お姫様と仲良くなった話 その8
そして1時間後、お城の闘技場にて。
「いくつか質問して良いですか?」
観客席でルナちゃんと王様、それと勇者パーティーが見下ろしている中、私は軽くストレッチをしながら目の前にいる勇者に聞く。
「何かな?」
「私が聞いた話では、勇者様が森の生態系を壊したり、必要以上に他国の王族を虐殺したりとあまり良い噂を聞かないのですが、それは本当ですか?」
そう聞くと、勇者は鼻を鳴らして笑った。
「嫌な言い方をするなぁ。僕はただ凶悪なモンスターを狩っていただけだし、王族だって、民衆から高い税金を巻き取っていたから始末しただけさ」
「自分では、『度が過ぎた』とは思ってないんですか?話を聞く限りでは、少しやり過ぎだとも思うんですけど」
「はい?君は何を言ってるんだい?」
「何って。そのままの意味ですよ。『森をダメにしてしまったなぁ』とか、『悪事を働いてたとはいえ人を殺めてしまったなぁ』とか。少しぐらい罪悪感は感じていても可笑しくないと思いますが」
私の話を理解したのか勇者は更に笑い出した。
「ハハハハハ!いやいや、そんなもの感じるわけないでしょ。悪は悪だよ、容赦なんていらないさ」
「そうですか」
「ああそうさ」
勇者は「それに」と言葉を続けた。
「…………相手を痛めつけて鬱憤を晴らすのは気分が良いしね。罪悪感なんて微塵もないよ」
「…………」
――その顔には、歪と言える程に気持ち悪い笑みが浮かんでいた。
なるほどね、そっちが本心か。…………まぁ分からなくもないが。
「もう一つだけ質問です。貴方はルナちゃんと結婚した時、ルナちゃんを街に出歩かせてあげますか?」
勇者にそう聞くと、今度は嫌な顔をした。そして、とんでもない事を言い出す。
「ハァ?何を言うかと思えば…………するわけないだろ。彼女は僕の妾なんだ、当然お城に篭ってもらうよ。ずっとね」
「……妾?えっ、それはどういう事ですか?」
私は突然の事に聞き返す。勇者は今、"妾"と言った。それが誰のことか、馬鹿な私にでもすぐに分かった。が、聞き返してしまった。とても信じられなかったから。
「…………自分としたことが、少し喋り過ぎてしまったな。いやいや、今の事は忘れてくれ」
「………………」
信じられない。コイツ、ルナちゃん以外にも婚約者がいるの?ルナちゃんだけじゃないの?
その考えが頭をグルグルと巡り、フツフツと怒りが湧いてきた。
許せない。ルナちゃんを城に閉じ込めて置いて、自分は他の女とも愛し合うなんて。ルナちゃんの気持ちも知らずに……。
しかし、私はグッとその感情を抑える。まだだ、戦いが始まるまでこの怒りは胸にしまっておけ。始まったら爆発させれば良い。そう自分に言い聞かせる。
「ねぇ、僕からも一つ質問してもいいかな?」
自分の発言を誤魔化すように勇者が言ってきた。
「君はさ、本当にルナを結婚させない為に来たのかな?」
「どういうことですか?」
話の意図が見えず聞き返す。
「ハハ、だってそうだろ?ただルナを結婚させない為にお城に侵入して、僕を負かそうとしているんだ。ルナからどのぐらい報酬を貰った?いや、依頼者はルナ以外か?それともやっぱり、また別の理由でこの城に来たのか?」
なるほど。私がどういう経緯でここに来ているのか聞いているのか。
私は小さくため息を吐いてから言う。
「別に深い理由とかは無いですよ。ただルナちゃんを救いたい…………8割方はその理由です」
「…………?8割?」
勇者が聞き返してくる。そう、私がここに来たのは純粋にルナちゃんを救いたいのが8割だ。いや、やっぱり9割ぐらいかな?まぁ細かいことはいいや。
「それじゃあ残りの2割はなんなんだい?」
当然、その発想になるわけで、首を傾げて勇者が聞いてきた。
なので、私は「それはですね」と話をする。
「私はずっと、貴方に怒りを覚えているんですよ」
「……僕に?」
「えぇ、喫茶店の時からずっとです。あの時から私の心の中で、ずっとムシャクシャした気持ちが晴れないでいるんですよ」
「…………」
「なので、私はこの気持ちを晴らす為にですね。たまには……」
そして、私は言った。多分この時の私は、相当悪い顔で笑っていたと思う。
「――貴方相手に無双して、イキリ散らかしてやろうと思ったんですよ」
「ッッッ!!!」
瞬間、勇者の顔が怒りに歪む。そしてその恐ろしい表情で観客席にいる王様に振り向いて、怒りに任せて怒鳴る。
「おい!!早く始めろ!!」
「っ、わ、分かった」
狼狽えた王様は慌てて開始の言葉を喋り出す。
「これより、勇者アレスと旅人ユリコの決闘を開始する!」
勇者が腰の剣を抜き構える。それと同時に王様は叫ぶ。
「はじめッッ!!!!!」
その合図が闘技場に響いた途端、勇者が私に向かってくる。
「僕を雑魚呼ばわりした事を後悔させてやる!!死ねぇクソアマがぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!」
それはもう、凄い気迫で突っ込んできた。さっきの優雅さは微塵もない。
「ユリコさん!!」
心配するルナちゃんの叫びが聞こえる。それと同時に私目掛けて勇者が剣を振り下ろした。
当然私はその素早い斬撃を避けられず、その白い刃が私を捉え、私の身体が裂けていき、裂け目から血が噴き出す…………
「おっそ…………」
なわけあるかい。私はすぐに左側に身を捻って避けた。
「なっ!?」
避けられた事に勇者は驚いた顔をしている。
しかし勇者はすぐに気を取り直し数々の剣撃を繰り出してきた。
「よっと」
――シュ、シュ、シュッ!
