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ビブリオテイカ/零葉の錬金術師  作者: 浦早那岐
ディケル・ソロウ
3/103

白き暗殺者

最短距離を取ったせいか尾根の道に出るまでそれほど時間はかからなかった。しかしあの騒動があった場所からは少し離れているようだ。オレはできるだけ足音をたてないように急いだ。

 折れた道を抜けて視界が開けたとき、藪のなかを探すまでもなく死体が見つかった、と思った。二十メートルほど先に、一つどころではなく、少なくとも十は倒れ伏している。いったい誰の死体なのか。それは考えるまでもなかった。

 父さんっ

 叫びそうになるのを何とか堪えた。

 枝葉を通して零れる月明かりのなか、白い法衣が倒れた仲間たちに囲まれて静かに立っていたからだ。

 目を凝らして見ると神父のそれとはずいぶん違う。

 膝下まである外套から伸びているのは、昔見た東方の商人のようなゆったりとした膨らみの、足首が締まった白ズボン。

 黒い幅広の帯を腰に巻き、フード付きの白い肩衣を着けているようだが、一般的なものより縦は短くて腰上までしかなく、逆に横幅は長く肩まで覆っていて、縁に装飾的な黒い十字が並んでいる。

 そしてその手に鈍く光るものは短剣だ。短く切った白髪といやに黒い肌。やはり東方の人間か。

 身体が凍りついたように動けないでいると、小さな音、それに明滅する光が意識に引っかかった。

 呻き声だ。

 倒れているのは死体ではない。

 意識は朦朧としているようだが、確かに生きている。

 微かな光は金属片が反射する月光だ。倒れているうち幾人かの手足から、キノコのように大きな縫い針様のものが生えている。痛みに悶えることでそれらが光をちらつかせているのだ。

 少し落ち着いてくると生きた人間の気配がはっきりと感じられた。

 ホッとしたオレが思わず詰めていた息を吐き出したときには、もう目が合っていた。逃げ出したかったが、行き先を決めなければ身体は動かないものだ。

「おまえ、こいつらの仲間だな。安心しろ、誰も死んではいない。神獣狩りについては不殺と決まっている。同門のよしみということもあるしな……」

 殺し屋は倒れ伏す相手から無造作に金属針を引き抜いてまわる。

 若い女の声だ。

 黒と見えた十字の装飾や腰帯は血のような深紅だった。錬金術師は危害を加えないと言っていたが、殺さないというのとはずいぶん開きがあるじゃないか。こいつは殺さないと言っているだけで殴り倒さないわけじゃない。いや、殴られるどころか凶器の餌食になる。

「おまえ、影がどこに行ったか知らないか」

 女の問いにオレは不自然なほど勢いよく首を振った。女への恐怖がそうさせたのだ。

「追うのは難しいか……ならばアレの始末でもつけておくか。目的地は知れているのだしな……」殺し屋は疑うそぶりがない。確かに普通に考えるとオレが嘘をついてあいつを庇う理由などないのだ。

「おまえ、後始末を任せていいか」

 オレが頷くと殺し屋は、まったく人遣いの荒いことだとかぶつぶつ言いながら藪を掻き分けて消えた。おそらく錬金術師の影が飛び出してきた辺りだ。アレとは死体のことだろう。腕は諦めざるを得ない。

 錬金術師には悪いが、オレはホッとしていた。

 殺し屋が戻ってこないかと一応様子をみたが、どうやら本当に去ってしまったようだ。

「ごめん、父さん」つぶやいて、オレは錬金術師のもとにとって返した。


 見たままを伝えると女は何も言わず苦渋に満ちた顔で考えに沈んだ。本当に死んでいるとは思っていなかったようにも思えた。お悔やみを言うと、それほど知った仲ではないという答えが返ってきた。

 そういうやりとりをしていても、腕の断面の処置ばかり気になっているオレは、早く山を下りて医者に連れて行きたかった。

 女は黙考から顔を上げた後、オレの提案に首を横に振った。「町はダメだ。あやつはわたしの目的地を知っておる。それはあの城下町にあるのでな。確実に張っておるだろう」

 そういえば殺し屋もそう言っていた。

「だったら、村はずれの教会はどう。医師見習いのようなヤツがいるんだけど」

「教会か。なるほど、新鮮な死体もありそうだな」

「まあ、運がよければ。いや、悪ければなのか?」

「いいだろう、案内しろ。ただしわたしは血を失いすぎて、もはや一歩も動けん」

「背負えってのか」

「さっきみたいに抱っこでも良いぞ」錬金術師は初めて微かに笑みを浮かべてみせた。

 背格好のわりに妙に重い女を背負い、極力音を立てないように、昔馴染みの獣道を下った。

 この道の分岐の一つは村を迂回して教会の裏手に続いているはずだ。以前は毎日のように歩いた勝手知ったる道だが、あの事故以来山に来なくなって久しい。

 あんなことさえなければいまでも足繁く通っていただろうか。それとも十六歳にもなれば、現にそうであるように、もう山で遊ばなくなっていただろうか。

 感傷よりももっと昏い気分に沈んでいると、首に回されている女の腕に力が入った。「止まれ、止まってくれ。ちょっと下ろしてくれ。妙に服が擦れて痛いのだ。何やらサイズが合っていないような……そんなはずはないのだが」

 下ろした女を眺める。丈もだが、明らかに幅が合わない。

「その上着、大人用だろ。他も全部そうなのか?子供用はなかったのかよ」

「誰が子供だ。さんざん抱いたり背負ったりしたくせに、よくもまあそんな台詞が言えたものだな。こんな豊満な、しかし締まるところは引き締まっておる、とても子を……ごほん、とにかく協会内でも一、二を争う……」

 服をまさぐる女の声が不意に途切れた。血の気を失った白い唇がぽつりとつぶやく。「ない」

「え?どうした、何がないんだ」

 オレの問いを無視して女は叫んだ。「ないっ、無くなっておる!」

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