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ビブリオテイカ/零葉の錬金術師  作者: 浦早那岐
ディケル・ソロウ
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血の饗宴

 ラグランティーヌの脚が動かないのは、二年ほど前、山で遊んでいたときに木から落ちて負った傷が原因だ。オレが煽ったから、あいつは無理して登ったのだ。都会の医者でも治療できなかった。

 あいつを担いで山を走り下りたときのことは今でも夢に見ることがある。結果としてそれが悪かったのかもしれないという疑念が拭えない。それにそもそもオレが焚き付けなければという後悔が消えるはずもない。

 だからオレはここにいて父親の役職を継ぐのだ。そしていずれはあいつと、そう思っていた。連れ出せないのなら、そうするしかないと。しかしすべてはオレの傲慢だった。あいつは自分で自分を助けるのだろう。

 少々驚いたことに、呼びに来たのは女剣士だった。連れていかれた先は、低い天井近くに小さな換気口が幾つか開いているだけの暗く狭い部屋で、ランタンがたくさん吊られている他には、あの物置実験室と似た施術台が二つ、その間に置かれた作業台では煮沸用の湯がランプの上でコトコトと音を立てている。

 ブランペルラが腰掛けている片方の施術台には、すでに人が一人うつ伏せになっていた。長い髪は襟足で二つに分けて括られ、その両手は施術台を抱くように下に回されたうえ、どうやら紐で結ばれて動けないのだった。両脚が自由なのは、それがラグだからだろう。特殊なのは、その施術台に顔を出すための穴が開いていることだ。つまりうつ伏せ専用ということになる。

 中央の作業台の傍に立つプルディエールは憂いを帯びた視線をラグの背中に向けている。

 赤い十字で装飾された僧服から生成りの修道服、まるでペスト医師の黒い衣装を漂白したような服に着替えていたブランペルラは、施術台から下りると宣言するように声を張った。

「いまからこいつらの背中の皮を交換する」

 歩けるようになるために、瀕死の状態になって影にされ、下半身を死体のものと取り替えて復元されるという身の毛がよだつ想像は外れたが、そこそこ嫌な予想が当たった。

 能力に刺青が関係していることはわかっていた。その部分をラグに与えることで能力を移譲するのだ。おそらくプルディエールの背中には刺青が彫られているだろう。

「先ずはおまえだ、小娘」

 ブランペルラはナイフでラグの生成りのリネンを引き裂いた。

「わかっているだろうが、何の変哲もないおまえは、ただただ背中の皮を剥がされるだけだ。もちろん痛み止めなどという便利なものはない。覚悟はできているか」

 上半身剥き出しのラグは躊躇することなく言う。「あたりまえでしょ、そのためにここに来たんだから。さっさとやってくれる?」

「その意気やよし。だが、こいつは噛んでおけ」

 ブランペルラはラグの髪を掴んで顔を穴から引っ張り出すと、麻布の手拭いを口腔いっぱいに突っ込んだ。そして作業台の湯からナイフを引き揚げ、狙いを定める間もなく施術を開始した。

 プツリ。切っ先が肌に吸い込まれ、勢いよく滑っていく。赤い糸が刃の軌跡を追う。ラグの首や肩の筋肉が強張り、両手指は施術台に爪を立てているだろう。両足だけが我関せずを貫いている。

 刃が背中を一周すると、ブランペルラは新たな道具を手に取る。ラグが手術に使ったヤットコの親分のような幅広の口を首筋の切れ目にグリグリと捩じ込み、しっかり掴むと皮膚を徐々に引き剥がしていく。屠殺場の解体業者並の腕前か。

 ここにきてラグの上半身がのたうち始めた。食い縛った歯の隙間から悲鳴が漏れる。ブランペルラは眉一つ動かさず、時折ナイフも使いながら、樹皮を捲るように一定の速度で肌を剥がしていく。ラグの全身が、動かないはずの脚までもが痙攣している。血が、切り裂かれたリネンを赤く染める。もはや声は聞こえない。

