依頼人と娘
……しかしこの贋作に使用されている背皮が製作から七十年経っているか、それが確認できるまで合法であるとも言えません」
「個人的な利用に留まるとしても?」
「それでもです。加えて著作権侵害とは別の容疑もかけられるかもしれませんね」
「いったい何の容疑だ」
「殺人、ということも考えられますが、まずは窃盗でしょうね。贋作に使用される背皮の九割近くは盗まれたものです」
「それ、盗品かもねー」ジャケットの私服警官が依頼人に片目をつぶる。
盗品という言葉に依頼人の顔が歪んだ。それは所有権に関わる問題だからだろう。
リベルや背皮、背布について、日本国の憲法で何らかの保障がされているわけではない。しかし民間の資格があるように、リベルなどの関係者ーー所有者や取引をする者も含むーーに限って拘束する取り決めというものは存在する。そして実効性を持たせるための力も。確かエフェクタとかいったか。
公権力も無縁ではなく、警察のなかにもそれを担当する部署があると、日和田も聞いたことはあったが、正直……
こんな感じで大丈夫なのだろうか。でもまあ、白衣を着た赤城とかいう方は頭が切れそうだ。
「とにかく」赤城は依頼主に向き直った。「一度こちらで精査する必要があります。
赤城の申し出に依頼人は唸った。
「いいだろう。しかし押収すると言うのなら、それなりの手続きをして出直してくれたまえ」
「どうしても?」赤城が念を押す。
「くどい」依頼人に引く気はまったくないようだ。
「ファイナルアンサー?」
さくらのこの問いには一瞥もくれず、依頼人は家政婦に声をかけた。「ワカを呼んでください」
「はい」家政婦は一礼して部屋を出た。
「和歌を詠んでくれって言ったのに出てっちゃった」さくらが間の抜けた声で言う。
「いいからあんたは黙ってな」
赤城は無表情の裏で次の手段に頭を巡らしているに違いないと日和田は思う。
「用は済んだのだろう?そろそろお引き取り願えますかな」依頼人はひとまず主張が通ったことに安堵した様子を隠すように咳払いをしてから言った。
「わかりました。お時間をとっていただきありがとうございました」赤城は白衣の裾を翻した。「さくら、行くよ」
「えー、まだお茶菓子も出してもらってないー」不満の声を上げながらもさくらは後に続いた。
依頼人が大きくため息をついたタイミングで、白いブラウスに濃紺の膝下丈スカートを履いた高校生くらいの少女が入ってきた。
慌てて来たのだろう、肩甲骨の半ばまで伸びた黒髪が乱れている。その立ち居振る舞い、眼鏡の奥の伏目から、父親に対する恐怖が日和田には見てとれた。
「ワカ、この背皮を剥がせるか」
少女はちらりと日和田を見、それからヒソクに視線を移して目を見開く。
「どうなんだ」依頼人は声量を上げた。
ビクッと身体を震わせた少女は、おずおずと手を伸ばし、革の装丁に触れる。
「どうだ?」父親が問い詰める。
娘は首を振った。「無理だと、思います」
父親はむっつりと黙り込み、娘はさらに縮こまる。
「役立たずめ」父親が小さく吐き捨てるのが日和田にも聞こえた。
「武井さま。差し出がましいようですが、復元は専門家に任せた方がいいのでは。実際何が飛び出すかわかりませんので、非常に危険です」
「背皮の培養シートが出てくるんだろう?」
「それだけではこの重量の説明がつきません。ただの重りであれば問題ないのですが……」
依頼人はこれでもかと眉間にシワを寄せたが、フッと息を抜いた。「わかった。トクサに相談するとしよう」依頼人はそう言うと娘を見た。「もういいぞ、部屋に戻りなさい」
「はい」娘は日和田に頭を下げると、そそくさと部屋を出ていった。




