聖装のヴァルキュリア(パイロット版)
私の人生はどこで間違ってしまったのだろう。
普通の人生を送りたかっただけだった。
愛する人と一緒に年を重ね、終わりを迎える。
そんなささやかな願いは旦那であった男と学生時代からの親友がぶち壊してしまった。
浮気現場を押さえ問い詰めた私をあの男は突き飛ばした。
そして気づいた時には異世界に転生していた。
神様が私に『やり直すチャンス』をくれたのだろうか?
出来ればもうちょっとイージーモードでスタートさせていただきたかった。
釈然としない気持ちを抱えながらも保護された私は冒険者になる道を選び生計を立てる事となった。
そんな私の楽しみ。
それは異世界転生者の関係者が経営していたという『くつろぎカフェ やよい』。
ここに通う色々とぶっ飛んだ一族の子達を観察する事だ。
「リンさん、いつもの『6段パンケーキ』ですよ」
もはや顔なじみとなった私は今日も多段パンケーキを頬張りながら彼女たちを待つ。
彼女たちは学生。学校帰りにお店でくつろいでいったりすることもあるがそのままスルーして帰っていってしまう事もあった。
ああ、もっと知りたい。
彼女たちがどんな生活をしているのか。
学生生活はどうなのか。友達はどんな人がいるのか?
成績はどうだろう?恋はしている?
知りたい、知りたい。
そんな気持ちが日に日に強くなっていく。
『知りたいよなぁ、それが楽しみだもんなぁ』
そんな声が私に囁く。
『もっと近づけばいいんだ。もっと彼女を知りたい、楽しみたい。だって、お前はあの子達のファンなんだからさ』
そうだ、知りたい。
あの子達の事をもっと知りたい。もっと近づけば……そうすれば全部……
「いや、そんなのダメよ。おかしいじゃない」
自分の中に芽生えつつある考えを否定して摘み取る。
『有名になる人は見られる覚悟も必要さ。そういうものだろう?』
だけど……
ふと、気づく。私の『推し』が通りを歩いている。
ユズカちゃんという高校生くらいの少女だ。
名前が何だか日本人ぽい。もしかして彼女も『転生者』?
それとも何か転生者と関係がある?
思い切って声をかけてみようかな?でも変な人に思われないかな?
よし、お店に来たら偶然を装って……
だが彼女はお店に入らずそのまま通りを歩いて行ってしまう。
ああ、そんな。今日は来てくれないの?
私の生活で唯一の潤いが……
□
気づけばパンケーキを放置して彼女を追いかけていた。
知りたい、もっと知りたい、私のユズカちゃん。
『そうだよ。追いかけよう。君は彼女のファンなんだ。当然の権利さ』
声も応援してくれている。
そうだ。彼女のファンなんだ。だから私は……私は!!
不意にユズカちゃんが振り返る。
慌てて物陰に隠れる。
「何やってるのよ私、これじゃあまるでストーカーじゃない……」
でもわくわくする。
私は彼女に近づけている。
何処へ行くのかな?またおばあちゃんのお墓参りかな。
彼女はおばあちゃん子だったみたいだからよくお参りしてるんだよね。
私も一度こっそりお花を供えたことがあるんだ。
彼女の気持ちに近づきたかったから。だから……
歩き始めた彼女の追跡を再開する。
もっと知りたい。彼女の全てを、だって彼女はわたしの『推し』だから!!
彼女が走り始めた。
もしかして気づかれた!?
ダメだ!逃がさない!今日はずっと追跡するんだから。
あなたの全てを教えて!その為ならどんなことにだって手を染めても構わない!!
□□
気づかれている。
だけど追跡は止めない。
そうして彼女を追いかけた末、人気のない路地まで追い込んだ。
彼女は脚を止めるとこちらに振り向く。
「あの、あなた何なんですか?あたしの事、つけてましたよね」
「私は君の事が知りたいの!教えて、誕生日はいつ?身長は?体重は?血液型は?教えて、教えて!!」
「や、止めてください。人を呼びますよ?」
「何で?私はあなたのファンなんだよ?何で、何で何でなんでなんでなんで……」
怒りがこみあげてきた。
こんなにも思ってあげてるのに。なのにこの子は……
「何でわからないの!?何でお店に来ないの!?私をそんな目で見るな、そんな目でぇぇ」
怯えた表情。
その目にかつて浮気現場を抑えた時のあの女を見出し、もう止まれなかった。
気づけば冒険者として使っていたナイフを取り出し彼女目掛けて振り降ろしていた。
「この目が!この目がぁぁぁ!!!」
彼女を押し倒し顔に、お腹にナイフを何度も突き立てる。
何度も、何度も、何度も……
「あれ……私、何を……」
不意に頭がクリアになる。
そして眼前の光景に目を疑った。ぐったりして動かない少女にまたがっている。
「ユズカちゃん!?ウソッ、何で……」
血まみれになったナイフを握る自分の手を見て愕然とする。
これを私が?そんな、私がこの子を……
しゃくっ。
何かを咀嚼する音。
『良かったね。これで彼女はお前だけのものになったよ』
声がする。
しゃくっ、しゃくっ……
「ち、違う。私はこんな事、こんな事望んでいない!!」
『違うよ。これがお前の望み。彼女を独り占めしたいと思ったお前の浅ましい願い』
「嫌だ。そんな違う。私は、私は!!!」
『いいねぇ。この瞬間がたまらないんだ。『絶望する瞬間』。その時に出てくる負の感情が最高なんだよ』
私はどうかしてしまった。
取り返しのつかない事を。とんでもない事を……
頭上で何かが蠢いている。大きな口が開くのが見える。
だけど私はもう……
「塩角ソーサーッッ!!」
声が響くと同時に丸い物体が複数、私の周囲を飛んだ。
ひとつが頭上の『何か』に命中して『ぎゃんっ』と悲鳴が上がる。
私にひとりの少女が駆け寄り首根っこを掴むと一気に路地の外まで引っ張り出す。
「ああっ、ユズカちゃん。ユズカちゃんが!!」
ユズカちゃんの亡骸をこんな薄暗い所に置いて行くなんて……
「違う。あれは『あたし』じゃないっ!偽物だから!!」
「え!?」
この声って……
路地裏から引っ張り出された私は助けてくれた相手を見上げる。
「え?ユズカちゃん?」
それは紛れもなく私が惨殺してしまった少女だった。
え?どういうこと?幽霊!?