 思わず飛び出しそうになったオレを女剣士が抑えた。「死にはしない」

「あんたは平気なのかよ」

 オレの的外れな問いに女剣士は「彼女が望んだことだ。そしていまも望んでいる」

 剥がし終えた皮を、ブランペルラが打ち捨てるように作業台の大理石製天板へ置く。血が飛び散って生成りのリネンに染みを作る。生皮に扇がれたからではないだろうが、錆臭い鮮血の薫りが押し寄せて鼻腔を塞ぐ。

 オレと剣士がラグに駆け寄り、枷を外そうとするのを感情のない目で眺めていたブランペルラは一言、「枷を解くのは止めておけ。皮を貼り付けにくくなるぞ」

 むごいようだが一理ある。手枷を外されれば、その気はなくともラグは痛みに動いてしまうだろう。

 オレたちが棒立ちになるのを見ると、ブランペルラはプルディエールに向き直る。

「さあ、おまえの仕事だ」

 ブランペルラに背中を突かれ、プルディエールはよろめきながら裏返しに置かれた血塗れの皮へと手を伸ばす。その指が挿し込まれるとラグの背中の皮は見ることのできないあの影へと変貌する。

 認識不能な影から手を離し、大きく息を吸うプルディエールの肩にブランペルラが手をかける。「お待ちかね、次はおまえだ」

 何の色もなかった執行人の目に暗い情動が微かに見えた気がした。「心配するな。製本などしない。きっちり小娘の背中に移してやる。その後のことは小娘次第、そうだろう?」

 プルディエールは黙ったまま施術台に横たわった。その腕をラグ同様に台下で縛る。違うのは伸ばした両足が天板に備え付けられた革のベルトで固定されたことだ。

 ブランペルラは内にある残酷な衝動をもはや隠そうともしない。嬉々としてプルディエールの衣服を引き裂く。すべてが露わにされていく。墨色の秘儀の証も。

 初めに湧き上がったのは聖堂のステンドグラスを見たときの感動、それを超える衝撃。その背中に、オレは目を奪われた。

 剥き出しにされた背中を、大小さまざまな同心円ーー以前彼女の手の甲に見たようなーーが、背中に散りばめられている。そう、さしずめ雨の日の水面のように。そしてそれらに沿って複雑な文字様のものが描かれている。

 これから起こるだろう惨劇を忘れ、見入ってしまう。目を凝らすと、文様が波打っているのがわかる。

 いや、そうじゃない。微細な凹凸があるのだ。

「さあ、早く影になれ、アンブリストよ」

 三度目ともなれば目が慣れるかとも思ったが、影はやはり眩暈を引き起こす。しかし完全な深淵に至るまえに影化は止まったように思えた。

 喋っている間にブランペルラは煮沸したナイフを影に当てていた。

「痛みはあるのだろうな」言いながら刃を九十度回して抉る。

 プルディエールの影がわななくと人の輪郭が垣間見える気がした。

 それを見てブランペルラは満足気に頷く。「痛いか。当然だ。痛みがないなど、わたしが赦さん。神を冒涜するこのような業に痛みが伴わないなどあってはならない。おまえの所業、これは神の恩寵の停止なのだ。刻の狭間に身を置く罪、神の手から逃れようとする傲慢。その上おまえは……」

 そこから先はラグと同じ。ただ、それは施術ではなく拷問だった。やっていることは同じ、だが手際はまるで違った。流れる血液の量が違った。影から溢れ出す血は、鮮やかさを取り戻して流れ落ちていく。

