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ビブリオテイカ/零葉の錬金術師  作者: 浦早那岐
紫乃宮エト 3
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復元と移譲

「それでは僭越ながらわたしも」

 カエルラはそう言うと、台車の鉄製の天板にリベルをそっと置いた。そして修道服に似た司書服の紐を解き、ボタンを外して上半身を露わにした。

「何を」ダーシアンは一瞬戸惑ったが、彼女の背中の皮を剥いだところに自分の背皮を移すのだと思い出し、顔をしかめた。


 ダーシアンは首をひねってあたしを見ようとする。「ちょっと待て。コイツの皮をボクに移植するんじゃないだろうな。復元した彼女の意向を確認するのが先だろう。早くリベルを復元しろよ」


「わかっている。同時って約束だからな」あたしとディケルの口が答える。


 あたしは台車のそばに立つと、この広く天井の高い部屋の奥を見遣った。そこには竈門が設えてあり、燃え上がる炎が吊るされた大釜を舐め回している。

 力仕事を請け負っているとみられる、筋肉隆々の上半身を露わにした男が二人、グラグラと煮立った湯を手前にある木桶に注ぎ込もうと待ち構えている。

 この部屋に入ったときから感じていた蒸し暑さの原因はあれだったのかと、ディケルとは別の意識でいるあたしは思う。


 あたしは木桶へと鉄の台車を押す。


 あたしは並んだ二人の背中の皮に刃物を当てているリブラリアンたちに目配せする。これから全てが同時に行われる。


「準備はいいか?」あたし、ディケルは一連の作業に携わる皆々を見回す。「始めよう」


 あたしの合図とともに、リブラリアンはダーシアンとカエルラの背に刃を挿し込んだ。

 二人の背中が同時にピクリと動いたが、呻き声どころか息遣いも聞こえない。さすが鍛錬してきた者たちと言うべきか。


 一方、部屋の奥の竈門の前で裸の上半身を晒している二人の男は、分厚い手袋を嵌めた手で鉄釜の把手を掴む。


 あたしはリベルに両手指を差し込み、自身の環とリベルの環を繋ぐ。

 リベルの意思とはもう話をつけてあった。彼女はこのタイミングで復元されることを了承している。

 

 ここから先、ディケルの目は内側を向くので、周囲の作業の進捗を知ることはできない。

 しかし皆が皆、熟練の腕を持ったプロフェッショナルだ。信じるに値する仲間であった。


「お迎えに上がりましたよ、お姫さま」あたしは目の前に立つ、妙齢の女性に言う。ディケルはどうだか知らないけれど、あたしは初めて目にする顔だ。てっきりプルディエールが現れるとばかり思っていた。

 この女性はまず間違いなくダーシアンの恋人だろう。


 復元には強いイメージ力が必要になる。リベル本体の意思もそうだが、外側から復元を促すアンブリストにも。どうやら思っていた以上にディケルはダーシアンとのつながりを強くしていたらしい。この女性のイメージはダーシアンと直接つながることでしか得られないはずだから。


「すぐに始める」

 ディケルの言葉に女性は頷く。

 と、あたしの意識は急浮上し、リベル、湯を張った木桶が眼前に現れる。


 リベルを湯の中に滑り落とす直前、それが急速に冷えていくのがわかった。周囲の熱を吸収しているのだ。


 立ち昇っていた湯気が掻き消える。

 それと同時に人影が現れる。あたしはその姿形を確認しようと目を凝らす。

 意識は完全にそちらに向いていた。


 カエルラの悲鳴が上がるまでは。


 あたしは悲鳴の上がった方向、並んでいる二つの施術椅子を見た。

 おかしなことにカエルラの背に変化はなかった。彼女は背中の皮を剥がれていない。


 一方、ダーシアンの背は赤黒く染まっている。彼の背皮はそこになかった。そして彼の足元には血溜まりが。背皮を剥がしただけでは到底流れそうもない量の血がしたたっているのだ。

 施術したリブラリアンがヘマをしたのか?

 いや、そんなミスは考えられない。そんな人選はありえないし、背中を刺しただけでは……

 あたしは駆け寄った。

 明らかにダーシアンの様子がおかしい。血を流しすぎて失神したのか。

 まずい。背皮は剥がされてしまったのだ。ダーシアンは自分で傷を塞げるだろうか。


 あたしは彼の状態を確かめようとした。意識はあるのか?


 そこであたしは彼の口に布のようなものが押し込まれていることに気がついた。

 あたしは彼の口に指を突っ込んでそれを引き摺り出す。


「おまえがやったのか⁈」あたしはダーシアンを担当したリブラリアンがいた場所をかえりみたが、人影はない。

 部屋全体を見回すも、それらしい人物は消えていた。

「衛兵を呼べ!」あたしは叫んだ。「部屋を出たヤツを追わせろ!」


「は、はいっ」補助役の若いリブラリアンが戸口へと駆ける。


 あたしはダーシアンの身体を調べる。

 傷はどこだ?


 あった、腹を刺されている!


 あたしは手元にあった布で傷口を押さえながら、声を上げた。「コイツをここから下ろすのを手伝ってくれ!

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