中々に速い斬撃のラッシュだったけど、私はそれをヒョイヒョイと躱していく。
例えるなら、そうだなぁ。軽くステップを踏んでいる様な、まるでダンスでも踊っているような感じだった。自分で言うのもなんだけど。
「クソッ、なんで……なんで当たらない!この僕の剣だぞ!魔王幹部だって簡単に避けれなかったのに!」
必死に剣を振りまわす勇者。それを避けながら心の中で「だからなんだよ」と呟いてから、真っ直ぐに振り下ろされた剣の刃を二本指で挟んで掴む。
「なっ!?受け止めただと!?」
勇者が驚いたと同時に、私はある程度思いっきり勇者の土手っ腹を蹴り飛ばす。鬱憤を口で叫びながら。
「…………誰がクソアマよっ!!」
「グハァっ!」
物凄い勢いで吹っ飛んでいった勇者は、闘技場の壁に激しく激突する。壁は粉々に砕け、大きな衝撃音が鳴り響き、砂煙や巻き起こり、辺りに壁の破片が飛び散っていく。
「す、すごい…………」
「へへへっ、ルナちゃ〜ん!どう、強いでしょ私ぃ〜!」
そんなルナちゃんの声が聞こえたので、私は半ば勇者を煽る気持ちで観客席に向かって手を振る。
「「「アレス様!!!!」」」
「な、なんと……あの勇者を……」
勇者パーティーと王様も各々驚きの反応をしている。へっ、どうだ見たか。ざまぁみやがれってんだいっ。
「く、クソッ……舐めやがって……!!」
勇者は腹を押さえながら口からは吐血をしている。
全身がズタボロの状態であるにも関わらず、しかしまだ立ち上がれるようで、痛みを耐えるようにプルプル震えながら立ち上がる。
「やめたほうがいいですよ。貴方、見るからに満身創痍です。吐血もしていますし、すぐに降参してください」
「うる……さい……黙れッッッ!!」
そう叫んでから、勇者は欠けた剣を構えた。
「!?あの構えは!!」
「アレス様、やる気だ…………」
「デット・エンド・リッパーを出す気だ!」
勇者パーティーの3人がそう叫ぶ。相当凄い技が来るらしい。確かに、今の勇者は凄まじい気迫を放っている。
「……ッ!!ユリコさん逃げて!!」
ルナちゃんが今までで一番の慌てようで私に叫んだ。
デット・エンド・リッパー。さっきルナちゃんが自分の部屋で説明していた。確か山をも切り裂くとか言っていた。ルナちゃんの慌てようといい、勇者の気迫といい、ただの大技じゃないようだ。
「お前が僕にこれを使わせるとは思っていなかった!だが、お前は僕の怒りに触れた!!やって万死に値する!!!」
勇者が自分の底知れぬ怒りをぶちまける。そして、その怒りを乗せるように、剣を振り下ろした。
「デット・エンド・リッパーッッッ!!!」
途端、勇者が振り下ろした剣の刃から、濃い金色の斬撃が実体化して飛んできた。
――――ゴゴゴゴゴゴッ。
一眼見て確信する。喰らったら不味いと。流石に勇者の称号は伊達じゃ無かったらしい。
「…………やべ」
…………その斬撃は速く、ちょっと避けられそうになかった。
「ユリコさんッッッ!!!」
ルナちゃんの叫び声が聞こえた。私はちょっと油断しすぎたかなと心の中で反省しながら、首に巻いてある『マジカルチョーカー』に右手を触れた。