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ビブリオテイカ/零葉の錬金術師  作者: 浦早那岐
レッティアーノ・ルーヴ
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会敵

 私は改めて周囲の気配を探った。

 はっきりとした殺意を感じる。向こうもこちらの気配を感じ取っているはずだ。私も殺意を隠す気はないのだから。


 敵は特別閲覧室の前から動いていない。

 私は露店を見て歩くように写本の棚の間を通り抜けていく。相手との距離を測りながら。それは敵も同様のはず。

 それがわかっているからこそ、私は一定の速度で進んでいるのだ。

 敵は動いていない。動けないのか、あるいは罠を張っているのか。それも私と同様に。

 書架の配置は私の知らないものになっていたが、ある程度パターンというものがある。あまりに機能を損なう配置にはしないし、書架の数は一定だ。取り得る配置には限りがある。

 この先には書架が一つというところで、私は向きを変え、足を速めた。

 ぐるっと迂回して別方向から閲覧室に迫る。今度は殺意を消して。そして書架の陰からそっと窺う。


 気というものは物質的には、主に人間の身体から発して空気に乗って漂う臭いという形をとっている。つまり通常の存在と変わりないということであり、アンブリストが操ることが可能なのだ。

 方向を変えるとき、私は殺気の塊とでもいうものを置いてきた。殺気だけを追えば、私はいまだそこにいると思うだろう。そうして私はまんまと敵の背後を取ることができたわけだ。

 もちろんいつも通用するわけではないが、エルメリは引っかかるだろう。なぜならヤツはこちらが誰であれ侮っているからだ。若さと自信がそうさせる。

 そうでないとしても、これより他に方策もないのだが。


 幸い敵は私に気づいていないようだ。

 より都合の良いことに相手はフードを被っている。黒か濃茶の外套。視界はさらに狭くなっているだろう。

 私はブランペルラと同じ針様の暗器を袖口から出し、振り上げた。殺気をこめて。

 もちろん敵はこれに気づき、反射的にこちらを振り返る。

 そうすると、確実に敵の眉間、あるいは喉に致命傷たり得る一撃を放てる。


 しかし私の手は致命的な一瞬、動きを止めてしまった。それはまさに私にとって致命的だった。敵は私の利き手に針を掠めることに成功したのだ。

「おまえ、ブランペルラ⁉︎」

 白髪に褐色の肌。切長の三白眼。

 いや、瓜二つだが、あいつはこんなふうに笑わない。


 まさか私が妹弟子のことでヘマをするとは。

 まさに一生の不覚。

 擦り傷で即死するほどの毒ではないだろうが、腕が徐々に痺れていくのがわかる。針先が刺さっていたならどうなったやら。私も焼きがまわったものだ。


 敵は勝ち誇った笑みを浮かべ、二十センチほどの針を指で弄びながら、ゆっくりと距離を詰めてくる。

「おまえ、エルメリだな……ブランペルラの弟か何かか」

 エルメリは床に唾を吐く。「弟って何だ。アタシがお姉ちゃんなんだよ」

 この声。声までもブランペルラそっくりだとは。どう見てもこれは双子だ。

 エルメリは男ではなかったか?男女の双子もいるにはいるが、これほど似ていないものだ。

「名前だけで男だって思ってたか?まあ、特に女だとはアピールしちゃいなかったが」

 その所業と名前から、私が勝手に男だと思い込んでいたわけだ。


 しかしペルゥのヤツ、こんな肝心なことをなぜ言わない。エルメリが双子の姉だということを。

 どうせ、聞かれなかったからだとか、兄さまが見間違えるはずないじゃないか、などとすました顔で言うのだろう。


 このエルメリの技、針を影にして飛ばしてきた。そうして当たる直前に復元する。弾いてかわそうとするなら、触れた瞬間に復元しなければならない。なかなかの早技が必要になる。

 それにしても触れていない状態でどうやって針を復元しているのだ?気配と同じように空中に針と術者をつなぐ何かがあると考えるのが妥当だろうが……


 それが何であるにせよ物質である必要がある。

 いや、モノでなくとも物理現象であれば事足りるのか?

 音や光、あるいは空中を漂うエーテルとでも?


 あるいは条件付けだろうか。そうかもしれない。相手に届くまでの時間は、暗器を投げる自分が一番よくわかっているはずだからだ。


 いずれにせよ、ただでさえ認識が困難な影が高速で飛んでくるとなると、躱すのは容易ではない。距離を詰められれば尚更だ。

 どうしたものか……私は懸命に考えを巡らせたが、不意にそれが無意味だと気づいた。

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