよ」

 エトは教科書が持ち出されている右側の机に歩み寄ると、その椅子を回し、棒立ちの亜生の肩を掴む。「座って」

 亜生は身体を固くしたがそれだけだ。抵抗する素振りはほとんどない。

 エトに押さえられ、亜生の尻がストンと椅子に落ちた。エトは再び椅子を回して亜生を机に向けた。ブルッと亜生の身体が震える。カクンと頭を垂れる。

 亜生はそのまま微動だにしない。その傍らに立つエトもじっと動かずにいる。

 ハァ。不意に亜生は小さく息をついた。「急だったから、教科書のことまで頭がまわらなかったわ。そもそも部屋にいれるつもりじゃなかったし。やっぱりアオはあなたに甘いわね」

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