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ビブリオテイカ/零葉の錬金術師  作者: 浦早那岐
日和田潤
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ミミック

 ヒソクか?

 日和田が振り返ると、手を離して身を引きながらヒソクは首を振る。

「何なんだ」日和田はできるだけ声を落として言う。今度は依頼人までもが顔をしかめているだろうことは見なくても想像がつく。


 妙な緊張感を伴って静まる場に突然携帯の呼び出し音が鳴る。聞き覚えがあるようなないようなそれが、自分のジャケットのポケットから発していることに、ツーコール鳴り終わるまで気がつかなかった。取り出した携帯を見て日和田は顔をしかめる。


「すいません。ちょっと失礼します」

「きみ、本当に失礼だぞ」すかさず古書商が言うが、駄洒落のようで締まらない。

「構わないよ。時間で払っている訳じゃない」依頼人が腕組みをほどいて立ち上がる。「僕も少々失礼する」

「申し訳ありません」日和田は頭を下げ、依頼人に続いて応接間を出た。ヒソクがついてくる。


「それで?」廊下の隅で日和田は溜め息混じりに言う。「なんなんだ、自分の携帯にタイマーを仕込むまでして。ダメだってのと関係あるわけか」

 ヒソクが呼び出し音に似せたタイマーをセットした自分の携帯を、日和田のジャケットのポケットに滑り込ませていたのだ。


 ヒソクは肩を揺する。それから応接室を指し、腕をクロスさせる。

「あの本がリベルじゃないって言ってんのか?まあ、オレもそう思うよ。だから最終的な確認をだな」

 ヒソクは首を振り、顎に手を当てて考え込む。


「何でいまジェスチャーゲームなんだよ」

 今度は日和田を指し、続けてヒソクは自身の口を横になぞる。

「確かに黙ってろって言ったけどな……面倒くさいヤツだな。わかった。喋るの解禁だ」


 ぷはっ。大袈裟に息をするヒソクを日和田は忌々しそうに見る。「何なんだよ、バカ正直さのアピールかよ」

「バカは余計でしょお、わたしって素直ないい子なんですよ、面倒くさくも後腐れもない都合のいい女なんですよぉ?」

「愛人みたく言うんじゃない。助手だろうが」

「ハイ、助手決定ぇ。それでマスター、師匠に言われたこと忘れたんですか?背布を使った偽物のこと」

「偽物の烙印を押すには、客が納得できる論拠が必要だろ?売りつけたいって商人も一緒にいるんだぞ。てか、サラッと何か決めてたよな、いま」

「細かいことはいいですから、鑑定に集中してください。いいですか、あれはミミックかもしれないんですよ、魔法収集が趣味のエルフみたくなりたいんですか?」

「誰だよそれ。でもまあ、助かった」


 アスワドが口を酸っぱくして日和田に忠告していたもの。読む者の精神を侵食する危険な贋作。思い至らないなんて、うっかりするにも程があると日和田は自分に呆れる。

 それは意識の領域から侵食し、同時に物質としての脳を改変してしまう。

 結果的には外科手術と同じーー可能ならしめる技術があるとしてーーだが、もちろん別の話だ。

 そしてあくまで意識に干渉するのであるから、意識のないものには影響がない。神経回路が変化しないフォルマ(演算能力系)背布もその一つである。


 ただ、この鑑定対象は本物のリベル同様、紙の頁の擬装が施されている。そういうことができるのは、アンブリストのなかでも高い技術を持っている者のはずで、贋作作りに手を染めるとは考えにくいのだが。


 日和田の過去の案件でも、生きた背布を用いてここまで巧妙に製作していたものは一つきりだった。彼は当時を思い出す。あれは苦労した……もう一度と思うと気持ちが萎える。とはいえ現時点で引き下がるわけにもいかない。


「忠告ありがとうよ。けどなぁ、贋作だとしても客を納得させる根拠がいるだろ。一番手っ取り早いのは、客の目の前で復元してみせるってのだが。まあ、復元しないってのは鑑定の基本だし、オレは意思力使ってもできないけどな」

「無意識に復元しちゃう人もいるみたいですけどね」

「何だそりゃ、意思の力を無意識に使うって矛盾してるだろ」

「たまにいるらしいんですよ、そういう人。マスターがそうじゃないんならその方がいいですよ、安全だし」


 これは暗に目の端の女に注意するよう釘を刺しているのだろうか。しかし今のところ日和田にとって復元は、仮に女の協力があったところで夢物語なのだが。


「まあ、何が飛び出すかわからんからな。爆発寸前のC4とかだったら終わりだし」

「そんなものを無差別に仕掛けるアンブリストなんていないと思いますけど」

「例えばの話だよ。だけどな、実際贋作作ってるアンブリストはいるわけだろ」

「まあ、そうですね。困ったことに」ヒソクは嘆息する。

 つられて日和田も息をつく。「要は同期せずに本体の正体を突き止めにゃならんってことだな」


 日和田は浮かない顔になる。できないことはないが、できれば避けたい。アレは物理的に眼が疲れる……

 だからといって自宅に置いて出ることはないが、使わないで済むよう、常に最大限の努力をしてきた。

 しかしながら現状において他の方法は思い付かない。日和田は長嘆息すると応接間へと踵を返す。


「助手よ、ついにアレを使うときが来たようだー」まったく気乗りしない日和田は、台本を棒読みするように言う。

 ヒソクは微苦笑するも、雰囲気を変えるためか、声を張る。「ハハア、さては伝説の妖刀、ウルサイですねっ」

「サミダレだろ」思わず日和田の口許が綻ぶ。「字が似てるからってどんなボケだよ……じゃなくてリーダーだよ、用意を」

「つまりそれを攻性防壁的に使うわけですね」

「電脳戦じゃないっての。とはいえ、防壁的に使うんだけどな」

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