 身体を離れると、血はプルディエールではなくなるからなのか、そういう条件付けにしているのか。黒い怪物が刃を突き立てられ、苦しみとともに血を吐いているようだ。

「おまえは神と卑小な人間とを同列に扱った。三位一体とは、父と子と聖霊。決して人間ではない」

 ブランペルラは声において抑圧した激情をその目にたぎらせ、淡々とした手付きで、しかしより苛烈な痛みを伴うであろう方法で皮を捲っていく。

「何で余計に苦しませるんだ?さっさと済ませられないのかよ!」我慢できずにオレは叫んだ。

「これがエフェクタ、執行官の職務だからだ。いいか小僧、これは罰なのだ。神をも畏れぬ輩に罰を与えるという役目をわたしは授かった」

 そう言って力任せと思えるほど勢いよく、剥がし残した部分を千切り取った。

「んあっ」初めてプルディエールが声を上げた。

「ああ、こうすれば鳴き声が聞けたのか。惜しいな。もっと早くに気づいていれば」

 そう言ってブランペルラは、チラチラと瞬く闇を戦利品のように掲げた。

「こうして罰を下したわたしは、もちろん悪魔ではないし、神は慈悲深い。これをそこの小娘の背中に置くくらいはしてやろう」

 ブランペルラはラグに近づくと、片手で無造作に、しかし正確に彼女の背中の傷を闇で覆った。

「おい、おまえ、そこな錬金術師の拘束を解いてやれ。ついでに間近でよく見ることだ、後学のためにな。ビブリオテイカに行くということは、いずれこうなる可能性を受け容れるということだ」

 オレはブランペルラと目を合わせず、プルディエールに駆け寄った。

 オレが無傷のプルディエールを思い描きながら触れれば、その通り昨日と変わらぬ彼女が現れるのか。

 いや、それは不可能だろう。ブランペルラに切り取られた左腕と同じことだ。

 オレがそんなことを考えた一瞬のうちに、プルディエールは血まみれの肉塊を中心にした解体中の家畜のような姿を現していた。

 衣服はズダボロに裂け、辛うじて腰まわりに残るのみだ。

 息を飲んだオレは、しばらく言葉が喉を通ってこなかった。

「おい」オレは恐る恐る言った。「大丈夫なのか……おまえも、あいつも」

「……問題ないっ……」

 プルディエールの声は何かにしがみつこうとする手のように、懸命に絞り出された。

「だが、まだ終わってはいない……ラグの場合、皮を縫い付けてやる必要が……ある」

 四肢の拘束を解かれたプルディエールは息も絶え絶えというふうに囁きながらも、ラグに向かってよろよろと歩を進める。

「オレが触って肌に戻すってわけにはいかないのか?」オレはプルディエールに肩を貸しながら訊いた。

 プルディエールは血に濡れた髪がまとわりつく首を、弱々しく振った。

「一息に済ますには、ラグの側に……その用意がない……徐々にラグが働きかけて……」

「自分の肌とする」プルディエールの流した血溜まりに腰掛けたブランペルラが引き取って言う。「小娘の意思の力次第と言ったろう。さあさあ、娘を憐れと思うなら素早く縫い付けてやるといい」

 プルディエールは赤黒い背中の肉が剥き出しのまま針を取った。「言われるまでもない……わたし手ずから縫いつけてやるさ……しかしそれは憐れんだからではない……敬意を表するためだ」

「敬意だと?その小娘もおまえと同類、涜神の輩だ」ブランペルラが吐き捨てる。

「おまえ、まさか必要以上にラグを痛めつけたってのか」オレはさらに多くの血が頭に上るのを感じた。

「いいや、極めて迅速かつ丁寧に剥いでやったさ。バルディリ候の庇護下にある者に対して越権行為は禁物だよ。そして背皮を手放したそいつにも、いまは手を出す理由も正当性もない。神や魂についてのそいつの主張、それは背皮を失った今、ただの戯れ言に過ぎないものとなったのだ。そこの錬金術師は勘違いしているようだが、わたしは教会に指図されているわけでも、異端とされた者を排除しているわけでもない。涜神者を改心させるという神に与えられた職務を全うしているに過ぎん。ゆえに道理のないことはせんし、神に仇なす者以外に向ける刃も持ち合わせていない。どんな主義主張も、ただの主義主張であるうちは神も許してくださる。何度でも言うが、神は慈悲深いのだよ」

