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ビブリオテイカ/零葉の錬金術師  作者: 浦早那岐
日和田潤
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過敏性意識症候群

「ご苦労だった、日和田くん。またお願いすることもあるだろうから、そのときはよろしく」

「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」

「報酬は口座に振り込ませておく」

「ありがとうございます。では私たちはこれで失礼いたします」

「ああ、こちらこそありがとう。キヌネさん、お見送りして」

 日和田は一礼し、何か言いたげに依頼人を見つめるヒソクの肩を押した。絹音に続いて部屋を出る。


「マスター、商売だってのはわかりますけど、もう少しフォローしてもよかったのでは?」ヒソクは前を歩く絹音にも聞こえるようにか、心もち声を張る。

 反対に日和田は声を落とす。「あの子はできないと言ったんだ。危険はない、それでいいじゃないか。親子関係に首を突っ込む気はないよ」

「見損ないましたよ、マスター。この薄情もの」

 実際、日和田としても悩ましくはある。初めて見た少女に情が湧くかといえば、そんなことあるはずもないが、背皮にかけられた呪いで身を滅ぼすのを黙って見ているのは、さすがに寝覚めが悪い。

 だが、今回はワカという娘に同期する気か能力がなく、実害はないだろう。依頼人の家庭には少々問題がありそうだが、それは日和田が口出しすることではない。虐待を受けているとまでいえるかどうかも、立ち入らなくてはわからない。

 娘が実害を被れば虐待ということになるかもしれないが、それまでは法的にも、おそらく家庭内でも問題にならないだろう。

 オレにできることは注意喚起だけだ、と日和田は思う。あの背皮の所有権は依頼人にある。リベルならともかく、日和田は背皮に人格や基本的人権を認める意見に賛同しているわけではない。所有者の意向を無視してその所有物を処分することは認められない。


 深々と頭を下げる絹音と彼女を飲み込むかのような黒い門を後にして通りに出てからも、長い塀沿いに歩きながらヒソクの不満げな訴えは続く。

「マスター、せめてビブリオテイカに相談するように言ってくださいよ。あの詐欺師じゃなくって」

「ああ、まあ、そうだな……」

「もうっ、シャキッとした返事くださいよ!」

「だから、そうは言ってもだな……」

 食い下がるヒソクから目を逸らした日和田は、前方を塞ぐ人影に気づいた。


「よっ、ご両人、痴話喧嘩してるとこちょいとごめんよー」

 よく見ると、先程の私服警官二人が歩み寄ってくる。日和田たちに声をかけたのは、もちろんさくらだ。

 ヒソクが日和田を上目遣いに睨む。「ほら、やっぱり愛人だと思われたじゃないですか」

「いや、違うだろ。からかわれてるんだよ」

「条例違反で逮捕しちゃうぞ」

 日和田は額に手をやる。「……まったく度しがたい」

「そす」とヒソクも頷く。

「おまえもそっち側だぞ」

「んあーっ、そんなバカなぁ」ヒソクは日和田のジャケットの裾を引っ張る。

「やめろっ、一張羅なんだぞ」

「いや、本当に痴話喧嘩ですね」赤城は癖毛を揺らす。「先ほどは失礼しました、日和田さん。私は県警の非科学犯罪対策係の赤城と申します。そしてこいつは犬です」

「ワンワンッ、ってなんでやねん!あたしはどう見てもネコ科だろー」

 日和田はいちいち気にすることをやめ、「で、警察の方が何の用です?」


「二、三お話したいことが」

 何やら面倒事の匂いがする。「ボクは依頼を受けて真贋鑑定をしただけですし、月並みですが守秘義務というものもあります」

「いえいえ、あの本は今のところどうでもいいんですよ。いわば共通認識のための情報提供とでもいいますか」

 日和田は眉をひそめる。


「人を呪い殺したとしても司法は裁けない。それは知っているでしょう」赤城が訊いた。

 予想外の話題に暫時考えてから日和田は答える。「それは正確じゃないのでは?呪い殺したと誰かが、たとえ加害者自らが主張しても、でしょう。本当に呪い殺したと証明できるのなら裁けるはずだ。まあ、現時点では無理なんだろうが」

「あなた、面白いね。現時点では無理、とは。つまり呪いが実在すると思っているわけだ」

 日和田はゆっくりと口を開く。「言葉の綾だろ」

「それは無理がある」赤城は微笑する。「まあ、つまりその通りで、呪いは存在していますよ。現在は非科学的とされていますが」

 赤城は数歩近づき、声を落とす。

「人は人に呪いをかける。ある状況下における効果的な言葉。それだけで人は呪われる。意図せずということもあるでしょう。SNSでの誹謗中傷もそう。意識と意識が繋がった時点で影響力は行使できる。それは信仰心、信じる心、信じやすい心に働きかける。時代とともに信仰心は薄まっても、人は何かを信じやすい。矛盾しているようでも、情報量の大波に飲まれる。それに……」

