表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ビブリオテイカ/零葉の錬金術師  作者: 浦早那岐
レッティアーノ・ルーヴ
45/111

侵入

 私たちは回廊をそっと、しかし最速で抜ける。

 仄暗い中央ホールに出るとまず鉄臭さが鼻をついた。すぐにその理由が目に入る。不意を突かれた分室の衛士二人程度ではひとたまりもなかったろう。

 ディケルは目を見開いたまま顔を背けた。ブランペルラと私とで彼らの死を確認する。

 こういうときエフェクタが常駐していればと思うが、重要度が低ければ配属は難しい。ビブリオテイカの数に比してエフェクタは圧倒的に少ないのだ。


 ホールはしんとしている。中央に据えてある天球儀がジリジリと星々の軌跡をなぞっている。聞こえるのはゼンマイの微かな駆動音くらい。見上げる吹き抜けからも人の気配は一切感じられない。


 ぽつりぽつりとある灯火では十分に明るいとはいえない。吹抜けの先はガラス窓だが、月が正面にでも来ない限り、夜間は動きを制限されるだろう。

 確か周囲の壁には小窓があったと思うが、螺旋階段までは届いていないようだ。

 このようなとき、アンブリストは物の存在自体が発する気配を察知し、それを視覚に援用することで、夜行性動物程度には夜目が利くので助かる。


「とにかく二人を捜さなきゃ」ディケルはホールの円塔側を周回する螺旋階段に向かう。


 通常の私設図書館などはこういう吹き抜け周囲に蔵書を配置するが、ビブリオテイカの場合、目に入るのは床下兼天井ばかりだ。蔵書を誇り、また数をもって畏敬の念を抱かせるつもりなど毛頭ないらしい。


「待てディケル」私は呼び止めた。こういうときは我が妹弟子を頼るが正解だ。「ブランペルラ、刺客どもの気配を探れるか」


「やってるよ」

 ブランペルラは目を細める。感覚器官に意識を集中しているときの顔だ。

 気配というものは、存在が発している何らかの物理的現象であり、そこから視覚に関わるものを除いた残りであるといえるだろう。

 音や匂い、特に匂いのもとである物質は思いの外遠くまで運ばれる。ブランペルラはそれらを人間の能力を超えて認識することができるらしい。まるで訓練された犬のようだ。こいつの場合、飼い慣らすのは不可能だろうが。


「二階に強い殺気があるね。まとまった気配はないから、手分けして捜しているんじゃないかい。隠れん坊するにはもってこいだからね、図書館は」

「ヤツらの侵入にすぐ気づいたってことか」表にいた衛士たちも、ただやられただけではなかったということだろう。

 そこで鳥の鳴き声の記憶が甦る。あれは笛の音か。明かり取りの小窓しかない建物のなかに、音がどれだけ届いたかわからないが、聞き取った者はいたのだろう。


「プルディエール嬢の気配は感じられるか」

「感じ分けるのは難しいね。でも近くにはいないようだよ」ブランペルラは肩をすくめる。「それでどうする兄さま。こちらも手分けして捜すのかい」


 そう、それが問題だ。


 最優先事項は何か。もちろんプルディエール嬢の命だ。ならば、何を置いてもディケルをこそ彼女のもとに向かわせねばならない。

 しかしエルメリと鉢合わせた際、ディケルの技量では心許ない。ブランペルラならば二、三人いたところで造作もなく打ち倒すだろうが、その歪んだ愛ゆえにプルディエール嬢に対してどんな行動に出るかわかったものではない。

 女騎士がエルメリを止めてくれる可能性は高いが……彼女はラグランティーヌを優先するだろう。

 私とディケルでプルディエール嬢のもとに向かうべきか。おそらくそれが正しい。


 そこで問題になるのが、いったいプルディエール嬢はどこにいるのかということだ。

 護衛を増やしていたところをみるに、私のメッセージは受け取っているらしい。

 いつも通りだとすると彼女の所在は三階の特別閲覧室だ。ラグランティーヌと騎士も一緒だろう。

 しかし彼女が別の方面から何らかの情報を受け取っている場合、話は違ってくる。


 エルメリがこのビブリオテイカ分室に何らかの目的をもって押し入ったのは明白だ。しかしその内容となると定かではない。

 エルメリがアンブリストの暗殺を請け負うこともあるからといって、直接的にプルディエール嬢の命を狙ってのものだとは断定できない。

 私としてはディケルとエルメリが鉢合う事態も避けたい。甥っ子の命を危険にさらすわけにはいかない。


 プルディエール嬢は彼らの狙いは自分と見て、どこか頑丈な扉の向こうに隠れているだろうか。三階の特別閲覧室や、四階の重要リベル保管室のような。

 それともリベルが目的の押し込み強盗だと聞いて四階から退避しているだろうか。

 自分が狙われていると思うなら、これまで頻繁に出入りしていた三階の特別閲覧室は避けるだろう。


 このまま考えていても埒が開かない。私は一番可能性が高い事態を想定した。彼女たちは四階のリベル保管庫に避難していると。

「ペルゥ、おまえは下の気配から順に対処してくれ。くれぐれも敵と司書を間違えるなよ」

「近づけば殺気でわかるさ」

「ディケル、オレたちは最上階を目指すぞ」

 私は特別閲覧室への対処を三階通過時の様子で決めることにした。

「わかった」ディケルは頷く。

「よし、気をつけろよ」

 そうディケルに声をかけてから私は思い至る。ディケルの命の優先度は?プルディエール嬢より下なのか?本心ではもちろんディケルの命を優先したい。しかし状況によってはそうできないかもしれない。公私どちらの私が勝つのか、今の時点ではわからない。


 ブランペルラを振り返ると、階段の先に一瞬くるぶしから下が見えた。相変わらず速い。速すぎる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