「だったらなぜこんなことをする?こいつのやってることが主義主張以上のなんだったってんだ」

 ブランペルラは思わず怯むような目でオレを睨んだ。「神の冒涜。神の理への反逆だ」

 反抗心で己を奮い立たせ、オレは言う。「できるってことは主張が正しいってことじゃないのかよ」

「可能だから正しいとは言えん。間違いにも存在の可能性はあるだろう」

 ブランペルラはふっと息を吐くと、「こんな問答、時間の無駄だ。お前はいま、何をするべきなのだろうな?」

 オレは言葉に詰まり、黙ってプルディエールに目を移した。彼女の手は、痛々しい身体とは裏腹に着実に歩を進めている。

 しかしプルディエールのしていることは神を否定するようなことなのだろうか。自分自身を影にすることが?

「両脚を再び動くようにするには、一度影になって瑕疵のない状態に復元する必要がある……」

 捩れた筋肉が血を吐き、プルディエールは辛そうに顔をしかめるが、手と口は動き続ける。「修練を短縮するには……影となることができるアンブリストの背皮を、受け継ぐ必要があったのだ……バルディリ候は、単なるリクトルになるものと……思っておられるようだがな」

 プルディエールは息をつめ、手の動きに集中し、難所を抜けてほぅと息をつく。「手っ取り早いとは言ったが……それとて生半な覚悟では……そしてその動機が、ウッ」

 身体が強ばり、血が余計に流れる。「自分のためでないとしたら……敬意を払わずには……おれん」

 縫い針がラグの背中を一周して止まる。プルディエールは深く息を吐くとラグに口を寄せる。

「ラグよ……この背皮は徐々に復元するよう条件付けてある……お前の意思力にもかかっておるが……完全に治癒するまでには……相応の時間を要するだろう。さまざまな苦痛が……とにかく耐えるのだ……いいな?」

 ラグがわずかに首肯するのがわかった。

「自己犠牲か。世俗に浸かった小娘にしてはなかなかに美しい心掛けではないか」

 大仰に天を仰いでみせたブランペルラだが、急に冷めた目つきに戻る。「さて、すべきことは全て為した。ここらでわたしは退散するとしよう。まあ、自分のことは自分でするんだな、錬金術師よ」

 作業台上の影となったラグの皮とプルディエールを見比べたブランペルラは、つまらなさそうに言って出口に向かう。

 さっきまで嬉々として生皮を剥いでいた人間のこの落差に、オレは薄ら寒くなる。いったいどういう精神構造をしているのやら、理解できない。ともあれ、オレはホッと緊張を解いた。

 出ていくと思われたブランペルラは、しかし扉のところで振り返った。

「そうそう、もしもまた刺青を入れるようなことがあったら、その程度では済まさないからそのつもりでな」

 ブランペルラはオレの脳裏にしばらく残るような凄惨な笑みを浮かべ、次の瞬間には消えていた。

 オレは扉の向こうを見つめたまま固まってしまっていたが、「暇人めが」というプルディエールの声で現実感を取り戻した。

 オレはラグが横たわる施術台へと駆け寄った。一切反応がなく、意識を失っているように見える。

「枷を解いてやってくれ」プルディエールが弱々しく言った。

「おまえの背中はどうするんだよ」

 ラグの手枷を解きながら、プルディエールの痛々しいどころではない背中に、オレの身体は震えた。オレは苛々と女剣士に声を荒げた。「おいっ、おまえも手伝えよ!」

「落ち着け、ディケル……わたしの方は、その影を背中に貼り付ければ済む……だが、おまえは手を触れるなよ。復元してしまっては元も子もない……そこで剣士殿の手を借りたいのだが……」

 女剣士が頷く。「わたしにできることであれば」

「助かる」プルディエールは血溜まりのできた施術台に戻って身体を伏せた。「難しいことではない。そいつをわたしの背中に置いてほしいのだ」

「わかった」女剣士は躊躇なく影へと手を伸ばす。触れたかというところで顔に僅かだが動揺が見えた。「掴んでいると思うのだが……まるで手応えがない。指をすり抜けているのか」