 赤城はちらりとヒソクを見る。「もっと魔術的な呪いもある。もちろん現在の科学と矛盾しないものが。今のところごく少ない件数しか認知されていないから、内々で処理できているけれど、近いうちにそうはいかなくなると予測されていますね。それには私も同意見だ」

 赤城の独演中、さくらは急速に興味をなくしたらしく、拳銃をもてあそび始め、ジャグリングのように放って背中で受け取ったりしては、一人悦にいっている。

 赤城は、バカは放っておいていいというように肩をすくめ、「そこで呪いによる殺人や傷害その他を犯罪として立件できるよう、証明法を確立しなければならないということになる。で、ここで会ったのも何かの縁。力を貸してほしいのですよ」

「そんなことを言われると……ただの偶然とは思えなくなる」

「運命と言った方が良いならそれでも」

「そうじゃない」間違いなく鑑定するのを知っていて来ている。古書商を引っ張るのと合わせて一石二鳥というわけだ。

「あなたのその技術、呪いの力の測定に生かせそうなんですよ」

「呪いを?測定?」日和田は思わず声を上げた。

「心理的経験には必ず物理的相対物がある、と聞いたことは?確かにそのほとんどは脳の活動に帰されるだろうね。しかし物事とはそれだけで存在しているわけではない。繋がっているし、連続している。心理的経験には物理的活動が対になっている。しかしそれが常に自分の肉体の中に存在するとは限らない。繋がっていればどこでも構わない」

「なるほど、言いたいことはわかりますよ。リベルを読むことは、リベルの中の物理的活動を自分自身の延長として、心理的経験を得ているように見えるでしょうから。しかしこれは有線だ。物理的繋がりがある。しかし呪いはそうじゃない。物理的接触がない」


「そうですね」赤城は顎に触れつつ頷く。

 そんなことは指摘されるまでもなくわかっているはずだ。持ち札はまだあるはず。もったいぶらずに出せよ、と内心で日和田は呟く。

 思った通り赤城はここからが本題とばかりに薄笑みを浮かべる。「ところで日和田さん、過敏性意識症候群って聞いたことありませんか。irritable consciousness syndrome 、通称ICS。最近患者数が増加傾向にあるのだけれど」

「自意識過剰が過ぎる神経症かなんかですか」


「いやいや、自己完結型の思い込みとはわけが違う。それに正確には意識ではなく意思なんですよ。consciousness じゃなくvolitionあるいはwill にすべきだと私は主張しているんだがね……お年寄りには誰も文句を言えないんですよ。メタなんとかみたいなものです。とにかくだ、 ちょっと矛盾しているようだが、『自制できない意思』の恐ろしさはわかるでしょう?」


「意思は肉体に影響を及ぼす」そう言ってから日和田は失敗したかと思ったが、赤城の表情は変わらない。どうやらリベルや背皮、アンブリストについての知識は日和田と同程度には持っているようだと感じられた。日和田もそのつもりで話すことにする。「それが否応なしにってことになるわけだ。呪いにかかるって意味がわかった気がしますよ」


「そうでしょう。それに驚くなかれ、最近の研究では、テレパシーとでも言えそうな実験結果が出ている」

 赤城は少し首を傾けて日和田の反応を伺っている。彼が黙っていると、つまらなさそうに口角を下げ、「つまり、伝播方法なんておいおいでいいんだ。存在が確かなものとされて、それが人の精神に干渉することがわかれば、その経路は存在するわけで、自ずと明らかになる。まずわからないことがあって、それに説明を与える。科学とはそういうものでしょう?」


