姉妹喧嘩
私だけが気づくことができた。
それは単純に私とエルメリが向かい合っていたからだ。お互いを見ていたからこそ私はエルメリの背後にヤツの生き写しを見たのだ。
ブランペルラは完全に気配を絶っていた。それができるのだ。
エルメリの背後に立つブランペルラは、その距離であれば確実にヤツの息の根を止められるだろう。生捕りという私の言葉をどこまで重視するだろうか。私の視線が泳げば、エルメリは背後の存在に気づくだろう。そうすれば一息に殺されることもないだろうが……
瞬時にさまざまな考えが脳裏をよぎったが、どれも意味をなさなかった。
ブランペルラが呼びかけたからだ。
「アンメルル」と。
その瞬間のエルメリの表情をなんと表現するべきか。憤怒、羞恥、恐怖、驚嘆……
一瞬のせめぎ合いの後、憤怒に軍配が上がった。
「てめえ、ブランペルラ……」
そう呻いてゆっくりと振り返る。「その名で呼ぶなと言っただろうが」
「そうは言っても、あんたはアンメルルだからね」
「チッ」エルメリは舌打ちして両手に大針を追加する。
「やるのかい?大人しくしててくれたら助かるんだけどね。先を急ぎたいし」
「おまえらがここにいるってんなら、アタシもここで大人しくしてるさぁ」
「時間稼ぎだね……」
「ご名答。アタシは追手の足止めが主な役割さ。そこのおっさんも一緒なら言うことはないね」
「兄さまは先に行って。わたしもすぐに行くよ」
「そういうのを勘違いって言うんだよ」エルメリが怒りを露わにして言う。「いつまでも勝てる気でいるんじゃないよ!」
ブランペルラは相手にせず、「兄さま、二人は潰したよ。けれど残り一人は四階だろうね」
「バカを言うな、下にはバカ一人だけしか残してねえ」
「だそうだよ、兄さま。急いだほうがいいね」
エルメリが大きく舌打ちする。「小賢しい手を」
私は立ち上がった。上腕は少々痺れているが、これ以上広がらないようだ。
「ブランペルラよぉ、あんな錬金術師、死んだ方がいいだろうに、なんで肩入れする?助けられたことがそんなにありがたかったか?アタシを告発したのもアイツの入れ知恵だろうが。洗脳されやがって」
「アンメルル、それは違う。あんたは人を殺し過ぎる。命は尊いものだよ。わたしはそれを母さまに教えてもらった」
ブランペルラは語る。
世界にはすべてを分解し混ぜ均す力が働いている。神はそこに引力と秩序を生み、それらは混沌から構造を造り上げた。それが物質である。それは破壊の力に抗い、より複雑なものへと自らを成長させ、現段階ではそれが人間などの生命体である。よってそれを破壊する行為、つまり命を奪うということは、神への反逆である。
エルメリは床に唾する。「そもそもの世界が破壊を望んでいるのなら、それに従うことのどこが悪い?グノーシス派の連中の戯言にでも乗せられたか?世界は悪で、神は善だと?世界こそが神だろうが」
「あるがままと言うのなら、アンメルル。少なくとも人間は破壊する側の世界に属しているのではないんだ。わたしたちは秩序と構造側にいる」
「おまえは騙されているんだ、ブランペルラ。あいつはアタシたちの母親じゃあないし、そもそもアイツは神を信じちゃいない」
「信じようが信じまいが神はおわすもの。そして命を創り出すのが母というもの。あのときわたしは新たに生まれたんだ」
二人の論争、ブランペルラの論説には興味が尽きないが、私もやるべきことをやらなくてはならない。それも早急に。
エルメリはもはや私の方に見向きもしない。本当はプルディエール嬢の命も稀少な写本もリベルも、ヤツにはどうでもいいのだろう。
私はすんなりと螺旋階段を昇ることができた。