「いや、意味を剥いだところで存在が消えるわけではない。その認識が消されているだけだ。確かにいくらか存在もあやふやになってはいるが、物の法則の根本を曲げることはできん。意識では捉えられずとも、モノとしての指はモノとしての皮に触れている……そうとわからないだけで。わたしが見ているから、そこに背中の皮があるつもりで持ち上げてみてくれ」

 プルディエールは首を回して女剣士の手元を見た。「……そうだ。いま掴んでいる。そのままゆっくりと持ち上げろ」

 女剣士が息をつめて掬い上げると、密集したウンカのような黒いチラチラとした塊も腕について空中に浮き上がった。「向きはどうしたらいいのです」

「気にすることはない、そこは完全に無意味になっている……背中に落としてくれさえすれば、後はディケルが……やってくれる」

「え、オレ?前は自分でやってたじゃないか」

「背皮を譲り渡したわたしはいま、能力の多くを喪失しているのだよ……おまえは何にでも問答無用で形を与えるからな……補助機能としてはうってつけだ」汗にまみれたプルディエールは、僅かに口の端で笑った。

 女剣士は慎重にプルディエールの背中へと影を注いだ。黒い液体か流砂のように影は背中に溜まっていく。すべてが背中に移ると、女剣士は場所を替わるようオレを促し、自分はラグの介抱に回る。

「ラグはもしかしてオレのために?」オレはプルディエールの背後に問う。

「どう……思う?」

「それは……」身勝手な言い分かもしれないが、そうであってほしくはなかった。オレがどれほどラグを苦しめてきたのか、考えるのもキツい。

「ふん……とにかくいまは、わたしの背中を思い描くことに専念せよ……」

「わかってるよ。けど、循環とかは大丈夫なのかよ。手のときみたいに血管繋いでないぞ」

「血は影から流れ出るようにと……接合面は互いの血が……混ざり合うことで……ハァ、あまり喋らせるな、とにかく循環は問題ない……わたしの背を思い浮かべることに集中……しろ」

「そうするよ」

 大丈夫。ついさっき見たプルディエールの背中は、その後の凄惨な情景を目の当たりにした後でも、脳裏に鮮明に焼き付いたままだ。オレはプルディエールの背に手を伸ばしながら目を閉じる。

 チリッ

 指先が痺れた。オレはそっと目を開ける。そして全身から力が抜けた。

 背中の傷は癒えていた。はじめから傷つけられてなどいないと思えるほどに。しかしあの文様は跡形もなく消えていた。ただ、白く滑らかな肌が目の前にあった。

 オレが何も言えないでいると、プルディエールがわずかに朗らかさを取り戻した声で言う。「刺青が消えているのだろう?致し方あるまい。それはいま、わが助手の背中にあるのだからな」

「でもオレ、ちゃんと思い浮かべたぞ」

「そうであろう……が、無いものが湧いて出たりはせん。それが理というものだ」

 プルディエールは横目でオレを見ると唇を歪めた。「おまえが落胆してどうする。わたしはまた刺青を入れ直せばいいだけのこと」

「いや、そんなことしたらまたアイツが」

 プルディエールは薄く笑う。「アレはどうとでもなるさ。刺青は取られても命までは取られん。おまえがそんな顔をしておると、助手もわたしも浮かばれんぞ」

 ラグの胸の内。こうなった以上はっきりさせておくべきだろう。

「あんたが言っていたことだけど、ラグは自分のせいでオレが不自由してるって思ってるのか」

 プルディエールは即答した。「そうだ」

 目眩がする。

 プルディエールは畳み掛けるように言う。「この娘は頸木となっていることを良しとしなかったのだ。わかるだろう、シノミヤさん」

 こんな場面だというのに、オレはあり得ない違和感を覚える。

 シノミヤさん?いきなり誰のことだ?

「シノミヤさん、起きて」プルディエールはまじめくさった顔で言う。

 オレはディケル・ソロウだ、シノミヤっていったい誰のことなんだよ。突然のことにうまく声が出ない。

「ちょっとシノミヤッ、起きなさいってば!」

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