「危なかった。あと少し遅れてたら『喰われる』所だった……」
え?『喰われる』?
『口惜しや、もう少しで絶望したその女を喰らえるはずだったのに……』
路地裏から異形の怪物が姿をのぞかせる。
巨大な蜘蛛にピエロの様な姿をした人間の上半身が生えていた。
腕には私が先ほど惨殺したユズカちゃんの『偽物』が。
「こいつは『災禍獣』ジズ。憑りついた相手の『愛情』を暴走させて破滅させた上で絶望を喰らう最悪な奴よ。さっきあなたが殺したのはあいつが作ったあたしの『偽物』」
言っている傍から偽物がチリとなって消えていく。
『ケケケ、知っているのか。お前……もしかして『聖女』か?』
「残念、その『なりそこない』よ」
そう言うとは首にかけていた鍵型のペンダントを取り外し空に掲げる。
「御祖母様、行きます!『聖装』ッッ!!」
鍵を回す動作をすると頭上に鍵穴が現れ、開く。
光が降り注ぐと共に彼女の衣装が銀色の鎧へと変わっていく。
『お前は何だ!?その姿は一体……』
「特別に教えてあげる。光と鍵を継ぐもの。それがあたしよ!!」
『生意気な小娘がッッ!!』
ジズが腹部の口から棘の様なものを放つ。
ユズカちゃんは腕から円盤状の武器を複数投擲して全てを迎撃。
更にはジズの脚を斬り裂き破壊する。
『バカな!?我らの身体に『特効』!?やはり聖女の力が……』
「そのなりそこないって言ったでしょう!!」
ユズカちゃんは握りこぶしを作ると両腕を突き出す。
拳と拳の間に真っ赤に燃える火球が出現。
「ロンダールスマッシャーッッッ!!」
火球が飛び出しジズの巨大な口へ吸い込まれていく。
『そんな……こんな事が……何でこんな奴が平和ボケしたこの国に……あぁぁぁぁぁっ!!』
絶叫と共にジズが内部から破裂し霧散した。
怪物が消え去った後、ユズカちゃんは再び鍵を回す動作をして元の服装に戻った。
「大丈夫ですか?」
ユズカちゃんが手を差し伸べてくる。
「あ、あの……」
ちょっ、もしかして……『推し』が手を出してくれている!?
生唾を飲み込みその手を掴んだ瞬間。
ガチャンッ!
「え?」
私の手に何処から出したのか『手錠』が嵌められていた。
「あなたを逮捕します」
「えぇぇぇぇっ!!?」
□□□
ユズカちゃんに『逮捕』された私は訳も分からずとある施設に連れて来られてしまった。
「まったく、一般人を逮捕するとかあなたは本当に……」
「だってー、お父様みたいに逮捕して見たかったんだもん!!」
「何が『もん』ですか!この子は幾つになってもお転婆なんだから!後でお父様にもしっかり叱って貰いますからね!!」
今、目の前ではユズカちゃんが母親と思しき人物に叱られている。
どうやら私の『逮捕』は間違いだったらしい。
「でもでも、あの人あのまま放っておけないじゃん」
「連れてきかたってものがあるでしょう!!」
「うー、お母様のいじわるぅ」
何だろう、あのりりしい姿とのギャップがすごい。
母親がこちらに歩いて来て頭を下げた。
「本当にウチの娘が申し訳ありませんでした!」
「あー、いえ、はい……どうも」
結局私は『災禍獣』なる存在による精神汚染の治療をここで受ける事となった。
それから数か月後……
□□□□
「カニガサカ・リンカ。君を今日から警備隊特命課に配属する」
「えーと……」
退院した私を待っていたのは強制就職。
警備隊のお偉いさんとかいう人の所に連れていかれ、変な部隊への配属が命じられた。
「詳しい業務内容はあっちで聞いてくれ。何やかんやでどうにかなるから」
雑っ!このお偉いさん、大事な説明を全て省いたよ!?
あれ?でもこの人見た事がある……確か。
「それじゃあ、ウチの娘の子守を頼んだぞ」
お父さんだー!!
この人、ユズカちゃんのお父さんだった!前に腕組んで歩いてるの見たよ!!
私の人生はどこで間違ってしまったのだろう。
かくして私は運命に巻き込まれる形で『推し』のパートナーに選ばれてしまったのであった。