 それについては日和田も同意見だ。「なるほど。取っ掛かりとしては十分かもしれませんね」

「そして彼らは、わかると思うけど、さっき言った呪いにかかりやすいタチなんだよ」

「ああ」日和田はわずかに眉を寄せて言う。

「とりあえず一度、ウチを訪ねてはくれないだろうか」赤城はそう言って名刺を差し出す。

 日和田は一呼吸置いて受け取った。「気が向いたら。都合のいい時間帯は?」

「いつでもいいですよ、基本的に暇なんでね。まあ、事前に連絡をくれた方が確実だろうが。何事にも例外はある」

 日和田は名刺の電話番号を確認した。「携帯ですか。非通知でもちゃんと出てくれますか」

「もちろん。コイツにはすべての着信に出るよう言ってある」赤城は親指を立てて背後のさくらを指す。

 拳銃で遊んではいても、さくらはちゃんと聞いていたらしく、すぐ反応する。「非通知って、ほとんどがイタ電なんだけど……え?どゆこと?」


 日和田は名刺をジャケットのポケットに滑り込ませると、基本的な疑問を投げる。「そもそもボクのことはどうやって知ったんです?ビブリオテイカの鑑定人名簿ですか?」

「いやいや、ある方にご紹介いただきましてね」

 日和田はヒソクを振り返る。ヒソクはブンブンと首を振った。

「不肖の弟子でよければ貸す、と言っていただきました」

 アスワドか。あの不良装飾師め。

 苦虫を噛み潰す日和田を見ると、赤城はうっかりしていたというように声を上げる。「ああ、そうだ。タダで手を貸せとは言いませんよ、もちろん」

「おやおや、商売繁盛ですねぇ」日和田の背後に隠れるようにしていたヒソクが前に出て両手を揉み合わせる。「でも、話はマネージャーのわたしを通してくださいね」

 助手じゃなかったのか。

「未成年の出る幕じゃない、村崎コト」赤城は少々剣のある声で言う。「お母さんが心配しているぞ」

「えー、人違いですよぉ」

 笑みがぎこちない。内心の動揺を隠しきれていないようだ。しかしそれが本名なら、学生証にヒソクとあったのはなぜだ。


「人違い?そうか?セントヒルデガルド学院二年一組、身長百六十三センチメートル、体重四十九キログラム、スリーサイズは上から八十二、五十九、八十六の村崎コトではない?視力両目とも1.0以上、成績はほぼオール五、理想のタイプは……」

「個人情報!」叫ぶヒソクからは、彼女の素が垣間見えた気がした。

「まあ、そんなところまでは知らないが」赤城は澄ました顔で言う。

 ヒソクは歯噛みし、「いいですよ、今日のところは帰ります」と一歩後ずさるも、その目はあとで根掘り葉掘り聞かせてもらうと言わんばかりの圧だ。「それじゃマスター、これからよろしくお願いしまうー」

「しまうー?」

「結構好きでしょ、ショートカットのああいうタイプ」

「は?いや、それならオレはトラ……何の話だよ。とにかく駅まで送る」

「大丈夫です。こう見えて強いですから」ヒソクは警察だという二人を通りすがりに一睨みすると歩き去った。


 赤城が嘆息する。「いろいろと世話をかけているようで申し訳ない。あの子、知り合いの娘さんでね。どうも遅めの反抗期らしいんですよ」

「一応言っときますが、ウチに転がり込んでいたわけじゃないですよ」

「ご心配なく、わかっていますよ。コイツに調べさせた。キョウカイで寝泊まりしてるらしい」赤城はさくらを顎で示した。

 キョウカイ?教会か、それとも協会だろうか。

「あなたのことも調べさせていただきました」

 赤城は細い目をさらに細める。「あなたの人生を大きく変えた事件についても、お教えできることがあると思いますよ。まあ、これを言う前にご承諾いただけて何よりでした。そういう何かをチラつかせて首を縦に振らせるというのは、好みではないので」

 十分強請られた気分なのだが、いろいろ抗議しても無駄だろうと、日和田はさくらを見て思う。


「自称マネージャーさんの前では言いづらかったのですが、つまりどこの息もかかっていない背皮持ちさんと伝が欲しかったんですよ。それにそのリーダーとかいうヤツ。そそられますね、研究者としては」

 日和田の訝しげな表情を見ると赤城は微笑した。「マン=マシン・インターフェースはご存じですか?」

 その一言で日和田は理解した。「リーダーの仕組みを流用したいってことですか」

「中身を使うわけではありませんよ。ただ、中身の仕組みを機械的に再現できないかと」

 日和田はわずかに首肯する。言っていることを全面的に信用するつもりはない。「しかしですね、オレはどこの組織にも属していないってわけでもないですよ。ライセンスはビブリオテイカだ」


「わかっています。信条的にってことですよ」

 赤城は薄笑みを浮かべて続ける。「今日のところは我々これで引き下がりますが、日和田さん。追いかけなくていいのですか?彼女にも敵の一人や二人いるはずですよ」

「ご忠告どうも」

 日和田はヒソクが向かったはずの駅へと踏み出す。


 敵だって?日和田は陰謀論めいた非現実的な言葉にたじろぐが、今日の鑑定対象に見た恐怖と呪詛が脳裏をよぎる。

 降って湧いた不安に急かされ、日和田の足は強くアスファルトを蹴る。

 

 つまるところ、これもまた呪いなのだろう。


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